見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお

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18-2 策謀の舞台

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第18章 ランディ編

18-2 策謀の舞台

 ディオール領に、ひとつの知らせが届いた。
 それは静かな午後の執務室――陽光がレースのカーテンを透かして差し込む中、セリカ・ディオールは手にしていた報告書を思わず取り落とした。

 「……ランディ王子が、こちらに?」

 報告を伝えた家臣が頷く。
 「はい、セリカ様。王子殿下がディオール領を視察されるとのことです。来訪の目的は“交易網の確認”とのことですが……」

 セリカは瞳を細めた。
 交易網――それは最近、彼の匿名の助言をもとに整備された新たな事業だ。
 つまり、彼が自らの成果を確かめに来るということ。

 「……思っていたより早いわね。」
 セリカは小さく息をつき、胸の奥にわずかな緊張を抱いた。

 ランディ王子――リュミエール王国第5王子。
 表舞台に立つことを嫌い、いつも静かに「裏」で動く男。
 その名は、貴族たちの間でこう囁かれていた。

 > “彼は、王の椅子ではなく――王を操る席を狙っている”

 その男が、自分の領地に来る。
 しかも、理由は「交易確認」――。

 セリカは机の上の羽ペンをそっと置き、深く息を整えた。
 「ここまでお世話になっているのですもの。……礼は言わなくてはなりませんわね。」

 言葉とは裏腹に、彼女の眼差しには冷たい理性の光が宿っていた。


---

 そして、迎えの朝が来た。

 王族の訪問というだけで、ディオール領は緊張に包まれていた。
 城の中庭には絹の旗がはためき、騎士団が整列し、花々が一斉に香りを放つ。
 空までが息を潜めるような、張り詰めた空気。

 控室の椅子に腰かけたセリカは、落ち着いた姿勢を保ちながらも、胸の奥で鼓動を数えていた。
 やがて――扉が静かに開く。

 「リュミエール王国第五王子、ランディ殿下のご到着です!」

 黒髪に金の瞳。
 身に纏うのは深緋のロングコート、胸元には王家の紋章。
 その佇まいは、まるで夜そのものが歩いてくるかのようだった。

 「セリカ・ディオール様、お目にかかれて光栄です。」

 声は低く、冷ややか。
 けれど、その奥には不思議な柔らかさがあった。

 セリカは椅子から静かに立ち上がり、裾を摘まんで一礼する。
 「ようこそお越しくださいました、ランディ王子。遠路はるばる、ありがとうございます。
  ……貴殿のご助言が、我が領の発展に大きく貢献しております。」

 「ほう。」
 ランディの口元が僅かに緩む。
 「それは何より。私はただ、貴女の知恵がこの国を豊かにしていくことを楽しみにしているだけです。」

 その声音には誠実さがあった。
 だがセリカの耳には、**“私の意図をお前は理解しているか”**という試すような響きが含まれているように思えた。


---

 応接室に場所を移すと、二人の対話はより深く静かになった。

 ランディは紅茶を口にしながら、まるで舞台の脚本を読むように自然に会話を操る。
 「ディオール領の交易路再整備、見事な判断でした。
  南部の商業連合も感服しておりましたよ。」

 「ありがとうございます。ですが、あの構想は――」

 「ええ、元々は私の助言を受けた家臣の案ですね。」
 ランディが柔らかく遮る。
 「とはいえ、実行に移したのは貴女です。私はただ、貴女の判断力を信じていたまで。」

 その微笑は完璧だった。
 挑発でも、支配でもない。
 だが――“信じていた”という言葉で主導権を奪う。
 それが彼のやり方。

 セリカは、その一言で悟った。
 ――この人は、私を試している。

 「……お言葉、痛み入ります。ですが、私は自ら考え、決断したまでのことです。」

 淡々と返す。
 わずかに上がった声の調子に、ランディの瞳が楽しげに細められた。

 「なるほど。やはり、貴女は噂以上だ。」


---

 沈黙が数拍、流れた。
 紅茶の香りと、外の風の音だけが響く。

 その空気を破ったのは、セリカの方だった。

 「ランディ王子。……一つだけお尋ねしてもよろしいですか?」

 「ええ、どうぞ。」

 「貴方は、なぜここまでして私を――ディオール領を助けてくださるのです?」

 幼い顔に似合わぬ真っ直ぐな視線。
 その瞳の強さに、ランディは一瞬だけ息を呑んだ。

 だがすぐに、静かに微笑む。

 「理由ですか。……簡単なことですよ。」

 彼はカップを静かに置き、セリカを見据えた。

 「貴女に“私を必要だと思ってもらいたい”のです。」

 「……え?」

 「私は支配者ではなく、支援者として側にいたい。
  けれど同時に――貴女が私の存在を意識せずにはいられなくなるように。」

 その笑みは、優雅でありながら、どこか危うい。
 セリカは唇をわずかに引き結び、心の中で呟いた。

 ――やっぱり、彼は“影”の人。
  だけど……この影を味方につけるのも、悪くないかもしれない。


---

 やがて会談が終わり、ランディ王子が立ち去った後――。

 セリカは、静かな部屋の中で紅茶の残り香を嗅ぎながら、独りごちた。

 「……あの人は、危険ね。」

 けれど、その声には恐れではなく――
 ほんのわずかに、好奇心と期待が混じっていた。


---

 その日、ディオール領に吹いた風は、いつもより冷たかった。
 だがその冷たさは、嵐の前触れではなく――
 新たな“同盟”の始まりを告げる風だった。


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