見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお

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18-4 信頼の試練

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第18章 ランディ編

18-4 信頼の試練

 平穏は、長くは続かなかった。

 ディオール領の復興と繁栄がようやく安定を見せ始めたその矢先――交易路を襲う黒い影が現れた。
 夜明け前、護送隊が襲撃され、物資を奪われ、従者数名が行方不明。
 犯人は、盗賊団。しかも組織的で、明らかに訓練を受けた動きだった。

「盗賊団が、ここまで活発に……?」

 セリカ・ディオールは、報告書を握る小さな手に力を込めた。
 穏やかな金の瞳が、わずかに曇る。

 この一年で、彼女は行政と民生の両立を見事にこなしてきた。
 だが――武力を伴う脅威。
 それは、四歳の少女領主にとって未知の戦場だった。


---

 領内の会議室には緊張が走る。
 顧問ガブリエルを筆頭に、騎士団長、商業組合代表が顔を揃えた。

「セリカ様、盗賊団の数は不明ですが、数十人規模かと」
「装備は?」
「鉄製の剣と弩。領兵では厳しいかもしれません」

 セリカは唇を引き結ぶ。
 「無闇に兵を動かしてはなりません。罠の可能性もあります」

 その声は小さいが、明確な威厳があった。
 彼女は地図の上に指を走らせ、交易路の分岐点を確認する。

「……ここが狙い目ですわね。物流の要所を断てば、領地の息を止められる」

 彼女の推論に、大人たちは息をのむ。
 この幼い少女こそ、ディオール領を守る知の盾であることを、改めて思い知らされる瞬間だった。


---

 夜更け。
 セリカは書斎に灯りをともしていた。

 積み上がる報告書。繰り返し読むうちに、視界が霞む。
 それでもペンを止めない。彼女はまだ、この問題の“形”を掴めずにいた。

 その時――扉を叩く音。

「セリカ様、ランディ王子からの書簡です」

 胸が跳ねた。
 彼の名を聞くだけで、心が少しだけ軽くなるのは、もう否定できなかった。

 封を切ると、整然とした筆跡が現れる。

> 『盗賊団が長期間活動している以上、単なる略奪ではありません。
 背後に“資金”と“情報”を与える者がいると考えるのが自然です。
 敵の拠点を探るより先に、“誰が得をするか”を見極めなさい。
 それが真の標的を照らす光です。』



 そして、最後にこう結ばれていた。

> 『貴女は私の知恵を借りる必要はありません。
 ただ、貴女の判断を信じるための材料を――私は渡しているだけです。』



 セリカは目を閉じ、静かに息を吐いた。

「……背後に支援者、ね」

 脳裏に、いくつかの貴族の名が浮かんだ。
 ディオール領の発展を快く思わぬ者たち。
 そして――シビック王子の勢力。


---

 翌朝、セリカは決断を下した。

「ガブリエル、精鋭部隊を再編して。
 斥候を三方向に出します。西は森を抜けて、南は丘陵地を伝って。
 彼らの動きを“記録”してきなさい。追うのではなく、観察よ。」

「はっ!」

 彼女の声は凛として響いた。
 ――まるで幼き指揮官。
 だが、その姿を見つめる騎士たちの目には、尊敬と誇りが宿っていた。


---

 三日後。夜明け前。
 報告が届いた。

「盗賊団の拠点、発見しました! 古い鉱山跡地です!」

「……そう。よくやりました」

 セリカは椅子から立ち上がる。
 細い手が地図の上を滑り、視線が一点を射抜いた。

「ここで待ち伏せします。兵を分散、包囲ではなく“誘導”。
 彼らをこちらの罠に引き込みなさい」

 ランディの戦略が、彼女の頭の中で形になっていく。
 彼が教えたのは「力ではなく流れで勝つ」方法だった。


---

 戦は、夜明けと共に始まった。

 霧が立ち込める渓谷に、松明の灯がゆらめく。
 セリカの命令で動く兵たちは、静かに陣を敷き、音を立てずに待った。

 そして、現れた。
 獣皮をまとい、整然と動く盗賊たち。
 “ならず者”とは思えない統率――背後に誰かがいる。

「……合図を」

 セリカの一声で、矢が放たれた。
 矢雨が霧を裂き、敵の進行路を断つ。
 逃げ惑う盗賊を、包囲網が静かに締め上げる。

 ――結果は、圧勝。

 数刻後、首領が捕縛され、鎖で縛られてセリカの前に引き出された。

「話してもらいます。誰の指示で動いていたの?」

 小さな領主の声は、氷のように冷たかった。
 男は一瞬、鼻で笑ったが、その瞳がセリカの真剣さに射抜かれた瞬間、全てを吐き出した。

「……金を出してたのは、隣領の――フォルダン侯だ」

 その名に、部屋が静まり返る。

 フォルダン侯――ディオール家の宿敵にして、かつてセリカの父の改革を妨げた貴族だった。


---

「……やはり、裏で糸を引いていましたか」

 セリカは軽く目を閉じ、深く息をついた。
 ――怒りではない。冷静な覚悟。

 「彼らの罪は明らかです。
  捕らえた盗賊は法に則って裁き、フォルダン侯の関与は証拠と共に王家に報告します」

 堂々とした指示。
 その声に、誰も幼さを感じなかった。


---

 数日後、ディオール領は再び平和を取り戻した。
 セリカは机に向かい、羽ペンを握った。

 宛先は――ランディ・リュミエール王子。

> 「今回の件で、貴方の助言がいかに有効だったかを身をもって知りました。
 貴方の知恵が、私たちを救ってくださったことに感謝いたします。
 ディオール領は無事です。そして、私も。」



 ペン先が震えたのは、疲労のせいだろうか。
 ――あるいは、胸の奥に芽生えた“信頼”のせい。


---

 数日後、返信が届いた。

> 「セリカ様。
 あなたが選び、考え、そして勝ち取った結果に、心から敬意を。
 私はただ、影からその輝きを見守るだけです。
 もし再び暗雲が訪れたとき――その時こそ、貴女が光を放つ瞬間でしょう。」



 その筆跡は、いつも通り整然として冷静。
 けれど――その文字の裏には、確かな温度が宿っていた。

 セリカはそっと手紙を閉じ、胸元に当てた。

「……ありがとう、ランディ王子」

 囁く声は、誰にも聞かれない。
 けれどその夜、ディオール領に吹いた風は不思議と穏やかで、星々はいつもより近く輝いていた。


---

 そして、幼き公爵令嬢と影の王子の間に――
 言葉にできぬ「信頼」が芽生えた。
 それは、誰にも知られぬ絆であり、これから彼女の運命を変える最初の“光と影”の契約となる。


---
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