見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお

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21-1 再婚約を決意するアコード

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第21章 再婚約をあきらめないアコード

21-1 再婚約を決意するアコード

 王都を見下ろす高窓に、夕陽が薄く差していた。
 第一王子アコードは、長い睫毛を伏せて街のざわめきを聴く。聞こえるのは歓声――近頃、誰の名を呼んでいるかは明白だ。

(セリカ・ディオール。四歳にして領を立て直し、税の流れと交易を可視化し、飢饉を予防する仕組みまで整えた小さな公爵令嬢。……あのとき、私は“幼すぎる”の一言で、未来の芽を摘んだ)

 こめかみの奥で、遅れてくる痛みが脈打つ。
 それは後悔の色をしていた。だが、後悔だけで国は動かない。

「二度は、誤らない」

 吐息のような宣言は、静かに空気へ溶けた。
 アコードの前に広がる机上には、王国とディオール領の経済地図、貴族派閥の構図、近年の評価報告――そこに並ぶ数字は、彼の迷いを削ぎ落すには十分だった。

(王妃たる資質――あの子は既に備えている。年齢だけが、私の判断を曇らせた。ならば今度は、王国と家族、双方の幸福で語ろう。奪うでも、押し流すでもなく、支えることで)

 彼はまず、扉の向こうで控える侍従に指示を出す。

「使節を整えろ。最上の礼で、ディオールへ。……先触れには、“王国の将来設計を協議したい”と伝えよ。求婚ではない、協議だ」

 求婚を前面に出せば、政略の臭気が強すぎる。相手は王国随一の切れ者夫妻、そして――天才幼女。
 正道こそ最短だ。まずは親を説き、次いで家の益、最後に本人の意思。順序を誤れば、前回の過ちをなぞるだけ。

(焦るな、アコード。勝つのではない、信頼を積む)


---

 ディオール城。色づく庭園を抜けると、白い石造のホールに秋の光が満ちていた。
 アコードは深く一礼し、礼装の裾を正す。ディオール公、そして公爵夫人――王都の噂どおりの、簡素にして揺るぎない威厳。

「お招きに感謝いたします、ディオール公。公爵夫人。王国の将来に関わる要件ゆえ、最上の礼をもって参上いたしました」

 公は静かに頷き、夫人は温かながらも観察を忘れぬ眼差しで告げた。

「遠路、ご苦労さま。……さあ、王子殿下。まずはお心を」

 促され、アコードは正面から言葉を置く。

「私がこちらへ伺ったのは、ディオール領の成功を“王国の標準”に引き上げたいからです。――そして、その中心に、セリカ様を」

 夫人の指先がわずかに止まる。アコードは続けた。

「誤解なきよう申し上げます。前婚約の経緯は、私の非。年齢のみで判断し、才覚を見抜けなかった。ゆえに今、奪うためではなく――仕組みで支えるために来ました。王都に“領政学院”を新設し、セリカ様の運用モデルを教典化する。財政・輸送・灌漑・医薬……彼女の実学を王国全土に配布したい」

 公が目を細める。「学院、とな」

「はい。名目は王立。運営の中枢は貴家の監督下に。カリキュラムはディオール式。成果の配分はまず貴家と領民へ、次に王国へ――力の出所に正しく利益が落ちる仕組みとします」

 即ち、それは“中央集権の吸い上げ”ではなく、“源流への敬意”を契約で固定する提案。
 ホールに、短い沈黙が降りた。

 夫人が口を開く。「それで……再婚約の話へ続ける、と?」

 アコードは首を横に振る。

「いいえ。今ここで再婚約は求めません。まずは学院と協定――枠を整えたい。セリカ様がいつ、どこで、どの規模で才覚を振るうのが幸せか。答えを“実績で”ご覧いただいた上で、あらためて“本人の意思”を最優先にお伺いします」

 公の表情が、わずかに和らぐ。
 アコードは畳みかけない。急くほど、信は痩せる。

「……王子。あなたは王妃が欲しいのではないのか?」と、公。

「王国に必要な柱を、正しく支えたいのです。結果としてそれが私の隣であれば僥倖。違うのなら――私は王としての礼を尽くします」

 夫人は思わず笑みを漏らした。「言葉だけなら、誰でも言えるわ」

「ゆえに“形”で示します。学院の設立文書草案、財源、監督権、成果配分。――今日、すべてお持ちしました」

 侍従が封蝋を割り、厚い書類束を卓上に置く。条文は端的で、逃げ道が少ない。
 公は一読し、静かに書面を伏せた。

「……誠実だ。抜け目も、ない」

 夫人が書類を指で叩く。「ただ一つ、抜けている条項があるわ。セリカの昼寝時間の確保」

 アコードは瞬きをして、次の瞬間、微笑んだ。

「最優先で条文化いたします」

 場に、小さな笑いが生まれ、緊張が解ける。
 が、次の言葉は柔らかなままに、鋭かった。

「王子。私たちは娘を道具にしない。政の柱である前に、四歳の子なのです」と夫人。

「承知しています。だからこそ、今は“育つ環境”を。婚約はその先です」

 公は腕を組み、結論を告げる。

「本日の再婚約は、否だ。だが学院については――前向きに協議しよう。監督は貴家、承認は我ら。セリカ本人の意思を、最終決定権とすること」

「王家、承認します」

 アコードは深く頭を垂れた。今日の勝利は、首飾りではない。礎石だ。


---

 辞去の直前、夫人がそっと囁く。

「アコード王子。あなたが本当にセリカの幸せを願うなら――待てるはずよ」

「ええ。待ちます。彼女が自分で選べるようになる日まで」

 扉が閉じる。秋の風が石畳を撫で、遠くで子どもの笑い声が跳ねた。
 アコードは胸の奥で、静かに火を灯す。

(王として、男として、父として――どの未来にも恥じない手順で臨む。今度こそ、誤らない)

 馬車が動き出す。窓外、白い塔が遠ざかる。
 その天辺の窓の向こうで、小さな影がこちらに手を振った気がした。

 四歳の天才幼女は、きっともう気づいている。
 ――王子が、今回は“取るため”ではなく、“支えるため”に来たことを。


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