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第2話 王宮廊下で三連続転倒
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第2話 王宮廊下で三連続転倒
王宮の長い廊下は、大理石の床が磨き上げられ、まるで鏡のように光を反射していた。
つまずく要素など、どこにもないはずの場所。
しかし、クラリッサ・フォン・ローゼンベルクにとっては、そんな常識は通用しなかった。
今日も彼女は、優雅に歩こうと心に決めていた。
ドレスの裾を軽くつまみ、背筋を伸ばし、ゆっくりと一歩を踏み出す。
――ところが、たった三歩目で。
「きゃあああっ!」
何もない平らな床で、クラリッサは前のめりに盛大に転んだ。
眼鏡が宙を舞い、アホ毛だらけの髪がばさっと広がる。
床に突っ伏した彼女は、しばらく動けなかった。
「……痛い……」
小さく呟きながら、恐る恐る上体を起こす。
慌てて眼鏡を探すが、転がった眼鏡は数メートル先で止まっていた。
「メ、メガネ……メガネが……」
這うようにして眼鏡を拾い上げ、再びかけ直す。
周囲を見回すと、幸いにも誰もいなかった。
廊下の両端は静まり返り、遠くからかすかに音楽隊の音が聞こえるだけ。
「ふぅ……見られてなくてよかったわ……」
胸をなで下ろし、赤面しながら立ち上がる。
しかし、恥ずかしさが残り、まるで現場から逃げるように足早に歩き出した。
――その途端。
「つ、つんのめっ!? お、おっとっと……!」
二度目の転倒。
今度は裾を踏み、バランスを崩して両腕をばたばた振り回す。
なんとか踏みとどまったものの、ドレスの裾が乱れ、アホ毛がさらに暴れ出す。
「もう……どうしてこうなるの……」
クラリッサは涙目になりながら、辺りを見回した。
やはり、誰もいない。
王宮のこの時間帯は、貴族たちの謁見や茶会が集中する時間帯で、廊下は比較的人気が少ない。
それが、彼女にとっては幸運だった。
「し、慎重に……ですわ」
今度は妙にぎこちない速歩で、再び歩き始める。
一歩一歩を確かめるように、まるで地雷原を進む兵士のような歩き方。
しかし――
「きゃっ! またぁっ!」
三度目の転倒。
今度は完全に前のめりになり、床に顔をうずめてしまった。
眼鏡が再び外れ、アホ毛が天を突く。
「……もう、嫌ですわ……」
床に突っ伏したまま、クラリッサは小さく嗚咽を漏らした。
涙がぽろりと落ち、床に小さな染みを作る。
しかし、すぐに顔を上げ、眼鏡をかけ直す。
「誰も見てない……誰も見てないわよね……」
四度周囲を見回し、ようやく立ち上がる。
ドレスを直し、髪を押さえながら、なんとか廊下を進む。
その時、遠くから足音が聞こえてきた。
クラリッサは慌てて柱の陰に隠れた。
通り過ぎたのは、侍従の一人だった。
彼はクラリッサに気づかず、通り過ぎていく。
「ふぅ……危なかった……」
柱から出て、再び歩き始める。
しかし、心臓がまだどきどきしている。
――その様子を、遠くの窓から見ていた影があった。
ソフィアだった。
彼女は廊下の端、柱の陰からクラリッサの転倒劇をすべて見ていた。
主が転ぶたびに、わずかに口元が緩む。
それは、冷たい嘲笑のようにも見えた。
あるいは、愛らしいお嬢様の姿に、こぼれてしまった微笑みにも思える。
ソフィアは静かに息を吐き、背を向けた。
(お嬢様……本当に、完璧な演技ですわ)
彼女の瞳には、誰も知らない確信が宿っていた。
クラリッサはようやく自室に戻った。
扉を閉め、鍵をかける。
そして、鏡台の前に座り、深くため息をつく。
「今日も……三回も転んでしまったわ……」
鏡に映る自分を見つめ、苦笑する。
分厚い眼鏡の奥で、瞳がわずかに輝く。
「でも……これでいいのよね」
クラリッサは小さく呟き、眼鏡を外した。
外からはすりガラスのように瞳が見えないはずの眼鏡だが、かけている本人には普通に見える。
――それは、彼女が市井の骨董屋で見つけた、変装用の魔道具だった。
「ソフィア……あなたも、ちゃんと準備できてるわよね?」
クラリッサは鏡に向かって微笑んだ。
その笑みは、ポンコツ令嬢のものとは思えないほど、冷たく、確信に満ちていた。
外では、ソフィアが静かに扉の前に立っていた。
彼女はノックもせず、ただ静かに耳を澄ます。
「お嬢様……もうすぐですわ」
ソフィアの声は、誰にも聞こえないほど小さかった。
王宮の廊下で繰り広げられた三連続転倒劇は、誰にも知られぬまま、幕を閉じた。
しかし、それはすべて、彼女たちの計画の序章に過ぎなかった。
――次なる舞台は、もうすぐ訪れる。
王宮の長い廊下は、大理石の床が磨き上げられ、まるで鏡のように光を反射していた。
つまずく要素など、どこにもないはずの場所。
しかし、クラリッサ・フォン・ローゼンベルクにとっては、そんな常識は通用しなかった。
今日も彼女は、優雅に歩こうと心に決めていた。
ドレスの裾を軽くつまみ、背筋を伸ばし、ゆっくりと一歩を踏み出す。
――ところが、たった三歩目で。
「きゃあああっ!」
何もない平らな床で、クラリッサは前のめりに盛大に転んだ。
眼鏡が宙を舞い、アホ毛だらけの髪がばさっと広がる。
床に突っ伏した彼女は、しばらく動けなかった。
「……痛い……」
小さく呟きながら、恐る恐る上体を起こす。
慌てて眼鏡を探すが、転がった眼鏡は数メートル先で止まっていた。
「メ、メガネ……メガネが……」
這うようにして眼鏡を拾い上げ、再びかけ直す。
周囲を見回すと、幸いにも誰もいなかった。
廊下の両端は静まり返り、遠くからかすかに音楽隊の音が聞こえるだけ。
「ふぅ……見られてなくてよかったわ……」
胸をなで下ろし、赤面しながら立ち上がる。
しかし、恥ずかしさが残り、まるで現場から逃げるように足早に歩き出した。
――その途端。
「つ、つんのめっ!? お、おっとっと……!」
二度目の転倒。
今度は裾を踏み、バランスを崩して両腕をばたばた振り回す。
なんとか踏みとどまったものの、ドレスの裾が乱れ、アホ毛がさらに暴れ出す。
「もう……どうしてこうなるの……」
クラリッサは涙目になりながら、辺りを見回した。
やはり、誰もいない。
王宮のこの時間帯は、貴族たちの謁見や茶会が集中する時間帯で、廊下は比較的人気が少ない。
それが、彼女にとっては幸運だった。
「し、慎重に……ですわ」
今度は妙にぎこちない速歩で、再び歩き始める。
一歩一歩を確かめるように、まるで地雷原を進む兵士のような歩き方。
しかし――
「きゃっ! またぁっ!」
三度目の転倒。
今度は完全に前のめりになり、床に顔をうずめてしまった。
眼鏡が再び外れ、アホ毛が天を突く。
「……もう、嫌ですわ……」
床に突っ伏したまま、クラリッサは小さく嗚咽を漏らした。
涙がぽろりと落ち、床に小さな染みを作る。
しかし、すぐに顔を上げ、眼鏡をかけ直す。
「誰も見てない……誰も見てないわよね……」
四度周囲を見回し、ようやく立ち上がる。
ドレスを直し、髪を押さえながら、なんとか廊下を進む。
その時、遠くから足音が聞こえてきた。
クラリッサは慌てて柱の陰に隠れた。
通り過ぎたのは、侍従の一人だった。
彼はクラリッサに気づかず、通り過ぎていく。
「ふぅ……危なかった……」
柱から出て、再び歩き始める。
しかし、心臓がまだどきどきしている。
――その様子を、遠くの窓から見ていた影があった。
ソフィアだった。
彼女は廊下の端、柱の陰からクラリッサの転倒劇をすべて見ていた。
主が転ぶたびに、わずかに口元が緩む。
それは、冷たい嘲笑のようにも見えた。
あるいは、愛らしいお嬢様の姿に、こぼれてしまった微笑みにも思える。
ソフィアは静かに息を吐き、背を向けた。
(お嬢様……本当に、完璧な演技ですわ)
彼女の瞳には、誰も知らない確信が宿っていた。
クラリッサはようやく自室に戻った。
扉を閉め、鍵をかける。
そして、鏡台の前に座り、深くため息をつく。
「今日も……三回も転んでしまったわ……」
鏡に映る自分を見つめ、苦笑する。
分厚い眼鏡の奥で、瞳がわずかに輝く。
「でも……これでいいのよね」
クラリッサは小さく呟き、眼鏡を外した。
外からはすりガラスのように瞳が見えないはずの眼鏡だが、かけている本人には普通に見える。
――それは、彼女が市井の骨董屋で見つけた、変装用の魔道具だった。
「ソフィア……あなたも、ちゃんと準備できてるわよね?」
クラリッサは鏡に向かって微笑んだ。
その笑みは、ポンコツ令嬢のものとは思えないほど、冷たく、確信に満ちていた。
外では、ソフィアが静かに扉の前に立っていた。
彼女はノックもせず、ただ静かに耳を澄ます。
「お嬢様……もうすぐですわ」
ソフィアの声は、誰にも聞こえないほど小さかった。
王宮の廊下で繰り広げられた三連続転倒劇は、誰にも知られぬまま、幕を閉じた。
しかし、それはすべて、彼女たちの計画の序章に過ぎなかった。
――次なる舞台は、もうすぐ訪れる。
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