【悪役令嬢】転ぶ令嬢と暗躍メイドの完璧なる逆襲劇

しおしお

文字の大きさ
5 / 30

第5話 忠実メイドの裏切り

しおりを挟む
第5話 忠実メイドの裏切り

 大広間の空気が、重く張り詰めていた。  
 クラリッサは床に膝をついたまま、眼鏡の奥で瞳を揺らしていた。  
 彼女の周囲では、廷臣たちのざわめきが徐々に大きくなっていく。

「証人を呼べ!」

 エドモンドの声が再び響いた。  
 その声に、ひとりの女性が静かに進み出た。  
 黒髪をきっちりとまとめ、完璧なメイド服を着こなした姿。  
 クラリッサの心臓が、激しく鳴り響く。

「……ソフィア……!?」

 そこに立っていたのは、他ならぬ彼女の忠実なメイド、ソフィアだった。  
 いつもはそっと支えてくれた彼女が、今は王子の隣に立ち、冷徹な視線をクラリッサに向けている。

 ソフィアは深々と一礼し、静かに、しかしはっきりと口を開いた。

「――お嬢様は、長年にわたり、わたくしども使用人に理不尽な命令を繰り返し、日常的に嫌がらせをなさっていました」

 その言葉に、大広間が静まり返った。  
 クラリッサは絶句し、ただ呆然とソフィアを見つめる。

「廊下で転ぶと『掃除が行き届いていないからだ!』と罵倒なさる。  
髪が決まらないと『櫛の手入れがなっていない!』と折檻される。  
その影に怯え、わたくしども使用人一同は常に震えておりました」

 ソフィアの声は、冷たく、容赦ない。  
 彼女の表情には、忠実なメイドの面影は微塵もなく、ただ冷酷な告発者のそれがあった。

「ちょ、ちょっと待ってくださいませ! あれは……わたくしが勝手に転んだだけで……!」

 クラリッサは必死に声を張り上げる。  
 しかし、その声は虚しく響くだけだった。  
 廷臣たちは「やはり悪女か」と頷き合い、視線を鋭くする。

「偶然、何度も同じことが起こるでしょうか? すべて、お嬢様の性分ゆえです」

 ソフィアは淡々と続ける。  
 彼女の言葉は、まるで事前に練られた台本のように、完璧に流れる。

「さらに――」

 ソフィアは一瞬、視線をエドモンドに移し、再びクラリッサに向き直った。

「お嬢様は、第一王子殿下の婚約者でありながら、第二王子殿下を誘惑しておりました」

 その瞬間、広間が大きくざわめいた。  
 廷臣たちの視線が一斉にクラリッサに突き刺さる。

「……そ、そんな……!」

「もし殿下が王位に就けぬ時は、第二王子殿下に乗り換えるおつもりだったのですわ」

 ソフィアの言葉は、容赦なくクラリッサを追い詰める。  
 彼女は深々と頭を垂れ、あくまで忠実なメイドの顔で続ける。

「わたくしは、お嬢様の命令に従うしかなく、ただ黙って耐えておりました」

 クラリッサは立ち上がり、ソフィアに向かって歩み寄ろうとした。

「ソフィア……あなた、どうして……!」

 しかし、ソフィアは王子の背に身を隠すようにして、冷ややかにクラリッサを見返す。  
 そして――口元に「ふっ」と、冷酷な笑みを浮かべた。

 その笑みは、誰もが息を呑むほどに冷たく、残酷だった。  
 廷臣たちは「やはり裏切りか」と囁き合い、エドモンドは満足げに頷く。

「ソフィア、よくぞ言った」

 エドモンドの声は、勝ち誇ったように響く。  
 彼はソフィアに向き直り、優しく肩に手を置いた。

「これからは、お前が私のそばにいる。  
 クラリッサなど、もう必要ない」

 ソフィアは控えめに微笑んだ。

「御意のままに、殿下」

 その笑みの奥に、ほんの一瞬、冷たい光がきらめいた。  
 誰も気づかぬはずのその表情は、後に数多の憶測を呼ぶことになる――。

 クラリッサは床に膝をつき、震える手で眼鏡を押さえた。  
 涙がぽろりと落ち、床に小さな染みを作る。

「……ソフィア……」

 彼女の声は小さく、か細かった。  
 しかし、その瞳の奥底で、ほんの一瞬、冷たい光が輝いた。

(……完璧ですわ。予定通り)

 大広間の空気は、完全に「悪女糾弾」の方向へ傾いていた。  
 廷臣たちはクラリッサを指差し、嘲笑の声を上げる。

「やはり悪女だったか」

「メイドを裏切るなんて……最低ですわ」

「追放が当然です」

 エドモンドは高らかに宣言した。

「クラリッサ・フォン・ローゼンベルク。  
 貴様は即日、王都から追放する。  
 明日までに去れ」

 クラリッサはゆっくりと立ち上がり、深く頭を下げた。

「……わかりましたわ、殿下」

 その声は震えていたが、誰も気づかないほどの微かなものだった。  
 彼女はゆっくりと大広間を後にする。  
 背中を丸め、足取りは重く、まるで敗北した者のように。

 しかし――  
 大広間の扉をくぐった瞬間、彼女は足を止めた。

 そして、静かに呟いた。

「さあ……本当の幕開けですわ」

 その声は、ポンコツ令嬢のものとは思えないほど、冷たく、確信に満ちていた。

 一方、大広間ではエドモンドがソフィアに近づき、耳元で囁く。

「今夜、私の私室に来い。  
 お前の忠誠を、確かめたい」

 ソフィアは控えめに微笑んだ。

「かしこまりました、殿下」

 その笑みの奥に、誰も知らない冷たい光が宿っていた。

 忠実なメイドの裏切りは、王宮中に衝撃を与えた。  
 誰もが「ソフィアが裏切った」と信じ、クラリッサを悪女と断罪した。

 しかし――  
 そのすべてが、クラリッサとソフィアが仕掛けた、壮大な芝居の、一幕に過ぎなかった。

 夜、公爵邸の自室に戻ったクラリッサは、眼鏡を外し、鏡台の前に座った。

「今日も……完璧でしたわね」

 鏡に映る自分を見つめ、静かに微笑む。  
 その瞳は、涙の跡など微塵もなく、冷たく輝いていた。

 扉の外で、ソフィアが静かに待っていた。

「お嬢様……お疲れ様ですわ」

 クラリッサは扉を開け、ソフィアを抱きしめた。

「ありがとう、ソフィア。  
 あなたのおかげで、すべてがうまくいったわ」

 ソフィアは優しく背中を撫で、囁く。

「これからが、本番ですわ、お嬢様」

 二人は顔を見合わせ、互いに微笑んだ。  
 それは、ポンコツ令嬢と忠実なメイドの、誰も知らない秘密の笑みだった。

 婚約破棄の儀式は、無残に幕を閉じた。  
 しかし――  
 それは、逆襲の序曲に過ぎなかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は手加減無しに復讐する

田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。 理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。 婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。

【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい

三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。 そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

【完結】悪役令嬢な私が、あなたのためにできること

夕立悠理
恋愛
──これから、よろしくね。ソフィア嬢。 そう言う貴方の瞳には、間違いなく絶望が、映っていた。  女神の使いに選ばれた男女は夫婦となる。  誰よりも恋し合う二人に、また、その二人がいる国に女神は加護を与えるのだ。  ソフィアには、好きな人がいる。公爵子息のリッカルドだ。  けれど、リッカルドには、好きな人がいた。侯爵令嬢のメリアだ。二人はどこからどうみてもお似合いで、その二人が女神の使いに選ばれると皆信じていた。  けれど、女神は告げた。  女神の使いを、リッカルドとソフィアにする、と。  ソフィアはその瞬間、一組の恋人を引き裂くお邪魔虫になってしまう。  リッカルドとソフィアは女神の加護をもらうべく、夫婦になり──けれど、その生活に耐えられなくなったリッカルドはメリアと心中する。  そのことにショックを受けたソフィアは悪魔と契約する。そして、その翌日。ソフィアがリッカルドに恋をした、学園の入学式に戻っていた。

婚約破棄?王子様の婚約者は私ではなく檻の中にいますよ?

荷居人(にいと)
恋愛
「貴様とは婚約破棄だ!」 そうかっこつけ王子に言われたのは私でした。しかし、そう言われるのは想定済み……というより、前世の記憶で知ってましたのですでに婚約者は代えてあります。 「殿下、お言葉ですが、貴方の婚約者は私の妹であって私ではありませんよ?」 「妹……?何を言うかと思えば貴様にいるのは兄ひとりだろう!」 「いいえ?実は父が養女にした妹がいるのです。今は檻の中ですから殿下が知らないのも無理はありません」 「は?」 さあ、初めての感動のご対面の日です。婚約破棄するなら勝手にどうぞ?妹は今日のために頑張ってきましたからね、気持ちが変わるかもしれませんし。 荷居人の婚約破棄シリーズ第八弾!今回もギャグ寄りです。個性な作品を目指して今回も完結向けて頑張ります! 第七弾まで完結済み(番外編は生涯連載中)!荷居人タグで検索!どれも繋がりのない短編集となります。 表紙に特に意味はありません。お疲れの方、猫で癒されてねというだけです。

「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして

東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。 破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

転生した子供部屋悪役令嬢は、悠々快適溺愛ライフを満喫したい!

木風
恋愛
婚約者に裏切られ、成金伯爵令嬢の仕掛けに嵌められた私は、あっけなく「悪役令嬢」として婚約を破棄された。 胸に広がるのは、悔しさと戸惑いと、まるで物語の中に迷い込んだような不思議な感覚。 けれど、この身に宿るのは、かつて過労に倒れた29歳の女医の記憶。 勉強も社交も面倒で、ただ静かに部屋に籠もっていたかったのに…… 『神に愛された強運チート』という名の不思議な加護が、私を思いもよらぬ未来へと連れ出していく。 子供部屋の安らぎを夢見たはずが、待っていたのは次期国王……王太子殿下のまなざし。 逃れられない運命と、抗いようのない溺愛に、私の物語は静かに色を変えていく。 時に笑い、時に泣き、時に振り回されながらも、私は今日を生きている。 これは、婚約破棄から始まる、転生令嬢のちぐはぐで胸の騒がしい物語。 ※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」にて同時掲載しております。 表紙イラストは、Wednesday (Xアカウント:@wednesday1029)さんに描いていただきました。 ※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。 ©︎子供部屋悪役令嬢 / 木風 Wednesday

処理中です...