【悪役令嬢】転ぶ令嬢と暗躍メイドの完璧なる逆襲劇

しおしお

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第12話 証拠集めの始まり

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第12話 証拠集めの始まり

 辺境の小さな町は、朝から穏やかな陽光に包まれていた。  
 クラリッサ・フォン・ローゼンベルクは、フードを深く被り、眼鏡をかけ、簡素なドレスで館を出た。  
 昨日届いたソフィアの手紙――甘すぎるラブレターの地獄を乗り越えた後、彼女の瞳には決意が宿っていた。

「今日は、証拠集めを本格的に始めるわ」

 クラリッサは小さく呟き、町の外れにある古い酒場に向かった。  
 辺境の酒場は、王都の華やかなものとは違い、粗末で煙たい。  
 しかし、ここには王都から流れてきた情報屋や商人たちが集まっていた。

 酒場の扉を開けると、煙と酒の匂いが一気に押し寄せてきた。  
 クラリッサは隅のテーブルに座り、フードを少し下げて周囲を見回した。  
 彼女の目的は、ソフィアが手配した「情報屋」から、エドモンドの不正に関する追加証言を得ることだった。

 やがて、一人の男が近づいてきた。  
 ぼろぼろのマントを羽織った、目つきの鋭い男。  
 彼はクラリッサの隣に腰を下ろし、低い声で囁いた。

「嬢さん……公爵令嬢の使いか?」

 クラリッサは静かに頷いた。

「ええ。  
 ソフィアからの指示よ。  
 殿下の愛人連れ込みの証言、持ってきてくれた?」

 男は懐から一枚の羊皮紙を取り出した。

「持ってきたぜ。  
 王宮の侍従の一人から聞いた話だ。  
 殿下が毎週水曜の夜に、秘密の通路を使って愛人を連れ込んでる。  
 場所は王宮の東翼、地下の隠し部屋だ」

 クラリッサは羊皮紙を受け取り、素早く目を通した。  
 詳細な日時、愛人の特徴、侍従への口止め内容が記されている。

「ありがとう。  
 これで、証拠が一つ増えたわ」

 男は肩をすくめた。

「金は?」

 クラリッサは小さな革袋を渡した。

「これで十分?」

 男は袋を確かめ、満足げに頷いた。

「十分だ。  
 嬢さん、気をつけな。  
 殿下は追放されたお前を、完全に忘れたわけじゃねぇぞ」

 クラリッサは微笑んだ。

「ありがとう。  
 でも、わたくしは忘れられないわ」

 男は立ち上がり、酒場を出て行った。

 クラリッサは羊皮紙を懐にしまい、酒場を出た。  
 外は陽光が差し、町の人々が忙しなく行き交っている。

 彼女は市場に向かいながら、足を滑らせて転びかけた。

「きゃっ!」

 しかし、今回は転ばなかった。  
 近くの商人が素早く手を差し伸べ、支えてくれた。

「嬢ちゃん、大丈夫かい?」

 クラリッサは頰を赤らめ、照れ笑いした。

「ありがとうございますわ……いつも、失敗ばかりで」

 商人は笑った。

「失敗令嬢の嬢ちゃんか。  
 今日も転ばなくてよかったな」

 クラリッサは深く頭を下げ、市場を回り続けた。  
 野菜を買い、魚を買い、布を買う。  
 その間も、彼女の目は周囲を鋭く見回していた。

 市場の裏通りで、もう一人の情報屋に会った。  
 今度は、馬車の御者だった。

「殿下の馬車が、毎月一度、辺境の領地に金貨を運んでるぜ。  
 それは、愛人への贈り物だ」

 クラリッサはメモを取り、御者に金を渡した。

「ありがとう。  
 これで、証拠がまた一つ」

 一日中、町を回り、情報を集めたクラリッサは、夕暮れ時に館に戻った。  
 執事が出迎え、荷物を運んでくれる。

「お嬢様……お疲れ様です」

「ありがとう。  
 今日は、たくさん買えましたわ」

 クラリッサは自室に戻り、机に向かった。  
 羊皮紙を広げ、今日集めた情報を整理する。

「東翼の隠し部屋……  
 馬車の金貨運搬……  
 これで、エドモンドの不正が、完全に繋がったわ」

 彼女は拳を握り、目を輝かせた。

「ソフィア……あなたも、王宮で頑張ってくれてるわね」

 夜、クラリッサはベッドに横になり、目を閉じた。  
 しかし、頭の中では計画が回り続けていた。

「次は、物証の写真……  
 それが届けば、王都に戻れる」

 彼女は小さく微笑んだ。

 辺境の夜は深く、静かに過ぎていった。  
 しかし、その静けさの裏で、逆襲の糸は着々と張り巡らされていた。

 証拠集めの始まりは、クラリッサの決意をさらに固くした。  
 失敗令嬢の日常は、着実に王都への道を切り開いていた。

 ――復讐の日は、もうすぐだ。

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