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第14話 レオンハルトの勘違い
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第14話 レオンハルトの勘違い
王都の王宮、書庫の一角。
分厚いカーテンが垂れこめ、蝋燭の炎がゆらゆらと二人を照らしていた。
第二王子レオンハルトとソフィアは、秘密の密談を続けていた。
レオンハルトは羊皮紙を机に広げ、ソフィアの提供した証拠を睨みつけていた。
「兄上の不正……これだけ揃っていれば、確かに動かせる」
彼はゆっくりと視線を上げ、ソフィアを見つめた。
「君は本当に、クラリッサの忠実なメイドだったのか?」
ソフィアは控えめに微笑んだ。
「はい、殿下。
わたくしは、お嬢様のためなら何でもします」
レオンハルトは一瞬、目を細めた。
「クラリッサはどうなのだ?」
ソフィアの指先がピクリと止まる。
「はぁ? 何の関係がございますの?」
レオンハルトはゆっくりと立ち上がり、ソフィアに近づいた。
「きみは長く彼女に仕えていたはずだ。
どんな女だった?」
ソフィアは一瞬、言葉を探すように唇を噛み、それから氷のような笑みを浮かべた。
「もちろん知っておりますとも。
……殿下がご興味を持たれるほどの女ではありませんわ」
そこから始まったのは、怒涛の悪口ラッシュだった。
「あの女、いつも寝起きのまま、寝癖だらけ。
口を酸っぱくしてようやく着替えるようなだらしない女です」
「立っても、歩いても、必ず転ぶ。
まるでドジの見本市ですわ」
「あの分厚い眼鏡、レンズの厚みは三センチ!
ひどいド近眼ですよ」
「紅茶を頭からかぶったこともあるんですの。
誰がそんな真似を?」
「服のセンスも最悪。
雑草のような色のドレスばかりで、舞踏会に出ても壁の花どころか壁の雑草――いえ、壁のペンペン草ですわ!」
ソフィアは畳みかけるように吐き出し、肩をすくめた。
「どうです殿下? あのような女に興味など――」
しかし、レオンハルトは彼女の言葉を最後まで聞かず、視線を遠くに漂わせた。
そして、ぽつりと呟く。
「……そうか。では、あの事を知っているのは、私だけなのだな」
口元に、にやりと笑みが浮かぶ。
「殿下?」
ソフィアは訝しげに首をかしげる。
「いや、何でもない。
すっかり参考になった。有難う」
レオンハルトは立ち上がり、書庫の扉に向かった。
「これからも、情報を頼む」
ソフィアは深く頭を垂れた。
しかし、その胸の奥では、嫉妬と苛立ちが渦を巻いていた。
(……“あの事”ですって?
何を知っているの?
お嬢様に、これ以上近づけるわけには……)
炎が揺れ、二人の影が長く伸びた。
そこに漂うのは、ただの密談では済まぬ気配だった。
一方、辺境の館では、クラリッサが机に向かっていた。
ソフィアからの最新の手紙(またしても甘すぎるラブレターの山の後ろに隠された報告書)を読み終え、彼女は目を細めた。
「レオンハルト殿下……『あの事』を知っている?」
クラリッサは羊皮紙にメモを書き加えた。
それは、ソフィアの報告にあった「殿下の勘違い」に関するものだった。
「彼は、わたくしの素顔を知っているつもりなのね……
あの時、王宮の隠し通路で偶然会ったことを、まだ覚えているの?」
彼女は眼鏡を外し、鏡に映る自分を見つめた。
魔法の眼鏡を外せば、誰もが息を呑む美貌が現れる。
王都では、寝癖と眼鏡で隠していたその素顔を、レオンハルトは一度だけ見たことがある。
「勘違い……面白いわ」
クラリッサはくすりと笑った。
「彼が『素顔を知っているのは自分だけ』と思っているなら、
利用できるわね」
彼女は新たな計画を書き始めた。
レオンハルトを味方に引き込むための、さらなる布石だ。
辺境の夜は深く、静かに過ぎていった。
しかし、その静けさの裏で、クラリッサとソフィアの計画は着実に進んでいた。
レオンハルトの勘違いは、逆襲の新たなカードとなった。
失敗令嬢の物語は、ゆっくりと、しかし確実に、王都への帰還へと近づいていた。
――舞踏会の日は、もうすぐだ。
王都の王宮、書庫の一角。
分厚いカーテンが垂れこめ、蝋燭の炎がゆらゆらと二人を照らしていた。
第二王子レオンハルトとソフィアは、秘密の密談を続けていた。
レオンハルトは羊皮紙を机に広げ、ソフィアの提供した証拠を睨みつけていた。
「兄上の不正……これだけ揃っていれば、確かに動かせる」
彼はゆっくりと視線を上げ、ソフィアを見つめた。
「君は本当に、クラリッサの忠実なメイドだったのか?」
ソフィアは控えめに微笑んだ。
「はい、殿下。
わたくしは、お嬢様のためなら何でもします」
レオンハルトは一瞬、目を細めた。
「クラリッサはどうなのだ?」
ソフィアの指先がピクリと止まる。
「はぁ? 何の関係がございますの?」
レオンハルトはゆっくりと立ち上がり、ソフィアに近づいた。
「きみは長く彼女に仕えていたはずだ。
どんな女だった?」
ソフィアは一瞬、言葉を探すように唇を噛み、それから氷のような笑みを浮かべた。
「もちろん知っておりますとも。
……殿下がご興味を持たれるほどの女ではありませんわ」
そこから始まったのは、怒涛の悪口ラッシュだった。
「あの女、いつも寝起きのまま、寝癖だらけ。
口を酸っぱくしてようやく着替えるようなだらしない女です」
「立っても、歩いても、必ず転ぶ。
まるでドジの見本市ですわ」
「あの分厚い眼鏡、レンズの厚みは三センチ!
ひどいド近眼ですよ」
「紅茶を頭からかぶったこともあるんですの。
誰がそんな真似を?」
「服のセンスも最悪。
雑草のような色のドレスばかりで、舞踏会に出ても壁の花どころか壁の雑草――いえ、壁のペンペン草ですわ!」
ソフィアは畳みかけるように吐き出し、肩をすくめた。
「どうです殿下? あのような女に興味など――」
しかし、レオンハルトは彼女の言葉を最後まで聞かず、視線を遠くに漂わせた。
そして、ぽつりと呟く。
「……そうか。では、あの事を知っているのは、私だけなのだな」
口元に、にやりと笑みが浮かぶ。
「殿下?」
ソフィアは訝しげに首をかしげる。
「いや、何でもない。
すっかり参考になった。有難う」
レオンハルトは立ち上がり、書庫の扉に向かった。
「これからも、情報を頼む」
ソフィアは深く頭を垂れた。
しかし、その胸の奥では、嫉妬と苛立ちが渦を巻いていた。
(……“あの事”ですって?
何を知っているの?
お嬢様に、これ以上近づけるわけには……)
炎が揺れ、二人の影が長く伸びた。
そこに漂うのは、ただの密談では済まぬ気配だった。
一方、辺境の館では、クラリッサが机に向かっていた。
ソフィアからの最新の手紙(またしても甘すぎるラブレターの山の後ろに隠された報告書)を読み終え、彼女は目を細めた。
「レオンハルト殿下……『あの事』を知っている?」
クラリッサは羊皮紙にメモを書き加えた。
それは、ソフィアの報告にあった「殿下の勘違い」に関するものだった。
「彼は、わたくしの素顔を知っているつもりなのね……
あの時、王宮の隠し通路で偶然会ったことを、まだ覚えているの?」
彼女は眼鏡を外し、鏡に映る自分を見つめた。
魔法の眼鏡を外せば、誰もが息を呑む美貌が現れる。
王都では、寝癖と眼鏡で隠していたその素顔を、レオンハルトは一度だけ見たことがある。
「勘違い……面白いわ」
クラリッサはくすりと笑った。
「彼が『素顔を知っているのは自分だけ』と思っているなら、
利用できるわね」
彼女は新たな計画を書き始めた。
レオンハルトを味方に引き込むための、さらなる布石だ。
辺境の夜は深く、静かに過ぎていった。
しかし、その静けさの裏で、クラリッサとソフィアの計画は着実に進んでいた。
レオンハルトの勘違いは、逆襲の新たなカードとなった。
失敗令嬢の物語は、ゆっくりと、しかし確実に、王都への帰還へと近づいていた。
――舞踏会の日は、もうすぐだ。
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