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第7話 それでも私は、油断しない
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第7話 それでも私は、油断しない
翌朝、私は決意を新たにしていた。
(……油断しない。絶対に)
ホットミルクと毛布事件から一夜明けた今、冷静になって考えてみれば、これはかなり危険な状況だ。吸血鬼の館。優しい旦那様。快適すぎる生活。
――慣れたら、終わりだ。
私はベッドから起き上がり、まず最初にすりこぎ棒を確認した。よし、ある。次に鍋。よし、ある。
(備えあれば憂いなし)
自分にそう言い聞かせて、朝の支度を整える。
鏡に映った自分は、少しだけ表情が柔らかくなっている気がした。
(……気のせいよね)
朝食は、いつも通り豪華だった。焼きたてのパン、温かいスープ、果物。栄養バランスまで完璧。
(……これで生贄とか、誰が信じるのよ)
私はスープを一口すすりながら、昨日の夜のことを思い出してしまい、慌てて首を振った。
(だめだめ。思い出すな)
食後、私は屋敷の中を歩き回った。
逃げ道の確認。
階段の数。
窓の位置。
――完全に、迷路。
(……本気で逃げようとしたら、詰む)
そう結論づけたところで、カインに出くわした。
「おはよう、リネア」
「……おはようございます」
平然と挨拶できてしまった自分に、内心で舌打ちする。
(警戒! 警戒!)
カインは、私の手元をちらりと見た。
「……それは?」
視線の先には、すりこぎ棒。
「……護身用です」
「常に?」
「常にです」
きっぱり答えると、彼は少し考えるような顔をしてから、頷いた。
「理にかなっている」
「……否定しないんですね」
「君の安心が最優先だ」
その言葉に、また胸がざわつく。
(……だから、そういうこと言わないで)
午後は、部屋で過ごすことにした。本を読むふりをしながら、意識はずっと周囲に向けている。
物音。
足音。
気配。
(……何も起きない)
それが、逆に不安だ。
夕方、使用人が声をかけてきた。
「奥様、お茶の時間でございます」
「……ありがとうございます」
差し出された紅茶は、香りも温度も完璧だった。
(……毒味、したほうがいい?)
一瞬迷って、でも、結局そのまま口にした。
――美味しい。
(……くやしい)
夜が近づき、部屋に戻る。
私は、改めて装備を整えた。
鍋ヘルメット。
すりこぎ棒。
(これで完璧)
……のはずだった。
その夜、扉がノックされたのは、ほんの一瞬だった。
コン、という短い音。
心臓が跳ねる。
「……どなたですか」
「私だ」
カインの声。
(……来た)
「入っても?」
「……どうぞ」
扉が開き、彼が姿を現す。手には、何も持っていない。
「少し、話をしてもいいか」
「……はい」
彼は、私と距離を保ったまま、椅子に腰掛けた。
「君は、ずっと警戒しているな」
図星だった。
「……当然です」
「それでも、ここにいる」
私は、言葉に詰まる。
「逃げることも、拒むことも、できたはずだ」
「……できませんでした」
正直に答えた。
カインは、静かに頷いた。
「それは、君が弱いからではない」
その言葉に、顔を上げる。
「生きようとしているからだ」
胸が、ぎゅっと締めつけられる。
「だから、油断しなくていい。疑っていい。備えていい」
彼は、そう言ってから、少しだけ微笑んだ。
「それでも――ここが安全だと、思える日が来たら」
続きを言わず、立ち上がる。
「その時は、君が選べばいい」
扉の前で、振り返る。
「私は、待つ」
扉が閉まり、私はしばらく動けなかった。
すりこぎ棒を握る手が、少し震えている。
(……油断してない)
自分に言い聞かせる。
(してない、はず)
それなのに。
警戒を解かないと決めたその夜、
私は初めて――
「ここにいてもいいのかもしれない」
そんな考えを、頭の片隅に浮かべてしまった。
翌朝、私は決意を新たにしていた。
(……油断しない。絶対に)
ホットミルクと毛布事件から一夜明けた今、冷静になって考えてみれば、これはかなり危険な状況だ。吸血鬼の館。優しい旦那様。快適すぎる生活。
――慣れたら、終わりだ。
私はベッドから起き上がり、まず最初にすりこぎ棒を確認した。よし、ある。次に鍋。よし、ある。
(備えあれば憂いなし)
自分にそう言い聞かせて、朝の支度を整える。
鏡に映った自分は、少しだけ表情が柔らかくなっている気がした。
(……気のせいよね)
朝食は、いつも通り豪華だった。焼きたてのパン、温かいスープ、果物。栄養バランスまで完璧。
(……これで生贄とか、誰が信じるのよ)
私はスープを一口すすりながら、昨日の夜のことを思い出してしまい、慌てて首を振った。
(だめだめ。思い出すな)
食後、私は屋敷の中を歩き回った。
逃げ道の確認。
階段の数。
窓の位置。
――完全に、迷路。
(……本気で逃げようとしたら、詰む)
そう結論づけたところで、カインに出くわした。
「おはよう、リネア」
「……おはようございます」
平然と挨拶できてしまった自分に、内心で舌打ちする。
(警戒! 警戒!)
カインは、私の手元をちらりと見た。
「……それは?」
視線の先には、すりこぎ棒。
「……護身用です」
「常に?」
「常にです」
きっぱり答えると、彼は少し考えるような顔をしてから、頷いた。
「理にかなっている」
「……否定しないんですね」
「君の安心が最優先だ」
その言葉に、また胸がざわつく。
(……だから、そういうこと言わないで)
午後は、部屋で過ごすことにした。本を読むふりをしながら、意識はずっと周囲に向けている。
物音。
足音。
気配。
(……何も起きない)
それが、逆に不安だ。
夕方、使用人が声をかけてきた。
「奥様、お茶の時間でございます」
「……ありがとうございます」
差し出された紅茶は、香りも温度も完璧だった。
(……毒味、したほうがいい?)
一瞬迷って、でも、結局そのまま口にした。
――美味しい。
(……くやしい)
夜が近づき、部屋に戻る。
私は、改めて装備を整えた。
鍋ヘルメット。
すりこぎ棒。
(これで完璧)
……のはずだった。
その夜、扉がノックされたのは、ほんの一瞬だった。
コン、という短い音。
心臓が跳ねる。
「……どなたですか」
「私だ」
カインの声。
(……来た)
「入っても?」
「……どうぞ」
扉が開き、彼が姿を現す。手には、何も持っていない。
「少し、話をしてもいいか」
「……はい」
彼は、私と距離を保ったまま、椅子に腰掛けた。
「君は、ずっと警戒しているな」
図星だった。
「……当然です」
「それでも、ここにいる」
私は、言葉に詰まる。
「逃げることも、拒むことも、できたはずだ」
「……できませんでした」
正直に答えた。
カインは、静かに頷いた。
「それは、君が弱いからではない」
その言葉に、顔を上げる。
「生きようとしているからだ」
胸が、ぎゅっと締めつけられる。
「だから、油断しなくていい。疑っていい。備えていい」
彼は、そう言ってから、少しだけ微笑んだ。
「それでも――ここが安全だと、思える日が来たら」
続きを言わず、立ち上がる。
「その時は、君が選べばいい」
扉の前で、振り返る。
「私は、待つ」
扉が閉まり、私はしばらく動けなかった。
すりこぎ棒を握る手が、少し震えている。
(……油断してない)
自分に言い聞かせる。
(してない、はず)
それなのに。
警戒を解かないと決めたその夜、
私は初めて――
「ここにいてもいいのかもしれない」
そんな考えを、頭の片隅に浮かべてしまった。
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