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第19話 静かな独占欲は、言葉にしなくても伝わる
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第19話 静かな独占欲は、言葉にしなくても伝わる
その日の夕方、私はいつもより少し遅くまで図書室にいた。
分厚い本を何冊も机に積み、読み進めては閉じ、また別のページをめくる。集中しているつもりなのに、視線が文字の上を滑るばかりで、内容が頭に残らない。
(……名前、呼ばれただけなのに)
思考は、どうしてもそこへ戻ってしまう。
リネア。
あの低い声で、はっきりと呼ばれた名前。
何度も呼ばれたわけじゃない。むしろ、少なかった。
それなのに――
心の奥に、ずっと残っている。
私は小さく首を振り、本を閉じた。
(……集中、集中)
立ち上がって本棚の間を歩いていると、背後で微かな気配がした。
「……まだ起きていたか」
振り向くと、カインが立っていた。
「はい。少しだけ」
そう答えながら、なぜか心拍が早くなる。
「……邪魔だったか」
「いえ」
即答だった。
カインは私の向かいの本棚に寄りかかり、腕を組む。距離は、これまでと同じ。触れない距離。境界線の内側。
けれど、空気が少し違った。
「……誰かと話していたか」
唐突な問いだった。
「え?」
「ここに来る前だ」
私は一瞬、言葉に詰まった。
「……いえ。今日は、誰とも」
「そうか」
それだけで会話が途切れる。
沈黙。
けれど、その沈黙には、昨日までにない温度があった。
(……あれ?)
私は、慎重に言葉を選んだ。
「……何か、気になりますか」
カインは、すぐには答えなかった。
視線を少し外し、考えるように息を吐く。
「……いや。確認しただけだ」
「確認?」
「君が、ここで過ごしていることを」
意味が、すぐには理解できなかった。
「……それ、どういう……」
「私が知らない場所で、知らない誰かと過ごしているのなら……」
彼は、そこで言葉を切った。
そして、静かに続ける。
「少し、落ち着かないと思っただけだ」
胸が、どくりと鳴る。
(……それって)
言葉にしない。
強くもない。
要求でもない。
けれど、はっきりと伝わるものがあった。
「……独占欲、ですか」
思わず、口に出してしまった。
一瞬、空気が張り詰める。
カインは、否定しなかった。
「……そう取ってもいい」
静かな声。
「だが、束縛するつもりはない。君の時間は、君のものだ」
「……でも」
私は、胸元に手を当てた。
「……少し、嬉しいです」
正直な気持ちだった。
カインの視線が、ゆっくりと私に戻る。
「……嬉しい?」
「はい。大切にされている、って感じがして」
沈黙が落ちる。
けれど、それは気まずさではなかった。
「……それは、危険だな」
彼が、ぽつりと言う。
「どうしてですか」
「私が……線を越えたくなる」
その言葉に、心臓が跳ねる。
けれど、彼は一歩も近づかなかった。
「だから、言葉にしなかった」
「……言葉にしなくても、伝わってましたけど」
そう言うと、彼は小さく笑った。
「なら、今夜はそれでいい」
彼は、本棚から離れ、扉の方へ向かう。
「……リネア」
名前を呼ばれる。
「はい」
「君がここにいることを、私は知っている」
それだけ言って、彼は図書室を出ていった。
私は、しばらくその場に立ち尽くしていた。
(……独占欲)
重くない。
怖くない。
静かで、理性的で――
それでも、確かに“私だけ”を意識している。
それは、束縛ではなく、確認。
命令ではなく、感情。
この日、私は知った。
独占欲は、必ずしも鎖ではない。
言葉にしなくても、触れなくても。
――大切に思う気持ちは、
静かに、確かに、伝わってしまうものなのだと。
その日の夕方、私はいつもより少し遅くまで図書室にいた。
分厚い本を何冊も机に積み、読み進めては閉じ、また別のページをめくる。集中しているつもりなのに、視線が文字の上を滑るばかりで、内容が頭に残らない。
(……名前、呼ばれただけなのに)
思考は、どうしてもそこへ戻ってしまう。
リネア。
あの低い声で、はっきりと呼ばれた名前。
何度も呼ばれたわけじゃない。むしろ、少なかった。
それなのに――
心の奥に、ずっと残っている。
私は小さく首を振り、本を閉じた。
(……集中、集中)
立ち上がって本棚の間を歩いていると、背後で微かな気配がした。
「……まだ起きていたか」
振り向くと、カインが立っていた。
「はい。少しだけ」
そう答えながら、なぜか心拍が早くなる。
「……邪魔だったか」
「いえ」
即答だった。
カインは私の向かいの本棚に寄りかかり、腕を組む。距離は、これまでと同じ。触れない距離。境界線の内側。
けれど、空気が少し違った。
「……誰かと話していたか」
唐突な問いだった。
「え?」
「ここに来る前だ」
私は一瞬、言葉に詰まった。
「……いえ。今日は、誰とも」
「そうか」
それだけで会話が途切れる。
沈黙。
けれど、その沈黙には、昨日までにない温度があった。
(……あれ?)
私は、慎重に言葉を選んだ。
「……何か、気になりますか」
カインは、すぐには答えなかった。
視線を少し外し、考えるように息を吐く。
「……いや。確認しただけだ」
「確認?」
「君が、ここで過ごしていることを」
意味が、すぐには理解できなかった。
「……それ、どういう……」
「私が知らない場所で、知らない誰かと過ごしているのなら……」
彼は、そこで言葉を切った。
そして、静かに続ける。
「少し、落ち着かないと思っただけだ」
胸が、どくりと鳴る。
(……それって)
言葉にしない。
強くもない。
要求でもない。
けれど、はっきりと伝わるものがあった。
「……独占欲、ですか」
思わず、口に出してしまった。
一瞬、空気が張り詰める。
カインは、否定しなかった。
「……そう取ってもいい」
静かな声。
「だが、束縛するつもりはない。君の時間は、君のものだ」
「……でも」
私は、胸元に手を当てた。
「……少し、嬉しいです」
正直な気持ちだった。
カインの視線が、ゆっくりと私に戻る。
「……嬉しい?」
「はい。大切にされている、って感じがして」
沈黙が落ちる。
けれど、それは気まずさではなかった。
「……それは、危険だな」
彼が、ぽつりと言う。
「どうしてですか」
「私が……線を越えたくなる」
その言葉に、心臓が跳ねる。
けれど、彼は一歩も近づかなかった。
「だから、言葉にしなかった」
「……言葉にしなくても、伝わってましたけど」
そう言うと、彼は小さく笑った。
「なら、今夜はそれでいい」
彼は、本棚から離れ、扉の方へ向かう。
「……リネア」
名前を呼ばれる。
「はい」
「君がここにいることを、私は知っている」
それだけ言って、彼は図書室を出ていった。
私は、しばらくその場に立ち尽くしていた。
(……独占欲)
重くない。
怖くない。
静かで、理性的で――
それでも、確かに“私だけ”を意識している。
それは、束縛ではなく、確認。
命令ではなく、感情。
この日、私は知った。
独占欲は、必ずしも鎖ではない。
言葉にしなくても、触れなくても。
――大切に思う気持ちは、
静かに、確かに、伝わってしまうものなのだと。
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