『身代わり花嫁は鍋をかぶり、すりこぎ棒で吸血鬼と向き合う』

しおしお

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第31話 言葉にしない答え

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第31話 言葉にしない答え

 夜は、音が少ない。

 館の中庭に出ると、昼間とは別の世界のように静まり返っていた。風が葉を揺らす音と、遠くで水が滴る微かな響きだけが、時間の流れを教えてくれる。

 私は石の縁に腰掛け、夜空を見上げていた。

(……不思議)

 ここに来たばかりの頃は、夜になるのが怖かった。
 吸血鬼の館。夜。血。

 それなのに今は、夜の方が落ち着く。

「……考え事か」

 背後から、カインの声。

 振り返ると、彼は少し離れた場所に立っていた。近づきすぎない距離。けれど、離れすぎてもいない。

「はい。少しだけ」

 彼は何も言わず、私の隣に腰を下ろした。
 肩が触れそうで、触れない距離。

 沈黙。

 でも、気まずさはなかった。

「……私」

 言いかけて、言葉を止める。

 言葉にした瞬間、何かが変わってしまう気がした。

「言わなくてもいい」

 カインが、静かに言った。

「言葉にしない答えも、ある」

 私は、思わず彼を見た。

「……わかるんですか」

「全部ではない」

 彼は正直に言った。

「だが、君がここにいる理由くらいは」

 胸が、少しだけ熱くなる。

「……私、自分がここまで来るとは思ってませんでした」

 身代わり。
 恐怖。
 すりこぎ棒と鍋。

 すべてが、遠い昔のようだ。

「選ぶことも、並ぶことも……正直、まだ慣れません」

「慣れなくていい」

 即答だった。

「慣れたら、それは癖になる。
 だが、君の選択は“考えた末のもの”だ」

 それは、褒め言葉のようで、覚悟を促す言葉でもあった。

 私は、膝の上で手を握りしめる。

「……言葉にしないと、伝わらないって思ってました」

「多くの場合は、そうだ」

「でも……今は」

 夜風が、髪を揺らす。

「言葉にしなくても、離れないって……わかります」

 カインは、何も言わなかった。

 ただ、ほんのわずかに距離を詰めた。

 触れない。
 けれど、逃げ場のない距離。

 私は、その距離を拒まなかった。

(……これが、答えなのかもしれない)

 言葉にしない。
 約束もしない。

 でも、ここにいる。

 夜が深まり、月が雲から顔を出す。

 その光の中で、二人の影が並んで地面に落ちた。

 重ならない。
 でも、同じ方向を向いている。

 この夜、私は知った。

 言葉にしない答えは、
 沈黙の中で、いちばん正直に現れるのだと。

 そして私は、何も言わずに――
 それを、選んでいた。
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