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第1章 婚約破棄と隠居の決意
1-1 父の死と公爵位継承問題
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第1章 婚約破棄と隠居の決意
1-1 父の死と公爵位継承問題
春だというのに、窓の外の景色はやけに色を失って見えた。
グレイス公爵家本邸の一番奥、領主専用の寝室で、アメリアは静かにベッド脇に膝をついていた。
「……お父様」
細くなった指をそっと握る。
もう力は入らないはずのその手が、かすかにアメリアの指を握り返したような気がした。
「……アメリア……」
枯れた声が、かろうじて彼女の名を呼ぶ。
「ここにおりますわ」
アメリアは微笑んだ。涙はまだ落とさない。
うっかり泣いてしまえば、父に“心配”という最後の荷物を背負わせてしまいそうだったからだ。
「お前は……本当に、よくやってくれた……。
領地の書類も……王都との折衝も……父の代わりに……」
「当然のことをしただけですわ。
お父様が倒れられてから、公爵家を支えられるのは、私しかいませんでしたもの」
そう言うと、父は弱々しく笑った。
「……本当に、公爵は……お前のような娘を、持てて……幸福だった……」
「――でしたら、今は何もお考えにならず、ゆっくりお休みになってくださいませ」
握った手に、もう一度だけ力がこもる。
それが、レオンハルト・グレイス公爵の最期だった。
しん、と部屋から音が消える。
アメリアはしばらくそのまま目を閉じ、やがてゆっくりと立ち上がった。
泣くのは、全てが終わってからでいい。今はまだ、公爵家の長女としてやるべきことが山ほどある。
◆◆◆
父の死は、すぐさま王都へと伝えられた。
古くからの名門であるグレイス公爵家の当主の死は、大きな出来事だ。王家からの弔問の使者も、近く送られてくるだろう。
葬儀の日取り、弔問客の受け入れ、領内への告知――
アメリアは侍従長たちと共に、次々と決めなければならないことに目を通していった。
「アメリア様。ご負担が大きすぎます。少しお休みになってはいかがでしょう」
侍従長の進言に、アメリアは小さく首を振る。
「大丈夫ですわ。お父様がいなくなったと知って不安になっているのは、使用人も、領民も同じです。
ここで私が倒れるわけにはいきませんもの」
それは決して強がりではなく、事実だった。
グレイス家の長女として、幼い頃から淑女教育と政務の基礎を叩き込まれてきたアメリアは、
すでに数年前から父の代わりに多くの書類に目を通してきた。
税率の調整、橋や道路の補修計画、王都との文書のやり取り。
父の病が重くなるにつれ、アメリアの担う仕事も増えていった。
――だからこそ、彼女は知っている。
自分は、公爵としては“十分に有能”なのだ。
けれど同時に、痛いほど理解している。
だからといって、それが「自分の望み」だとは限らないということも。
◆◆◆
葬儀の日、礼拝堂には王都や近隣領から多くの貴族が参列していた。
アメリアは喪服の黒に身を包み、悲しみを飲み込んで微笑みを保つ。
参列者たちは口々に彼女を褒めそやした。
「グレイス公爵家の令嬢は、やはり見事だ」
「これなら次代も安泰だな」
「アメリア様が公爵位を継がれるのか……」
耳に入る言葉の一つ一つが、アメリアの胸に重く降り積もる。
(……皆、私が次の公爵になると思っているのね)
それは当然だ。
長子であり、実績もある。礼儀作法も政治の基礎も身につけ、社交界での評価も悪くない。
――それでも。
(本当に公爵になりたい、と……一度でも思ったかしら)
礼拝堂のステンドグラスから差し込む光が、アメリアの視界に滲んだように見えた。
だがそれは涙ではない。ただ、疲れと、胸に湧き上がる葛藤のせいだ。
葬儀を終え、自室に戻ったアメリアはようやく大きく息を吐いた。
「……疲れましたわ」
その独り言に、部屋の扉が控えめにノックされた。
「姉上、入ってもよろしいですか?」
聞き慣れた声。弟のジークだ。
「ええ。どうぞ」
扉が開くと、まだ二十歳にも満たない若い青年が姿を現した。
父とは違い、少し柔らかい色合いの茶髪に、澄んだ青い瞳。
それでも、笑ったときの目元はどこか父に似ている。
「姉上……その、葬儀、お疲れさまでした」
「ありがとう、ジーク。あなたもよく頑張ってくれましたわ」
アメリアが微笑むと、ジークはどこか居心地悪そうに頭を掻いた。
「目の前で父上が運ばれて、葬儀まで……。
正直、未だに現実味がありません」
「そうね……。でも、現実なのですわ」
アメリアは窓の外に視線を向ける。
父のいない景色。
それでも、世界は変わらず巡っていく。
「ジーク。これから、領地は忙しくなります。
私たちがしっかりしなければなりませんわ」
「はい。……姉上と一緒なら、きっと大丈夫です」
その言葉に、アメリアの胸がちくりと痛んだ。
(“一緒なら”――そう言ってくれるのは嬉しいけれど……)
同時に、はっきりと理解していた。
ジークが本当に一人前になるためには、
“姉に頼る”状態からいつか卒業しなければならない。
◆◆◆
その夜、アメリアは父の書斎に一人籠もった。
机の上には、父が使っていた公爵の印章、王都とのやり取りを記した書簡の束、そして分厚い領地台帳。
アメリアは一本一本、手でなぞるように書類を眺めていく。
「税収は……おおむね安定。
冬の間の備蓄も十分。……さすがお父様ですわね」
ページをめくる指先が、やがてピタリと止まる。
そこには、最近の領内視察の報告が記されていた。
報告者の名は――ジーク・グレイス。
「……やっぱり、ジークはよくやっていますわね」
農民との対話の内容、村ごとの問題点、改善案。
どれも丁寧にまとめられており、その文字の端々に、領民への真摯さと優しさがにじんでいる。
(この子は、きっと良い領主になる)
そう確信できる内容だった。
アメリアは椅子にもたれかかり、目を閉じる。
「私は……」
ふと、心の奥底から本音が零れた。
「本当は、静かに暮らしたいだけなのかもしれませんわね」
朝は好きな時間に起きて、お気に入りの茶葉でお茶を淹れ、
日当たりの良い窓辺で本を読んで、疲れたら昼寝をする。
庭に花を植え、小さな菜園を作ってもいい。
買い物のために市場へ出かけ、たまに「元公爵令嬢」とも知らずに話しかけてくる人々と笑い合う。
――そんなささやかな日々を、どれほど夢見ただろう。
「でも、公爵になれば……それは許されませんわね」
王都との駆け引き、貴族同士の派閥争い、領地防衛のための軍備。
どれも必要で、大切な務めだ。
けれど、アメリアはそこで生きる自分をどうしても鮮明に思い描けなかった。
責任感がないわけではない。
それどころか、人一倍真面目だからこそ、自分の“向き不向き”をはっきりと理解しているのだ。
「私より、ジークの方がずっと……」
アメリアは小さく笑う。
「だったら、答えは最初から決まっているのですわね」
ペンを取り、紙にそっと書きつける。
――グレイス公爵位の継承権を弟ジークに譲り、自身は引退し、隠居する意思があること。
この一枚の紙が、彼女の人生を大きく変えることになる。
◆◆◆
翌日、アメリアは再び弟を呼んだ。
「ジーク。昨夜、ずっと考えていたのです」
「姉上……?」
アメリアは机の上に置いた紙を指で叩いた。
「私は、公爵位をあなたに譲るつもりです」
ジークは言葉を失ったように固まった。
「……え?」
「あなたにはもう、領地を見る目があります。
領民もあなたを信頼している。何より、お父様もそう期待しておられました」
「でも……姉上が継ぐことになっているんですよね?
王家も、周囲の貴族も、皆そう思っているはずで……!」
「形式上は、そうですわね」
アメリアは頷く。
「けれど、実際に誰が公爵としてふさわしいかは、
“家の中で決めるべきこと”でもあるのです」
「……僕で、いいのでしょうか」
「いいえ、“あなたがいい”のです」
アメリアは弟の目をまっすぐ見つめた。
「私は、自分が公爵に向いていないと理解しています。
でも、あなたが向いているのも、よく知っています。
だから――公爵はあなたに。私は……隠居します」
「……隠居、ですか?」
ジークは信じられないという顔をした。
「姉上ほど有能な方が、前線から退くなんて……」
「有能かどうかは関係ありませんわ」
アメリアは少しだけ柔らかく笑う。
「誰かが前に出れば、誰かが引く。
私たちは兄妹で、今までもそうやってバランスを取ってきたでしょう?」
「それは……そうかもしれませんが……」
「この先は、あなたが前へ。私は一歩、後ろに下がるだけです」
ジークはしばらく黙り込み、やがて深く頭を下げた。
「……わかりました。
姉上がそこまでお考えなら、僕は全力でその期待に応えます」
「ええ。それでこそ私の弟ですわ」
そう言いながらも、アメリアの胸には別の不安がよぎる。
(このことを、ライナルト様にお伝えしなければなりませんわね……)
婚約者であるライナルト・フォン・ハイドラー侯爵家嫡男。
社交界ではそこそこ評判も良く、若くして家督の一部を任されている有能な人物――と、少なくとも“これまでは”そう信じていた。
「婚約者……どう思われるかしら」
アメリアは、窓の外に目をやる。
青空の下、グレイス領の丘が穏やかに広がっている。
父が守り、育ててきたこの土地を、今度は弟が背負っていく。
その未来を想像すると、胸の奥に少しだけ誇らしさが芽生えた。
「私の役目は、もう十分果たしましたわ。
次は――私自身の人生を、生きてもよろしいでしょう?」
小さく呟き、アメリアは立ち上がる。
婚約者に、公爵位は弟に譲ると伝えるために。
そしてそれが、彼の“本性”を暴くきっかけになることなど、
このときのアメリアはまだ知る由もなかった。
1-1 父の死と公爵位継承問題
春だというのに、窓の外の景色はやけに色を失って見えた。
グレイス公爵家本邸の一番奥、領主専用の寝室で、アメリアは静かにベッド脇に膝をついていた。
「……お父様」
細くなった指をそっと握る。
もう力は入らないはずのその手が、かすかにアメリアの指を握り返したような気がした。
「……アメリア……」
枯れた声が、かろうじて彼女の名を呼ぶ。
「ここにおりますわ」
アメリアは微笑んだ。涙はまだ落とさない。
うっかり泣いてしまえば、父に“心配”という最後の荷物を背負わせてしまいそうだったからだ。
「お前は……本当に、よくやってくれた……。
領地の書類も……王都との折衝も……父の代わりに……」
「当然のことをしただけですわ。
お父様が倒れられてから、公爵家を支えられるのは、私しかいませんでしたもの」
そう言うと、父は弱々しく笑った。
「……本当に、公爵は……お前のような娘を、持てて……幸福だった……」
「――でしたら、今は何もお考えにならず、ゆっくりお休みになってくださいませ」
握った手に、もう一度だけ力がこもる。
それが、レオンハルト・グレイス公爵の最期だった。
しん、と部屋から音が消える。
アメリアはしばらくそのまま目を閉じ、やがてゆっくりと立ち上がった。
泣くのは、全てが終わってからでいい。今はまだ、公爵家の長女としてやるべきことが山ほどある。
◆◆◆
父の死は、すぐさま王都へと伝えられた。
古くからの名門であるグレイス公爵家の当主の死は、大きな出来事だ。王家からの弔問の使者も、近く送られてくるだろう。
葬儀の日取り、弔問客の受け入れ、領内への告知――
アメリアは侍従長たちと共に、次々と決めなければならないことに目を通していった。
「アメリア様。ご負担が大きすぎます。少しお休みになってはいかがでしょう」
侍従長の進言に、アメリアは小さく首を振る。
「大丈夫ですわ。お父様がいなくなったと知って不安になっているのは、使用人も、領民も同じです。
ここで私が倒れるわけにはいきませんもの」
それは決して強がりではなく、事実だった。
グレイス家の長女として、幼い頃から淑女教育と政務の基礎を叩き込まれてきたアメリアは、
すでに数年前から父の代わりに多くの書類に目を通してきた。
税率の調整、橋や道路の補修計画、王都との文書のやり取り。
父の病が重くなるにつれ、アメリアの担う仕事も増えていった。
――だからこそ、彼女は知っている。
自分は、公爵としては“十分に有能”なのだ。
けれど同時に、痛いほど理解している。
だからといって、それが「自分の望み」だとは限らないということも。
◆◆◆
葬儀の日、礼拝堂には王都や近隣領から多くの貴族が参列していた。
アメリアは喪服の黒に身を包み、悲しみを飲み込んで微笑みを保つ。
参列者たちは口々に彼女を褒めそやした。
「グレイス公爵家の令嬢は、やはり見事だ」
「これなら次代も安泰だな」
「アメリア様が公爵位を継がれるのか……」
耳に入る言葉の一つ一つが、アメリアの胸に重く降り積もる。
(……皆、私が次の公爵になると思っているのね)
それは当然だ。
長子であり、実績もある。礼儀作法も政治の基礎も身につけ、社交界での評価も悪くない。
――それでも。
(本当に公爵になりたい、と……一度でも思ったかしら)
礼拝堂のステンドグラスから差し込む光が、アメリアの視界に滲んだように見えた。
だがそれは涙ではない。ただ、疲れと、胸に湧き上がる葛藤のせいだ。
葬儀を終え、自室に戻ったアメリアはようやく大きく息を吐いた。
「……疲れましたわ」
その独り言に、部屋の扉が控えめにノックされた。
「姉上、入ってもよろしいですか?」
聞き慣れた声。弟のジークだ。
「ええ。どうぞ」
扉が開くと、まだ二十歳にも満たない若い青年が姿を現した。
父とは違い、少し柔らかい色合いの茶髪に、澄んだ青い瞳。
それでも、笑ったときの目元はどこか父に似ている。
「姉上……その、葬儀、お疲れさまでした」
「ありがとう、ジーク。あなたもよく頑張ってくれましたわ」
アメリアが微笑むと、ジークはどこか居心地悪そうに頭を掻いた。
「目の前で父上が運ばれて、葬儀まで……。
正直、未だに現実味がありません」
「そうね……。でも、現実なのですわ」
アメリアは窓の外に視線を向ける。
父のいない景色。
それでも、世界は変わらず巡っていく。
「ジーク。これから、領地は忙しくなります。
私たちがしっかりしなければなりませんわ」
「はい。……姉上と一緒なら、きっと大丈夫です」
その言葉に、アメリアの胸がちくりと痛んだ。
(“一緒なら”――そう言ってくれるのは嬉しいけれど……)
同時に、はっきりと理解していた。
ジークが本当に一人前になるためには、
“姉に頼る”状態からいつか卒業しなければならない。
◆◆◆
その夜、アメリアは父の書斎に一人籠もった。
机の上には、父が使っていた公爵の印章、王都とのやり取りを記した書簡の束、そして分厚い領地台帳。
アメリアは一本一本、手でなぞるように書類を眺めていく。
「税収は……おおむね安定。
冬の間の備蓄も十分。……さすがお父様ですわね」
ページをめくる指先が、やがてピタリと止まる。
そこには、最近の領内視察の報告が記されていた。
報告者の名は――ジーク・グレイス。
「……やっぱり、ジークはよくやっていますわね」
農民との対話の内容、村ごとの問題点、改善案。
どれも丁寧にまとめられており、その文字の端々に、領民への真摯さと優しさがにじんでいる。
(この子は、きっと良い領主になる)
そう確信できる内容だった。
アメリアは椅子にもたれかかり、目を閉じる。
「私は……」
ふと、心の奥底から本音が零れた。
「本当は、静かに暮らしたいだけなのかもしれませんわね」
朝は好きな時間に起きて、お気に入りの茶葉でお茶を淹れ、
日当たりの良い窓辺で本を読んで、疲れたら昼寝をする。
庭に花を植え、小さな菜園を作ってもいい。
買い物のために市場へ出かけ、たまに「元公爵令嬢」とも知らずに話しかけてくる人々と笑い合う。
――そんなささやかな日々を、どれほど夢見ただろう。
「でも、公爵になれば……それは許されませんわね」
王都との駆け引き、貴族同士の派閥争い、領地防衛のための軍備。
どれも必要で、大切な務めだ。
けれど、アメリアはそこで生きる自分をどうしても鮮明に思い描けなかった。
責任感がないわけではない。
それどころか、人一倍真面目だからこそ、自分の“向き不向き”をはっきりと理解しているのだ。
「私より、ジークの方がずっと……」
アメリアは小さく笑う。
「だったら、答えは最初から決まっているのですわね」
ペンを取り、紙にそっと書きつける。
――グレイス公爵位の継承権を弟ジークに譲り、自身は引退し、隠居する意思があること。
この一枚の紙が、彼女の人生を大きく変えることになる。
◆◆◆
翌日、アメリアは再び弟を呼んだ。
「ジーク。昨夜、ずっと考えていたのです」
「姉上……?」
アメリアは机の上に置いた紙を指で叩いた。
「私は、公爵位をあなたに譲るつもりです」
ジークは言葉を失ったように固まった。
「……え?」
「あなたにはもう、領地を見る目があります。
領民もあなたを信頼している。何より、お父様もそう期待しておられました」
「でも……姉上が継ぐことになっているんですよね?
王家も、周囲の貴族も、皆そう思っているはずで……!」
「形式上は、そうですわね」
アメリアは頷く。
「けれど、実際に誰が公爵としてふさわしいかは、
“家の中で決めるべきこと”でもあるのです」
「……僕で、いいのでしょうか」
「いいえ、“あなたがいい”のです」
アメリアは弟の目をまっすぐ見つめた。
「私は、自分が公爵に向いていないと理解しています。
でも、あなたが向いているのも、よく知っています。
だから――公爵はあなたに。私は……隠居します」
「……隠居、ですか?」
ジークは信じられないという顔をした。
「姉上ほど有能な方が、前線から退くなんて……」
「有能かどうかは関係ありませんわ」
アメリアは少しだけ柔らかく笑う。
「誰かが前に出れば、誰かが引く。
私たちは兄妹で、今までもそうやってバランスを取ってきたでしょう?」
「それは……そうかもしれませんが……」
「この先は、あなたが前へ。私は一歩、後ろに下がるだけです」
ジークはしばらく黙り込み、やがて深く頭を下げた。
「……わかりました。
姉上がそこまでお考えなら、僕は全力でその期待に応えます」
「ええ。それでこそ私の弟ですわ」
そう言いながらも、アメリアの胸には別の不安がよぎる。
(このことを、ライナルト様にお伝えしなければなりませんわね……)
婚約者であるライナルト・フォン・ハイドラー侯爵家嫡男。
社交界ではそこそこ評判も良く、若くして家督の一部を任されている有能な人物――と、少なくとも“これまでは”そう信じていた。
「婚約者……どう思われるかしら」
アメリアは、窓の外に目をやる。
青空の下、グレイス領の丘が穏やかに広がっている。
父が守り、育ててきたこの土地を、今度は弟が背負っていく。
その未来を想像すると、胸の奥に少しだけ誇らしさが芽生えた。
「私の役目は、もう十分果たしましたわ。
次は――私自身の人生を、生きてもよろしいでしょう?」
小さく呟き、アメリアは立ち上がる。
婚約者に、公爵位は弟に譲ると伝えるために。
そしてそれが、彼の“本性”を暴くきっかけになることなど、
このときのアメリアはまだ知る由もなかった。
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