公爵令嬢、爵位を弟に譲って隠居したのにどうして悪党狩りなんてしているのでしょう?

しおしお

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第3章 黒幕追跡と衝撃の正体

3-3 侯爵との対峙(仮面の令嬢)

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第3章 3-3 侯爵との対峙(仮面の令嬢)

――黒幕に向けられる、仮面の令嬢の冷たい正義

 スティーヴン・グレイソン侯爵家の広間は、夜会に備えて煌々と明かりが灯されていた。

 巨大なシャンデリアが天井から下がり、磨き抜かれた大理石の床には金色の模様が映り込む。
 見習いメイドが花を整え、執事が列を作って酒瓶を並べている。
 まるで絵画のような豪奢な光景。

 だが、アメリアの目には――その華やかさは薄く、むしろ不快なほどの“偽り”に満ちて見えた。

(この華やかさは、搾り取られた人々の涙の上に成り立っている……)

 銀の仮面をつけたアメリアは、広間の影に静かに佇んでいた。

 本来なら、彼女はこんな場所に二度と足を踏み入れるつもりはなかった。
 スティーヴンと婚約していた時に幾度も招かれた広間――
 その時はこの場所が美しいと思っていた。

 しかし今は違う。

 ここは、腐敗と悪意を覆い隠す“仮面の舞台”。

 今日、ここでその仮面は剥がされる。



「旦那様がお越しになります! 道を開けて!」

 執事の声が響いた。

 扉が開き、スティーヴンが姿を現した。

 金の刺繍を施した夜会用の上着を羽織り、髪は完璧に整えられ、
 今日も“絵に描いたような完璧な侯爵家の跡取り”の顔をしている。

 アメリアは、仮面の下で冷たい微笑を浮かべた。

(……仮面をかぶっているのは、わたくしではなく、あなたの方ですわね)

 スティーヴンは使用人たちに指示しながら、広間中央へ向かう。

 その動線に――アメリアは静かに歩み出た。

 スティーヴンの目の前に、音もなく立ちはだかる。

「……どなたかな?」

 穏やかで余裕に満ちた声。
 知らぬ者へ向ける、丁寧で気取った口調。

 だがその裏に――傲慢さと支配欲が透けて見える。

 アメリアはゆっくりと頭を下げた。

「初めまして、◯◯侯爵。……いえ、再会と言うべきでしょうか」

「……何だと?」

 スティーヴンの眉がわずかに動いた。

 アメリアは一歩踏み出し、銀の仮面を少しだけ傾ける。
 その声は、仮面の下から響くように冷たく、静かだった。

「スティーヴン・グレイソン侯爵。
 あなたの悪行は、すべて露見いたしました。
 男爵領の搾取、裏資金の流し、複数の貴族への脅迫――
 そして民を愚弄し、踏みつけにした罪」

 広間の空気が一瞬で凍りついた。

 メイドも執事も息を呑み、視線を交わしている。

「……ほう?」

 スティーヴンは笑みを浮かべた。

「おもしろいことを言う。
 だが――どこの誰とも知らぬ者の戯言を、私が信用するとでも?」

「どこの馬の骨か、ですか?」

「そうだ。お前のような得体の知れぬ人物が、私を裁けると思うか?」

 スティーヴンの笑顔は、優雅で、そして残酷だった。

 かつてアメリアの心をくすぐった“優しさの仮面”そのまま。
 その裏にある腐り切った傲慢さだけが、今は露出している。

(……本当に、変わりませんわね。
 婚約していた頃から、その奥にある“軽蔑の眼差し”だけは)

 アメリアは静かに言った。

「では、裁けるかどうか……それは“正体によりますわね”」

「正体……? 仮面をかぶった小娘が、何を――」

「では、“見せて差し上げます”」



 アメリアはゆっくりと手を伸ばした。

 銀の仮面に指をかけ、外へと滑らせる。

 ――カシャン。

 仮面が床へ落ちた瞬間。

 広間は、まるで雷が落ちたように衝撃に包まれた。

「……ま、さか……」

 スティーヴンの顔から色が消えた。

「あなた……アメリア……なのか?」

 アメリアは冷静に微笑む。

「ごきげんよう、スティーヴン。
 “元婚約者”として、最後の挨拶に参りましたの」

 スティーヴンの手が震え、足がふらりと揺れる。

 その反応は、恐怖か、動揺か、それとも――
 自分の罪を知る者が現れたことへの焦りか。

 アメリアはさらに言葉を続けた。

「あなたが裏で行ってきた悪行の証拠……すべて、手元にあります。
 男爵領で搾り取った金の流れ。
 商会との裏取引。
 複数の領地への不当な圧力。
 そしてあなたが書いた契約書の筆跡も、封蝋も――完璧に残っております」

 スティーヴンの表情がゆがんだ。

「……信じられるか。お前が……こんなことを……!」

 怒りと恐怖が混ざった声。

「アメリア! 私はお前を愛していたのだ! それなのに……!」

「まあ。
 “愛していた”と言いながら、わたくしを“爵位がなければ無価値”と断じた方が、よく言いますわね」

 アメリアは仮面の代わりに、冷酷な真実を突きつける。

「あなたが愛していたのは……“公爵位を持つわたくし”であって、
 本当のわたくしではありません」

「……!」

 スティーヴンの言葉が喉で止まる。

「そして、わたくしにはもうひとつ確認したいことがありますの」

 アメリアは彼を真っ直ぐに見据えた。

「――わたくしに“爵位を寄越せ”と言い、
 “爵位がないなら価値がない”と切り捨てたあなたが。
 裏で人々の命を搾り取っていた……その理由を」

「……黙れ!」

 スティーヴンは金色の杖を掴もうとした。

「貴様のような女に! 私の何が分かる!
 貴族は権力だ! 支配だ!
 弱者など――踏みつけるために存在する!」

 広間に響く、最悪の本音。

 執事が震え、メイドが青ざめた。

 アメリアは、静かに目を閉じ、

「……その言葉。
 国王陛下にそのままお伝えしましょうか?」

 ゆっくりと目を開き――冷たい光が宿っていた。

「侯爵と、公爵令嬢。
 どちらの言葉を信用なさるかしら?」

「――っ!」

 スティーヴンの顔が蒼白になり、喉が震えた。

 アメリアは一歩踏み出し、

「覚悟なさいませ、スティーヴン。
 わたくしは今日――“あなたという仮面”を剥がしに来たのです」

 その声は、刃よりも鋭く。

 そして――仮面の令嬢の正義が、今まさに振り下ろされようとしていた。


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