公爵令嬢、爵位を弟に譲って隠居したのにどうして悪党狩りなんてしているのでしょう?

しおしお

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第3章 黒幕追跡と衝撃の正体

3-2 正体を隠して侯爵家へ潜入

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3-2 正体を隠して侯爵家へ潜入

――静かに忍び寄る、仮面の令嬢

 夜の帳が降りる頃、アメリアは森の別邸の前に立っていた。

 身にまとっているのは、普段の優雅なドレスではない。
 装飾を最小限に抑え、足音を拾わない簡素な黒の外套。
 顔には、素朴ながら洗練された銀の仮面がかかっている。

 仮面の下で、アメリアは深く息を吐いた。

「……隠居していたはずなのに、どうして夜に屋敷へ忍び込む準備などしているのでしょうね、わたくし……」

 自分でも呆れるが――放置できない。

 村人を蹂躙し、領地を食い物にし、さらに複数の小物貴族を操って搾取していた黒幕が、まさかの元婚約者・スティーヴン。
 その事実を前にして、アメリアの心は決まっていた。

「……許してはおけませんわ。
 わたくしが振られた事など、もうどうでもよろしいのです。
 ですが――罪なき人々を踏みにじる行為だけは、断じて見逃せません」

 アメリアは外套のフードを深くかぶる。

 森の中を抜け、町を越え、王都へ向かう。



 侯爵家――グレイソン邸は、王都の中でも屈指の権威と格式を誇る大邸宅である。
 高い塀と衛兵たち、魔法障壁、番犬、そして見回りのメイドや執事。
 通常の侵入は不可能と言える。

 しかし。

「相変わらず、警備の“見た目だけ”は立派ですこと……」

 アメリアは塀の影から冷静に状況を観察していた。

 防備は厳しいように見えるが、実際は形だけ。
 しかも何より――アメリアはかつて婚約者としてこの屋敷を訪れている。

 玄関から奥の廊下まで、隠し扉の位置、書斎の鍵の保管場所、金庫の暗号……
 その記憶は鮮明だ。

(ええ、あなたがわたくしを“将来の侯爵夫人”として扱っていた頃……
 しっかりと屋敷のことも教えてくださっていましたわね)

 皮肉が胸に広がる。

「その情報、今夜すべて活用させていただきますわ。
 スティーヴン……本当に詰めが甘いのですね」



 アメリアは、屋敷の右端――物置小屋の裏に目を向けた。

 そこには、スティーヴンが若き日の“秘密の抜け道”として作っておいた古いドアがある。
 婚約者時代、彼が“可愛い秘密”と笑って見せた場所だ。

 もちろん、今は錠前がついている。

「はい、ここ。鍵穴も、昔と同じ位置……」

 アメリアは腰のポーチから細い金属棒を取り出す。
 ピッキングはしたことがない――はずだが、アメリアは驚くほど早く錠前を開けた。

「父の書斎にあった護身用工具箱……少し触ってみただけですわ。
 これくらい、できて当然ですの」

 軽い音を立てて古い扉が開く。

 中は暗く、ほこりっぽい。
 しかしその先に続く通路は、しっかりと侯爵家の内部につながっている。

「さて……潜入開始ですわ」



 屋敷の中は、昼間の華やかさとは違う静けさに包まれていた。

 壁にかかる油絵は薄暗い光の中で不気味に見える。
 床は磨き上げられていて、足音が少しでも響けばすぐに気付かれるだろう。

 アメリアは柔らかな靴底を用意し、音を立てずに進む。

(スティーヴンの書斎は……奥の塔屋。
 重要な文書は必ず金庫の中……暗号は“0516”。
 ええ、あなたの誕生日の日付でしたわね。
 まさかそのまま使っているとは思いませんが……)

 皮肉をこめたため息をつきながら、アメリアは影のように廊下を移動した。



 途中、メイドが二人、廊下で話をしているのが見えた。
 アメリアは柱の影に隠れて耳を澄ませる。

「旦那様、また夜会を開くって……」
「最近、他領からの献金が増えて、羽振りがいいんですって」
「でもさ……どうも裏がある気がするのよね」
「わたしも思ってた。旦那様って笑顔は素敵なのに、裏の顔が見える時があるというか……」

 アメリアは静かに目を伏せた。

「……やっぱり、そういうことですのね」

 彼の表の顔と裏の顔。
 それを知る者が、すでに屋敷内にもいたのだろう。

(彼の罪を暴くのは……わたくしだけの役目ではありませんわね)



 アメリアは書斎の前にたどり着いた。

 重厚な扉。
 扉の前には、簡易的な魔法障壁が貼られている。

「“身分証の魔力”がなければ通れない結界ですか……。
 ですが、それが通じるのは本人だけの場合ですわ」

 アメリアは懐から、小さな赤い石――
 スティーヴンが婚約者だった頃に渡した“魔力同調石”を取り出した。

「昔は……こんなのを渡されて喜んでいたのですから、わたくしも大概ですわね」

 皮肉を呟きながら、石を障壁へかざす。

 ――パリンッ。

 光が弾け、簡易結界は音を立てて消えた。

「さて、入らせていただきますわよ」



 中に足を踏み入れると、そこには膨大な資料と金庫が並んでいた。

「……これ。すべて“人々から搾り取った金”の証」

 アメリアはひとつの棚から帳簿を取り出し、内容を確認する。
 村人名簿、献金額、搾取した人数の記録。
 さらに横流しの証拠、複数の貴族との裏取引の契約書。

 どれも確実で、言い逃れのできない物ばかり。

「……あなたの悪事、ここにすべて残っていましたのね」

 金庫の前に立つと、アメリアは静かに暗証番号を入力した。

「0……5……1……6……」

 ――カチッ。

 本当に開いた。

「ほんとうに、そのままですの?
 侮られているわけではなく……単に馬鹿なのかしら」

 金庫の中には、高額の宝石、現金、裏帳簿、そして大量の密書。

 そのうちの一つを開くと、アメリアは息を飲んだ。

「……王宮の高官とまで繋がりを?」

 内容は腐敗そのもの。

・特定領地に圧力をかけた見返り
・貴族の娘を利用しての裏取引
・隣国への密輸計画
・政敵の失脚案

 読めば読むほど、スティーヴンの“闇”が深く露わになる。

「スティーヴン……あなたという人は……」

 怒りが、胸の奥底で静かに燃え始めた。



 すべての証拠をコピーし、魔術具に転写してまとめた後――
 アメリアは書斎を出た。

 その背中は、隠居令嬢のものではない。
 まるで、国の闇を一掃する“処刑人”のように静かで、強かった。

「すべての証拠はそろいました。
 あとは、あなたと直接向き合うだけですわね……スティーヴン」

 夜空に向かって外套の裾を翻し、アメリアは月明かりの庭を歩き去る。

 その姿は――
 本当に、闇を掃う“仮面の令嬢”と呼ぶにふさわしいものだった。


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