公爵令嬢、爵位を弟に譲って隠居したのにどうして悪党狩りなんてしているのでしょう?

しおしお

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第3章 黒幕追跡と衝撃の正体

3-1 黒幕の特定

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第3章 3-1 黒幕の特定

――静かに燃える、隠居令嬢の怒り

 翌朝。
 アメリアは隠居小屋の小さな食卓で、いつも通り紅茶を淹れていた。
 美しく澄んだ朝日がカップの表面に反射して煌めく。
 本来ならこの時間は、朝の茶会を楽しみ、本を読みながらのんびり過ごす――はずだった。

 だが、今朝のアメリアは珍しく食事の途中で手を止めたまま、深いため息をつく。

(どうしてわたくし、隠居生活のはずなのに徹夜で証拠の整理などしているのでしょう……)

 テーブルの片隅には、昨夜持ち帰った男爵邸の資料が山のように積まれている。
 しかも、どれも読みやすい字でまとめられ、余白にはアメリア自身のメモがぎっしり。

「……隠居生活のはずですのに……完全に現役公爵より働いていますわね、これ」

 愚痴をこぼしながらも、アメリアは山積みの帳簿を手に取り、椅子に深く腰を下ろす。
 紅茶の蒸気がふっと揺れた。

「さてと。黒幕探しを始めましょう……」



 帳簿を一つずつ読み解いていくうちに、アメリアの眉がひそめられていく。

「この金の流れ……本当に“男爵が自分でやった”とは思えませんわね」

 収穫税のごまかし、労働力の不当な売買、不法な資材の横流し――
 どれも男爵程度の小物が単独で回せる規模ではない。

「複数の領地を横断し、商会を経由し、名義を変えて……。
 この手際の良さ。まるで、王都の大貴族がやる手法ですわね」

 アメリアは文字の癖、書式、使われている印章を細かく観察し、紙の質すら確認した。
 印刷された書類の裏には、小さく“G”と刻まれた紙問屋の紋章がある。

「“グレイソン商会”の紙ですって?」

 口の端が皮肉にゆがむ。

 あの商会は、王都でも最高級の紙を扱う場所。
 しかも、その商会の筆頭顧客は――

(……侯爵家)

 胸が少しざわめく。
 気のせいであればいい、と願った。



 数時間後。
 アメリアは小屋の中にいくつもの資料を広げ、まるで戦場のように物証を並べていた。

「この領地の不正帳簿と……こちらの商会の取引記録が一致。
 さらに、この封書の封蝋は……“斜めに切られた銀色の鷹”。これは“グレイソン侯爵家”の家紋」

 紅茶を一口飲んで、アメリアは深く息を吐いた。

「そして、この契約書……文字の癖。筆の運び。
 『S』と『G』の書き方。この筆跡……」

 アメリアの手が震えた。
 紙を落としそうになる。

「……間違えようがありませんわ。
 これはスティーヴンの筆跡。元婚約者の……」

 胸に広がるのは、怒りか、失望か、あるいはその両方か。

「あなた……。
 わたくしに“爵位を持たないお前に価値はない”と吐き捨てたその口で……
 裏ではこんな大規模な悪事をしていたのですか?」

 アメリアは机に手をつき、静かに目を閉じた。
 脳裏に、婚約者時代のスティーヴンの姿が浮かぶ。

 優しい笑顔。
 完璧な所作。
 日陰に生きる人々に慈悲深く寄り添う、と噂された男。

――その笑顔の裏で、領地を搾取し、弱者を食い物にしていた。

「……わたくし、そこまで見る目がありませんでしたのね」

 声が震えている。
 しかし、悲しみではない。

「いえ、違いますわね。
 あなたが巧妙すぎたのです。
 わたくしの目を信じなかったのは、むしろあなたの方ですわ」



 アメリアは机に積まれた証拠物の束を整えた。

 金の流れはこうだ。

・三つの小領地から搾り取った資金
・商会を経由して“匿名”の名義へ移動
・だが最終的な振込先は“グレイソン侯爵家”の口座

 さらに契約書、書簡、封蝋、手紙の断片……
 一つ一つがスティーヴン・グレイソンという黒幕を示している。

「……確定ですわ」

 アメリアは立ち上がった。
 窓の外には青空が広がっている。

「黒幕は、わたくしの元婚約者……スティーヴン・グレイソン侯爵家跡取り」

 静かに、しかし明確に断言した。

 だが、次の瞬間。

「……本当に、どうしてわたくし、隠居しているはずなのに黒幕退治などしているのかしら……?」

 両手で頭を抱えた。

 本当なら、今頃ベッドの上でだらだら本を読んでいたはずだ。
 焼きたてのパンを齧りながら昼寝だってできた。

 なのに現実は――
 徹夜で証拠整理し、黒幕を追い詰める準備をしている。

「……でも、許せませんわね」

 アメリアの目が鋭く光った。

「わたくし個人への侮辱なら、いくらでも我慢して差し上げました。
 ですが――民を搾り、罪なき者を踏みにじる貴方を放置するなど、絶対にできません」

 椅子の背にかけてあった仮面にそっと触れる。

「隠居令嬢は、本日より“黒幕退治”へ参りますわ」

 アメリアは静かに笑った。

 その笑みは、冷たい剣より鋭く、そして美しかった。

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