公爵令嬢、爵位を弟に譲って隠居したのにどうして悪党狩りなんてしているのでしょう?

しおしお

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第4章 裁きと本当の隠居

4-1 国王への報告

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第4章 4-1 国王への報告

――「真実を告げる時が来ましたわね」

 王城の謁見の間は、いつにも増して重苦しい空気に包まれていた。
 高い天井から吊り下げられた魔石灯は静かに揺れ、ひんやりとした青白い光を床に落としている。

 アメリア・フォン・ラングフォードは、長い赤絨毯の上を一歩ずつ進んだ。
 彼女の歩みに合わせて、護衛騎士たちが左右へと視線を向ける。かつて公爵令嬢であった彼女の姿には威厳があった。しかし今の彼女は、その“肩書き”を弟に譲った者であり、公的にはただの隠退準備中の貴婦人にすぎない。

 だが、その気配は違う。
 静かで、冷たく、揺るがない。

(――ついに、この時が来たのですわね)

 悪党を炙り出し、証拠をそろえ、すべてを国王に提出する日。
 ラングフォード家を裏から貶めようとした者たち。
 弟エリオットを失脚させようとした陰謀。
 公爵家が地に落ちれば国の政治を混乱させられると考えた愚かな者たち。

 その全てを、アメリア自身の手で暴いた。

 正面の玉座に座る国王――アルフォンソ三世は、アメリアを見るなり目を細めた。

「アメリア殿。引退した身でありながら、この場に直々に来るとは……ただ事ではないな」

「ええ、陛下。重大な報告がございます」

 アメリアは深く一礼したあと、ゆっくりと顔を上げた。

「……では、聞こう」

 王の声は重く、静かだった。

◆ ◆ ◆

 アメリアは外套の内側からひとつの封筒を取り出した。
 魔法封印が施された特別な封筒――“極秘事項”を扱う際の形式だ。

 アメリアが手を離した瞬間、封筒は魔法陣を描きながら空中に浮かび、王の前まで移動した。
 国王はそれを受け取り、魔力で封を解く。

 中には――

・暗殺指示の文書写し
・侯爵家の隠し財務記録
・裏取引の契約書
・買収された役人の供述書
・領地から吸い上げた資金の帳簿

 など、膨大な証拠がまとめて収められていた。

 国王はページをめくるたびに眉をひそめ、最後の書類を読み終えた瞬間、玉座の肘掛けを拳で叩いた。

「……っ、断じて許されぬ!」

 低い声が謁見の間に響く。
 その場にいる全員が息をのみ、誰もが王が本気で怒っていると悟った。

「婚約破棄については……わたしも、ひどく嘆かわしいと思ってはいた。だが……まさか裏で、公爵家を貶める策が同時に動いていたとはな」

 アメリアは静かに頷いた。

「はい。
 事の発端は“私の婚約破棄”でしたが、それはあくまでも表面。
 本当の目的は、ラングフォード家――私の家の名誉を失墜させ、弟エリオットを公爵位から引きずり下ろすことにございました」

「……エリオット殿は若いゆえ、狙われたのだな」

「はい。若い公爵は“操りやすい”と考えたのでしょう。
 しかし、彼は決して操られるような者ではありません。私が見込んだ通り、誇り高く、領地のために尽くす立派な公爵です」

 その言葉に、国王の表情がわずかに和らいだ。

「アメリア殿。そなたの弟を信じているのだな」

「もちろんですわ。
 私は公爵家を弟に託しました。その判断が正しかったことは、行動を見れば明らかです。
 しかし――それを快く思わぬ者がいた。その結果が、今回の陰謀です」

 アメリアは一歩進み、国王を真っ直ぐに見つめた。

「陛下。国を揺るがす裏切りが存在します。
 この証拠に基づき、どうか迅速な判断をお願い申し上げます」

◆ ◆ ◆

 沈黙が訪れた。

 王は立ち上がり、玉座から降りてアメリアの前へ歩み寄った。
 王自らが階段を下りるなど、極めて異例だ。しかしそれだけ事態が重大であるということだ。

「アメリア・ラングフォード。
 そなたは引退すると言いながら、これほどまでに国のために動いていたのか」

「……隠居するつもりではございましたが、弟の身に危険が迫っていたため、やむを得ず」

「やむを得ず……か。
 まったく、そなたほど“やむを得ず動きすぎる者”を私は知らぬ」

 国王は呆れたように言いながらも、どこか微笑んでいた。

「しかしこの証拠――どれも正確で、揺るぎない。
 侯爵はもちろん、その派閥もろとも処罰せねばならん」

 そして王は決断した。

「アメリア殿、礼を言うぞ。
 そなたのおかげで、国を蝕む毒が明らかになった」

「……光栄でございます」

 アメリアは深く一礼した。
 その姿は、もはや“隠居予定の女性”ではなく、
 かつて国政の中心で辣腕を振るった公爵令嬢そのものだった。

「最後にもう一つだけ尋ねる。
 ――そなたが望む褒賞はなにか?」

 アメリアは迷いなく答えた。

「隠居ですわ」

「…………」

「森の別邸で、読書とお茶と猫と昼寝の生活を。
 それ以外は、何も望みません」

「…………」

 国王は数秒、沈黙した。

 そして、

「……そなたは本当に、それでよいのか?」

「はい。私の願いはただひとつ。静かな生活だけですわ」

 王は深くため息をついた。

「余は、そなたを手元に置いておきたいくらいだが……
 その願い、聞き届けよう」

「ありがとうございます。陛下」

 アメリアは微笑む。
 その笑みは柔らかくもあり、どこかしたたかでもあった。

(これでようやく……本当にようやく、隠居できるはずですわ)

――“はず”なのだが。
この時のアメリアは、まだ知らなかった。

この後、侯爵派が一掃されたことで――
国中から彼女に“感謝と依頼”が殺到し、彼女の隠居生活がふたたび遠のいていくことを。

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