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第一話 役立たず聖女見習い、追放される
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第一話
役立たず聖女見習い、追放
その日、教会の大聖堂は、やけに明るかった。
高い天窓から差し込む光が、白い床を照らし、祭壇の装飾を煌めかせている。
まるで祝福の場のように。
――けれど、そこに立たされている私は、裁かれる罪人だった。
「……では、もう一度確認します」
中央に立つ大司教が、厳かな声で言った。
「あなたは聖女見習いとして三年、召喚儀式に参加しましたが――」
一瞬、言葉を切る。
「剣も、天使も、聖獣も、一度として呼び出せなかった」
周囲の神官たちが、ざわりとざめく。
「呼び出せたのは何でしたか?」
私は、答えを知っている問いに、静かに口を開いた。
「……タンス、椅子、壊れた食器……ぬいぐるみ、です」
一瞬の沈黙。
次の瞬間――
「――ははっ!」
誰かが、吹き出した。
「またそれか!」
「聖女の力で、タンスを召喚するとはな!」
「戦場に家具でも置くつもりか?」
笑い声が、堂内に広がる。
耳に刺さる。
胸の奥が、冷える。
だが、私は俯いたまま、何も言わなかった。
反論しても、意味がない。
三年間、それを嫌というほど学んできた。
「召喚師としての適性は、皆無」
大司教が、冷たく言い放つ。
「癒しの奇跡も起こせず、加護も薄い。
それどころか、儀式の場を混乱させるだけ」
神官の一人が、鼻で笑った。
「ぬいぐるみを呼び出して、泣いて喜んでいたな」
「子ども向けの見世物にもならん」
「そもそも聖女見習いに選ばれたのが間違いだったのだ」
私は、拳を握りしめた。
違う、と言いたかった。
努力はしてきた、と。
でも――
結果がすべてだ。
この世界では。
「よって――」
大司教の声が、響く。
「あなたを、聖女見習いの任から解く」
一瞬、心臓が跳ねた。
だが、それは終わりではなかった。
「同時に、教会からの庇護も打ち切る」
冷酷な宣告。
「これ以上、無駄な食糧と場所を与える理由はない」
周囲が、納得したように頷く。
「役立たずを飼う余裕はない」
「慈悲は、結果を出す者にのみ与えられる」
大司教は、最後にこう告げた。
「――本日をもって、追放とする」
それだけだった。
弁明の機会も、猶予もない。
私はそのまま、
教会の裏門から――
森へと放り出された。
重い扉が、背後で閉まる。
――ガン。
乾いた音が、胸に響いた。
「……終わり、か」
思わず、呟く。
振り返っても、門は開かない。
そこにはもう、私の居場所はない。
目の前に広がるのは、深い森。
人の手が入っていない、野生の世界。
私は、細い息を吐いた。
「……タンスしか呼べない聖女、ね」
自嘲が、口から零れる。
三年前。
聖女候補として選ばれたとき、皆は期待していた。
――次代の聖女。
――奇跡を起こす少女。
だが、初めての召喚で現れたのは、
古びた木製のタンスだった。
その瞬間から、
私の居場所は、決まっていたのだ。
「……別に……」
誰に言うでもなく、呟く。
「……家具が、好きなわけじゃ……ないのに……」
でも、私にはそれしか呼べなかった。
剣を願えば、刃こぼれした包丁。
守護を願えば、ボロ布。
癒しを願えば、ぬいぐるみ。
すべて、非生物。
すべて、役に立たないと切り捨てられたもの。
「……さて……」
私は、森の奥へ歩き出した。
立ち止まっても、誰も助けてくれない。
空を見上げる。
太陽は、すでに傾き始めていた。
「……夜が……来る……」
森の夜が、どれほど危険かは、嫌というほど教え込まれている。
魔物。
獣。
闇に紛れる存在。
私は、武器を持っていない。
守ってくれる人もいない。
「……はぁ……」
それでも、歩くしかない。
「……生きるって……
大変ね……」
足元で、枯れ葉が音を立てる。
風が、冷たくなってきた。
森は、何も答えない。
けれど――
このときの私は、まだ知らなかった。
役立たずと呼ばれた力が、
この森で目を覚ますことを。
そして。
タンスも、
ぬいぐるみも――
決して、役に立たない存在ではなかったことを。
夜は、すぐそこまで迫っていた。
役立たず聖女見習い、追放
その日、教会の大聖堂は、やけに明るかった。
高い天窓から差し込む光が、白い床を照らし、祭壇の装飾を煌めかせている。
まるで祝福の場のように。
――けれど、そこに立たされている私は、裁かれる罪人だった。
「……では、もう一度確認します」
中央に立つ大司教が、厳かな声で言った。
「あなたは聖女見習いとして三年、召喚儀式に参加しましたが――」
一瞬、言葉を切る。
「剣も、天使も、聖獣も、一度として呼び出せなかった」
周囲の神官たちが、ざわりとざめく。
「呼び出せたのは何でしたか?」
私は、答えを知っている問いに、静かに口を開いた。
「……タンス、椅子、壊れた食器……ぬいぐるみ、です」
一瞬の沈黙。
次の瞬間――
「――ははっ!」
誰かが、吹き出した。
「またそれか!」
「聖女の力で、タンスを召喚するとはな!」
「戦場に家具でも置くつもりか?」
笑い声が、堂内に広がる。
耳に刺さる。
胸の奥が、冷える。
だが、私は俯いたまま、何も言わなかった。
反論しても、意味がない。
三年間、それを嫌というほど学んできた。
「召喚師としての適性は、皆無」
大司教が、冷たく言い放つ。
「癒しの奇跡も起こせず、加護も薄い。
それどころか、儀式の場を混乱させるだけ」
神官の一人が、鼻で笑った。
「ぬいぐるみを呼び出して、泣いて喜んでいたな」
「子ども向けの見世物にもならん」
「そもそも聖女見習いに選ばれたのが間違いだったのだ」
私は、拳を握りしめた。
違う、と言いたかった。
努力はしてきた、と。
でも――
結果がすべてだ。
この世界では。
「よって――」
大司教の声が、響く。
「あなたを、聖女見習いの任から解く」
一瞬、心臓が跳ねた。
だが、それは終わりではなかった。
「同時に、教会からの庇護も打ち切る」
冷酷な宣告。
「これ以上、無駄な食糧と場所を与える理由はない」
周囲が、納得したように頷く。
「役立たずを飼う余裕はない」
「慈悲は、結果を出す者にのみ与えられる」
大司教は、最後にこう告げた。
「――本日をもって、追放とする」
それだけだった。
弁明の機会も、猶予もない。
私はそのまま、
教会の裏門から――
森へと放り出された。
重い扉が、背後で閉まる。
――ガン。
乾いた音が、胸に響いた。
「……終わり、か」
思わず、呟く。
振り返っても、門は開かない。
そこにはもう、私の居場所はない。
目の前に広がるのは、深い森。
人の手が入っていない、野生の世界。
私は、細い息を吐いた。
「……タンスしか呼べない聖女、ね」
自嘲が、口から零れる。
三年前。
聖女候補として選ばれたとき、皆は期待していた。
――次代の聖女。
――奇跡を起こす少女。
だが、初めての召喚で現れたのは、
古びた木製のタンスだった。
その瞬間から、
私の居場所は、決まっていたのだ。
「……別に……」
誰に言うでもなく、呟く。
「……家具が、好きなわけじゃ……ないのに……」
でも、私にはそれしか呼べなかった。
剣を願えば、刃こぼれした包丁。
守護を願えば、ボロ布。
癒しを願えば、ぬいぐるみ。
すべて、非生物。
すべて、役に立たないと切り捨てられたもの。
「……さて……」
私は、森の奥へ歩き出した。
立ち止まっても、誰も助けてくれない。
空を見上げる。
太陽は、すでに傾き始めていた。
「……夜が……来る……」
森の夜が、どれほど危険かは、嫌というほど教え込まれている。
魔物。
獣。
闇に紛れる存在。
私は、武器を持っていない。
守ってくれる人もいない。
「……はぁ……」
それでも、歩くしかない。
「……生きるって……
大変ね……」
足元で、枯れ葉が音を立てる。
風が、冷たくなってきた。
森は、何も答えない。
けれど――
このときの私は、まだ知らなかった。
役立たずと呼ばれた力が、
この森で目を覚ますことを。
そして。
タンスも、
ぬいぐるみも――
決して、役に立たない存在ではなかったことを。
夜は、すぐそこまで迫っていた。
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