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第四話 フルオート生活の恐怖
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第四話
フルオート生活の恐怖
――ぱち。
微かな音で、私は目を覚ました。
「……?」
最初に感じたのは、温度だった。
寒くない。
むしろ、心地いい。
「……え……?」
ゆっくりと目を開く。
そこに広がっていたのは、
昨日までの廃屋の面影を一切残していない、整った天井だった。
「…………」
一瞬、状況が理解できない。
「……ここ……どこ……?」
次に、視界に入ったのは、
ふかふかのベッド。
「……え……?」
私は、ゆっくりと上体を起こした。
きしむ音はしない。
背中が痛くもない。
むしろ――
眠りすぎたあとの、罪悪感すらある。
「……夢……?」
頬をつねる。
「……痛……」
夢ではない。
「……昨日……
廃屋を……召喚して……
泊まって……」
記憶が、少しずつ戻ってくる。
熊のぬいぐるみ。
付喪神。
自己修復。
「……でも……これは……」
私は、恐る恐るベッドから降りた。
床は、ひんやりしていない。
裸足でも、問題ない。
「……床暖房……?」
そんな馬鹿な、と思った瞬間。
――コトン。
どこかから、音。
「……?」
鼻先を、いい匂いがくすぐった。
「……ごはん……?」
空腹を自覚する。
私は、廊下へ出た。
「…………」
思わず、立ち止まる。
廊下は、昨日よりさらに整えられていた。
いや――
住み慣れた家のような安心感すらある。
「……ちょっと……
進化してない……?」
匂いを辿り、
私は、キッチンへ向かった。
「………………」
そして、固まった。
キッチンが、勝手に動いている。
鍋が火にかかり、
フライパンが自動で揺れ、
包丁が、まな板の上で一定のリズムを刻んでいる。
「…………え……?」
人はいない。
でも、確実に――
誰かが料理している。
テーブルの上には、
湯気の立つスープ。
焼きたてのパン。
色とりどりの副菜。
「……ちょっと……」
声が、震える。
「……聞いてない……」
視界に、文字が浮かんだ。
> 《付喪神:キッチン》
《調理担当:キッチンファミリー》
《栄養管理:最適化》
「……キッチン……ファミリー……?」
誰。
いや――
何。
スプーンが、少し揺れた。
――どうぞ。
そんな圧を感じる。
「…………」
私は、恐る恐る椅子に座った。
「……いただきます……」
一口。
「…………おいしい……」
思わず、本音が漏れた。
優しい味。
疲れ切った身体に、ちょうどいい。
「……料理……
しなくて……いいの……?」
返事はない。
ただ、次の皿が、すっと差し出された。
「……え……
私……
何もしなくて……」
食後、喉が渇いた。
その瞬間。
――コポン。
水が注がれる音。
「……?」
カップには、ちょうどいい温度のお茶。
「……電気……
ガス……
水道……?」
私は、周囲を見回す。
「……ここ……
森の中よね……?」
その答えを待つ間もなく。
――シュゥ……。
「……?」
扉の向こうから、湯気。
嫌な予感がして、
私はそっと覗いた。
「…………」
お風呂だった。
しかも。
「……広……」
湯はすでに張られ、
温度は完璧。
> 《給湯:稼働中》
《水質:最適》
《燃料:不要》
「……え……?」
頭が、追いつかない。
「……私……
昨日まで……
追放されて……
死にかけて……」
なのに。
「……なんで……
高級宿みたいな……」
湯船に浸かった瞬間。
「……はぁぁぁ……」
全身の力が抜けた。
だめだ。
これは――
人を堕落させる家だ。
風呂から上がると、
タオルは勝手に乾き、
服は整えられている。
「……もう……
何も言うまい……」
私は、ふらふらとリビングへ戻った。
ソファに腰を下ろす。
「……ちょっと……
休むだけ……」
その瞬間。
――スゥ……。
「……?」
背後で、音。
振り返る。
「…………」
ベッドが、歩いてきていた。
「……え……?」
小さな脚を生やし、
慎重に、こちらへ。
> 《付喪神:ベッド》
《睡眠誘導:開始》
「……ちょ……
まだ……」
抗議する前に、
ふわりと持ち上げられる。
「……あ……」
視界が、天井に戻る。
「……これは……
さすがに……
怖い……」
ベッドに寝かされ、
毛布が、自然にかかる。
眠気が、押し寄せる。
「……待って……
スローライフって……」
瞼が、重い。
「……薪割りとか……
畑仕事とか……
そういうの……じゃ……」
意識が、遠のく。
「……これ……
フルオート堕落生活……」
最後に、かすれた声で呟いた。
「……スローライフって……
何……?」
返事はない。
ただ、
家全体が、静かに軋んだ。
――問題なし。
こうして。
追放された聖女見習いは――
努力も苦労も不要な生活に、
片足どころか、
両足を突っ込んでしまった。
この家が、
彼女を外へ出さなくなるとは、
まだ知らずに。
---
フルオート生活の恐怖
――ぱち。
微かな音で、私は目を覚ました。
「……?」
最初に感じたのは、温度だった。
寒くない。
むしろ、心地いい。
「……え……?」
ゆっくりと目を開く。
そこに広がっていたのは、
昨日までの廃屋の面影を一切残していない、整った天井だった。
「…………」
一瞬、状況が理解できない。
「……ここ……どこ……?」
次に、視界に入ったのは、
ふかふかのベッド。
「……え……?」
私は、ゆっくりと上体を起こした。
きしむ音はしない。
背中が痛くもない。
むしろ――
眠りすぎたあとの、罪悪感すらある。
「……夢……?」
頬をつねる。
「……痛……」
夢ではない。
「……昨日……
廃屋を……召喚して……
泊まって……」
記憶が、少しずつ戻ってくる。
熊のぬいぐるみ。
付喪神。
自己修復。
「……でも……これは……」
私は、恐る恐るベッドから降りた。
床は、ひんやりしていない。
裸足でも、問題ない。
「……床暖房……?」
そんな馬鹿な、と思った瞬間。
――コトン。
どこかから、音。
「……?」
鼻先を、いい匂いがくすぐった。
「……ごはん……?」
空腹を自覚する。
私は、廊下へ出た。
「…………」
思わず、立ち止まる。
廊下は、昨日よりさらに整えられていた。
いや――
住み慣れた家のような安心感すらある。
「……ちょっと……
進化してない……?」
匂いを辿り、
私は、キッチンへ向かった。
「………………」
そして、固まった。
キッチンが、勝手に動いている。
鍋が火にかかり、
フライパンが自動で揺れ、
包丁が、まな板の上で一定のリズムを刻んでいる。
「…………え……?」
人はいない。
でも、確実に――
誰かが料理している。
テーブルの上には、
湯気の立つスープ。
焼きたてのパン。
色とりどりの副菜。
「……ちょっと……」
声が、震える。
「……聞いてない……」
視界に、文字が浮かんだ。
> 《付喪神:キッチン》
《調理担当:キッチンファミリー》
《栄養管理:最適化》
「……キッチン……ファミリー……?」
誰。
いや――
何。
スプーンが、少し揺れた。
――どうぞ。
そんな圧を感じる。
「…………」
私は、恐る恐る椅子に座った。
「……いただきます……」
一口。
「…………おいしい……」
思わず、本音が漏れた。
優しい味。
疲れ切った身体に、ちょうどいい。
「……料理……
しなくて……いいの……?」
返事はない。
ただ、次の皿が、すっと差し出された。
「……え……
私……
何もしなくて……」
食後、喉が渇いた。
その瞬間。
――コポン。
水が注がれる音。
「……?」
カップには、ちょうどいい温度のお茶。
「……電気……
ガス……
水道……?」
私は、周囲を見回す。
「……ここ……
森の中よね……?」
その答えを待つ間もなく。
――シュゥ……。
「……?」
扉の向こうから、湯気。
嫌な予感がして、
私はそっと覗いた。
「…………」
お風呂だった。
しかも。
「……広……」
湯はすでに張られ、
温度は完璧。
> 《給湯:稼働中》
《水質:最適》
《燃料:不要》
「……え……?」
頭が、追いつかない。
「……私……
昨日まで……
追放されて……
死にかけて……」
なのに。
「……なんで……
高級宿みたいな……」
湯船に浸かった瞬間。
「……はぁぁぁ……」
全身の力が抜けた。
だめだ。
これは――
人を堕落させる家だ。
風呂から上がると、
タオルは勝手に乾き、
服は整えられている。
「……もう……
何も言うまい……」
私は、ふらふらとリビングへ戻った。
ソファに腰を下ろす。
「……ちょっと……
休むだけ……」
その瞬間。
――スゥ……。
「……?」
背後で、音。
振り返る。
「…………」
ベッドが、歩いてきていた。
「……え……?」
小さな脚を生やし、
慎重に、こちらへ。
> 《付喪神:ベッド》
《睡眠誘導:開始》
「……ちょ……
まだ……」
抗議する前に、
ふわりと持ち上げられる。
「……あ……」
視界が、天井に戻る。
「……これは……
さすがに……
怖い……」
ベッドに寝かされ、
毛布が、自然にかかる。
眠気が、押し寄せる。
「……待って……
スローライフって……」
瞼が、重い。
「……薪割りとか……
畑仕事とか……
そういうの……じゃ……」
意識が、遠のく。
「……これ……
フルオート堕落生活……」
最後に、かすれた声で呟いた。
「……スローライフって……
何……?」
返事はない。
ただ、
家全体が、静かに軋んだ。
――問題なし。
こうして。
追放された聖女見習いは――
努力も苦労も不要な生活に、
片足どころか、
両足を突っ込んでしまった。
この家が、
彼女を外へ出さなくなるとは、
まだ知らずに。
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