役立たず聖女見習い、追放されたので森でマイホームとスローライフします ~召喚できるのは非生物だけ?いいえ、全部最強でした~

しおしお

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第五話 命名「マイホームさん」&四本足の移動

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第五話

命名「マイホームさん」&四本足の移動

 朝だった。

 正確に言えば、
**“朝だと家が判断した時間”**だった。

 カーテンが自動で開き、柔らかな光が部屋に差し込む。
 鳥のさえずりは、どこからか適切な音量で再生されている。

「……もう……
 目覚ましまで用意して……」

 私は、布団の中で小さく呻いた。

 ベッドさんは、昨夜の件を反省したのか、今日は勝手に抱え上げてくることはない。
 だが――
 起きるまで、そっと見守っている“圧”はある。

「……おはよう……」

 誰にともなく呟く。

 返事はない。

 けれど、床がわずかに軋んだ。

 ――応答。

「……返事できるなら、声出して……」

 ため息をつき、起き上がる。

 床は、相変わらず快適。
 冷たくもなければ、暑くもない。

「……住み心地……
 完璧すぎる……」

 キッチンへ向かうと、
 すでに朝食が用意されていた。

 ――いつものことだ。

 もはや驚きもしない。

「……ありがとう……キッチン……ファミリー……」

 スプーンが、わずかに揺れた。

 ――どういたしまして。

 そんな気配。

 食後、私はリビングのソファに座り、周囲を見回した。

 美しい内装。
 整えられた家具。
 静かで、安心できる空間。

「……ねえ……」

 私は、ぽつりと呟いた。

「……この家……
 いつまで“この家”なの……?」

 言葉にして、はっとする。

 そうだ。
 ずっと、“家”とか、“廃屋”とか、“ここ”とか――
 呼び方を定めていなかった。

「……あなた……」

 床に手を置く。

「……もう……
 ただの建物じゃ……ないわよね……」

 熊のぬいぐるみが、壁際で静かに立っている。
 彼(彼女?)も、家の一部のように溶け込んでいた。

「……家族、って言うのは……
 変かしら……」

 返事はない。

 けれど。

 ――キシ……。

 いつもより、やさしい軋み。

「……」

 私は、小さく笑った。

「……名前……付けましょうか……」

 名前を持つ。
 それは、存在を認めること。

「……難しいのは……
 似合わないわよね……」

 少し考えて、口にする。

「……マイホームさん」

 間。

 ――……。

 そして。

 ――キシ、キシ……。

 はっきりとした反応。

「……気に入った……?」

 床が、わずかに震える。

 ――肯定。

「……じゃあ……
 今日から、あなたは……
 マイホームさんね……」

 言った瞬間、
 家全体の空気が、少しだけ変わった。

 視界に、文字が浮かぶ。

> 《名称登録》
《マイホームさん》
《住人認定:最優先》



「……住人……
 ファースト……?」

 聞き慣れない単語に、首を傾げる。

 そのとき。

 ――ズ……ン。

 床が、わずかに揺れた。

「……?」

 ――ズン……ズン……。

「……え……?」

 私は、慌てて立ち上がる。

「……地震……?」

 熊のぬいぐるみが、警戒姿勢を取る。

 だが、揺れは規則正しい。

「……この揺れ……
 どこかで……」

 次の瞬間。

 ――ミシ……ミシ……。

 低い音が、家の下から響いた。

「……まさか……」

 窓へ駆け寄り、外を見る。

「………………」

 言葉を失った。

 家の下から、脚が生えている。

「……あし……?」

 一本ではない。

 二本。
 三本。
 四本。

 四隅から、太く、しっかりとした脚が地面を踏みしめている。

「………………」

 私は、しばらく無言だった。

「……動く家……?」

 頭の中で、どこかで聞いた話がよぎる。

「……〇〇の動く家……」

 でも。

「……違う……」

 私は、床に意識を向ける。

 揺れない。
 家具も、食器も、何ひとつ動いていない。

「……普通……
 動いたら……
 中は……めちゃくちゃ……よね……?」

 視界に、文字。

> 《歩行方式:四脚》
《安定性:最優先》
《居住者への振動伝達:遮断》



「……四本足……」

 納得する。

「……二本足だと……
 揺れるものね……」

 ――ズン。

 マイホームさんが、一歩、前へ出た。

 外の景色が、ゆっくりと動く。

「……歩いてる……」

 なのに――
 中は、まるで止まっているかのように静かだった。

「……これ……
 乗り心地……
 最高すぎない……?」

 熊のぬいぐるみが、バランスを崩すこともなく立っている。

「……熊……
 酔わない……?」

 熊は、胸を叩いた。

 ――問題なし。

「……そりゃそうよね……」

 私は、ソファに腰を下ろす。

 ――ズン、ズン。

 景色が、流れていく。

「……移動……
 できる家……」

 少し、怖い。

 でも――
 それ以上に、安心感が勝つ。

「……ねえ……マイホームさん……」

 床に、そっと触れる。

「……勝手に……
 どこかへ……
 行ったりしないわよね……?」

 ――キシ。

 短い軋み。

 ――住人優先。

「……なら……いいわ……」

 私は、深く息を吐いた。

「……動く家でも……
 揺れないなら……
 普通の家と……
 変わらないわね……」

 むしろ。

「……便利すぎる……」

 森の中を、
四本足の家が、静かに歩く。

 中では、
朝食の後片付けが自動で進み、
キッチンファミリーが昼の準備を始めている。

「……スローライフ……」

 私は、天井を見上げた。

「……概念が……
 壊れていく音が……する……」

 でも。

 不思議と、不安はなかった。

 こうして。

 追放された聖女見習いは――
 名前を持つ家と、
 動く日常を手に入れた。

 この家が、
 やがて戦場を歩くことになるとも知らずに。
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