役立たず聖女見習い、追放されたので森でマイホームとスローライフします ~召喚できるのは非生物だけ?いいえ、全部最強でした~

しおしお

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第19話 森へ帰る

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第19話 森へ帰る

 王都は、まだ騒がしかった。

 建物が消え、秩序が揺らぎ、誰もが「次に何をすべきか」を探して右往左往している。
 それは当然だ。城も、教会も、象徴が一気に失われたのだから。

 けれど――
 その混乱を、私はもう見ていなかった。

 マイホームさんは、王都の外縁に立ったまま、静かに方向を変えていた。
 四本の足が、地面を確かめるように動き出す。

 進路は、森。

 あの、最初に追放された場所。
 夜が怖くて、止まる場所を探していた、あの森。

「……帰るんだね」

 私がそう呟くと、マイホームさんは何も答えない。
 ただ、確実に、森へ向かって歩き出した。

 背後では、王都の人々がまだ集まっているのが見えた。
 騎士団長らしき人影。
 聖女たち。
 誰かが、こちらを指差して、何かを言っている。

 呼ばれているのは、分かっていた。

 話をしたいのだろう。
 説明を求めたいのだろう。
 あるいは、責任を押し付けたいのかもしれない。

 でも。

「……ごめんね」

 私は、小さく呟いた。

 聞こえるはずもない距離で。

「……私、もう……
 ああいう場所には……戻らないって決めたの」

 マイホームさんの中は、相変わらず穏やかだ。
 揺れもなく、音も静か。

 王都の喧騒が、遠ざかっていく。

 それを、少しだけ寂しいと感じて、
 でもすぐに、胸の奥が軽くなるのを感じた。

 英雄には、なりたくなかった。

 拍手も、称賛も、必要ない。
 名前を刻まれるのも、伝説になるのも、全部いらない。

 あの教会で、私は学んだ。

 “役に立つ”とか、“選ばれる”とか、
 そういう基準の世界は、
 息をするだけで、苦しい。

 森へ向かう途中、
 マイホームさんは一度だけ、歩みを緩めた。

 前方の木々が、ざわりと揺れる。

 魔物の気配は、ない。
 けれど、警戒は解かれない。

 熊のぬいぐるみが、音もなく移動する。
 言葉はないが、背中から伝わってくる緊張感。

 私は、それを見て、少し笑った。

「……大丈夫だよ。
 もう、追いかけてくる人はいないと思う」

 追いかける理由が、ない。

 王都は、忙しすぎる。
 再建、再編、責任の所在、信仰の再定義。

 私ひとりに構っている余裕は、ない。

 それが、ありがたかった。

 森に入ると、空気が変わった。

 湿り気を帯びた、土と葉の匂い。
 遠くで鳴く鳥の声。
 風に揺れる木々の音。

「……ああ……」

 胸の奥が、ゆっくり緩む。

「……やっぱり……
 こっちの方が……落ち着く……」

 王都では、常に誰かの視線があった。
 評価される視線。
 期待される視線。
 役割を押し付ける視線。

 森には、それがない。

 あるのは、
 自然と、
 マイホームさんと、
 喋らない仲間たちだけ。

 マイホームさんは、以前と同じ“静穏区域”へ戻ってきた。
 地面をならし、足場を調整し、ゆっくりと停止する。

 完全停止。

 その瞬間、
 家の中の空気が、はっきりと「日常」に戻った。

> 《帰還完了》
《周辺環境、安定》
《脅威反応、なし》



 淡々とした報告。

 私は、ソファに腰を下ろした。

「……ふぅ……」

 深く、息を吐く。

 王都で起きた出来事は、
 確かに現実だ。

 でも、ここでは――
 それが少し、遠い夢のように感じられる。

 えくすかりばーさんが、定位置で静かに言った。

「本来、こうあるべきでした」

「……?」

「君は、
 世界を救うための器ではない。
 止まる場所を探す、ただの人だ」

 私は、少し考えてから、うなずいた。

「……うん……」

 熊のぬいぐるみは、森の気配に意識を向けたまま、動かない。
 タンスさんは、いつの間にか引き出しの整頓を始めている。

 すべてが、元通り。

 ――いや。

 正確には、
 少しだけ強くなった日常。

 それでも、
 私は、変わらない。

 呼ばれても、
 基本、スルー。

 必要なら助けるかもしれないけど、
 前に出ることは、ない。

 英雄は、別の誰かに任せる。

「……さて……」

 私は、背もたれに体を預けた。

「……何もしない生活……
 再開だね……」

 マイホームさんは、静かに軋み音を立てる。

 それは、
 肯定の合図のようだった。

 王都の混乱を背に、
 私は、森へ帰った。

 そして、
 物語は、
 また静かに歩き出す。

 ――頑張らない、日常へ。


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