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第1章-4:舞踏会への幕開けと静かなる宣戦布告
しおりを挟む王立学園の広報室から、金の封蝋が押された文書が全校に届けられた。
それは、舞踏会開催の正式な通知。
《第二王子殿下のご婚約発表の儀を兼ね、来週末、王立学園にて舞踏会を開催いたします》
掲示板の前には人だかりができ、誰もがざわめき、囁き合った。
「いよいよ本物の婚約者が発表されるんですね」
「誰なのかしら? ラファール王国の姫君……クレハ姫ってどんな人?」
「まだ顔も見たことがないわ。どんな令嬢なのかしらね」
その中心に、まるで当然のように立っているのは、王子本人――エルマーだった。
普段よりも整った身なりで、やけに堂々と掲示を見つめる姿。
「ふふん、いい宣伝になったな」
「殿下、準備は万端で?」
「もちろんさ。あの場で、婚約を断る。それが一番効果的だ」
彼の視線はどこまでも自信に満ちていた。
それが、どれほどの騒動を巻き起こすかを想像することもなく――
* * *
一方その頃。
クレア・ミゴールは、図書室の奥で静かに書を閉じていた。
窓から射す午後の光が、彼女の長い睫毛に影を落とす。
「……舞踏会、ですか」
彼女の口元には、わずかに意味ありげな笑みが浮かんでいた。
「どうやら、盛大な夜になりそうですわね」
教師も使用人も、まだ彼女の正体に気づいていない。
“クレア・ミゴール”は、あくまでラファール王国からの留学生ということになっていた。
だが実際は――
ラファール王国第二王女、クレハ・アルフェリア・ラファールその人である。
偽名で学園に身を置き、政界と学術の両面からアインヘリヤル王国を観察していた彼女。
だが、まさか自分の婚約者が、ここで“政略結婚を否定し、舞踏会で破棄する”つもりだとは。
「……愚かですわ」
心からの嘆息。
その口調は冷ややかというよりも、すでに“諦め”に近かった。
だが、そう簡単には許すつもりもない。
「殿下……。その高い鼻、少しは折らせていただきます」
クレア――いや、クレハの紅い瞳が、妖しく光る。
* * *
舞踏会当日。
学園の大ホールは、普段とはまるで違う雰囲気に包まれていた。
赤と金を基調にした絢爛な装飾。
クリスタルのシャンデリアが何十本も天井から下がり、無数のキャンドルがまばゆい光を放っていた。
各国から招かれた使節や高位貴族の子女たちが、優雅に舞踏会の時を待っている。
「……緊張するな」
エルマーは裾の長い礼服に身を包み、鏡の前で軽く整える。
鏡の中の自分に向かって、軽くウィンク。
「よし、完璧」
一方、控え室ではクレアがドレスの裾を直していた。
深紅のドレス。
王族でなければ着こなせぬとされる、気高く強い色。
それを選んだ理由は一つ。
“私は、逃げも隠れもしない”という宣言。
「……殿下、楽しみにしていてくださいね」
鏡越しに微笑んだ彼女の姿は、まさに“王女”そのものだった。
* * *
開宴の鐘が鳴り響き、舞踏会が始まった。
エルマーは中央の階段を堂々と降りてゆく。
次々と出迎える貴族たちに微笑み、時折ウィットを飛ばしてみせる。
「王子、今日もご立派ですわ」
「婚約のお相手が羨ましいですわ」
「さて、誰かのお楽しみ、というところかな」
軽口を交わしながらも、彼はその時を待っていた。
――破棄の瞬間を。
だが。
その視界の先に、彼女が現れた。
クレア・ミゴール。
……いや、クレハ・アルフェリア・ラファール。
誰もが息を呑んだ。
深紅のドレスに身を包み、銀糸の髪を揺らしながら歩くその姿は、誰の目にも女神のごとく映っていた。
エルマーも、一瞬、息を忘れた。
「まさか……あれが……?」
だが、その疑念が確信に変わるのは、まだ少し先の話。
舞踏会の空気が、次第に緊張に包まれていく。
そしてその夜が、誰にとっても忘れられぬ一夜になることなど――
まだ誰も、知る由もなかった。
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