『反省だけなら猿でもできるので、王子は王家を追放されました。』

しおしお

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第1章-3:政略結婚の影と揺れる王子の矜持

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王立学園の昼休み。

春の陽気に包まれた噴水広場では、貴族の子弟たちが思い思いにランチタイムを過ごしていた。

木陰では楽器を奏でる者、芝の上で談笑する者、そして優雅なティーテーブルを囲む令嬢たち。

その中心にいたのは、言うまでもなく――

第二王子、エルマー・フォン・アインヘリヤルである。


「殿下、聞きましたか? ついにご婚約の話が持ち上がったとか」

「ええ、相手はラファール王国の第二王女。クレハ姫というお方らしいです」

「かなりの才女で、美しいとか……」


周囲の取り巻きが浮足立つ中、エルマーは一口紅茶を啜ってから、眉間にしわを寄せた。

「またか……」

「殿下?」

「政略結婚など時代遅れだ。まるで、私の人生が道具のように扱われている気分だな」

「し、しかし、それが王族というものでは……」

「馬鹿馬鹿しい」

エルマーは立ち上がり、木陰から出ると、庭園の端に目を向けた。

そこにいたのは、日傘を差しながら本を読んでいたクレア・ミゴール。

その姿はまるで肖像画のように静謐で、誰よりも学園の空気に溶け込んでいた。


「クレア、君も聞いていただろう。婚約の話」

「ええ。さすがに学園中の話題ですもの」

「くだらないと思わないか? 見たこともない相手と一生を共にせよ、などと」

「そうですわね。合理性に欠ける話ですけれど、王族の役目としては、珍しくもないことですわ」

「君は、冷たいな」

「現実的なだけですわ」


エルマーはふっと鼻で笑った。

「どうせ相手は、高慢ちきでわがままで、鼻持ちならぬ女だ」

「……まあ。殿下の想像力は豊かでいらっしゃる」

「そんな相手より、君のほうがよほど魅力的だ。いっそ、君と婚約してしまおうか」

「まあ」

クレアは静かに紅茶を啜りながら、微笑を浮かべた。

「それは光栄な申し出ですけれど……わたくしのような者では、お妃候補には不向きでしょう?」

「そんなことはない。私が決めれば、それが正義だ」

「……ふふ」

その笑いは、どこか達観していて、同時に深い意味を孕んでいた。

エルマーには、それが“嘲笑”に聞こえてしまった。


* * *

その日の夜。

エルマーは、自室のソファに体を投げ出していた。

部屋の天井には、淡くゆらめくシャンデリア。

だが彼の心は晴れなかった。

「クレハ姫、か……」

彼女のことは何も知らない。

ただ、国同士の都合で名を並べられ、人生を共にすることを強いられる――

それだけで反発したくなる。

「俺の人生は、俺のものだ」


そのとき、執務室からの使いが来た。

国王からの呼び出しである。


* * *

「第二王子エルマー。そなたに婚約の話が届いておる」

父王の声は低く、重く響いた。

「……すでに知っております。ラファール王国の姫君でしょう?」

「クレハ殿下は、王族であるのみならず、いくつもの事業を手がける優れた才女。しかも、莫大な個人資産を持つとされる」

「……まるで、財産目当ての縁談ではありませんか」

「そうではない。これは国の安定、そして外交上の要請でもある」


王の口調には、決して反論を許さぬ威圧感があった。

だが、エルマーは口を閉じなかった。

「それでも私は納得できません。相手の顔も、声も、性格も知らずに未来を誓えとは。まるで人形のように扱われているようなものです」

「……ほう」

国王は眉をひそめ、椅子から立ち上がる。

「ならば、そなたがどうするのか見せてみよ」


その言葉に、エルマーは一つの決意を固めた。

「婚約発表の場で……断ります」

「……好きにせよ」

王はそう言って背を向けた。


* * *

翌日。

学園の掲示板に、煌びやかな通達が貼り出された。

《舞踏会開催のお知らせ》

《第二王子殿下、ご婚約発表の儀を兼ねる》

ざわめく学生たち。

「いよいよ本物の婚約者が発表されるのね」

「王族の婚約発表が、学園で行われるなんて」


その噂の中で、クレアは一人、窓辺で花を活けていた。

ラファール王国の国花、瑠璃の花。

その青い花びらに触れながら、彼女は小さくつぶやいた。


「舞踏会の夜……楽しみにしておりますわ、殿下」

その微笑みは、すべてを見通しているかのような、冷たい美しさを宿していた。



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