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第2章-2:王子の反発と孤独な矜持
しおりを挟む城を後にしたエルマーは、自室へと戻ると勢いよくドアを閉めた。
高価な調度品が並ぶ部屋の中、彼はその中心に立ったまま拳を握りしめる。
「……なんだって、こうも決めつけられる」
父王との対話が頭の中で何度も反芻される。
政略結婚。
義務。
家のため。
「くだらない……そんなのは、誰かの人生を“便利な札”として扱うだけじゃないか」
怒りに任せて、そばにあった銀製の燭台を壁に投げつけた。
高い音がして、床に転がる。
だが、その怒りの中にあったのは、ほんの少しの不安だった。
自分が否定した相手――クレハ王女は、いったいどんな人物なのか。
名は知られている。
“実業の才女”、“外交手腕に長けた第二王女”、“王国を陰で動かす者”と。
「……そんな人間が、俺の妻になるだと?」
いっそ、想像すればするほど、気が重くなる。
だが、自分の信念は変えられない。
「少なくとも、俺は、見もしない相手に“はい”とは言わない」
それは、わがままではない。
生まれたときから義務と規則に縛られた“王子”としての人生。
その中で、せめて“誰と生きるか”だけは、自分で決めたかったのだ。
* * *
その夜。
エルマーは久々に、学園の旧友と顔を合わせた。
彼の名はリヒト・オルドレイン。
侯爵家の次男坊で、派手なことは好まないが芯の強い男だった。
「……で、王女様との婚約が気に食わないと」
学園近くのカフェテラスで、リヒトは呆れ顔で紅茶をすする。
「お前らしいな、そういうとこだけは」
「“だけ”とはなんだ、“だけ”とは」
「だってな、普通は嬉しいだろう? 美人で才女で資産家の王女様が嫁に来るんだぞ?」
「お前はそれでいいのか?」
「……俺? まあ、そんな機会ないしな」
リヒトは肩をすくめる。
「でも、お前は違う。王族っていう役割がある。誰かのために生きることが、最初から決まってる立場だ」
「だからって、心まで売るのか?」
エルマーの目が鋭く光る。
「俺は……“俺自身”でいたい。自分の意思で、誰かを選びたい」
「じゃあ、どうするつもりだ」
「……舞踏会で断る。皆の前で」
リヒトは紅茶を置き、ため息をついた。
「……らしいな」
「なんだその反応は」
「いいんじゃないか。後先考えずに行動するお前は、案外好きだぜ」
「褒めてるのか?」
「もちろん。ついでに祝辞も準備しておいてやるよ、“王女様を怒らせた男”としてな」
エルマーはリヒトと顔を見合わせ、思わず笑った。
それは、久しぶりに心からの笑いだった。
* * *
帰路についたエルマーは、ふと夜空を見上げた。
雲ひとつない空に、星が瞬いている。
その光は遥か昔に放たれたもので、いま自分の目に届いている。
「……今の選択も、いつか誰かに届くだろうか」
ふと、そんな感傷が胸をよぎる。
だが、彼はその考えを振り払うように歩き出した。
迷いはある。
だが、それでも――
「俺の人生は、俺のもんだ」
口に出すことで、その言葉が力になる。
婚約なんて、どうせ“お偉方の都合”。
ならば、自分は自分の都合で動くまでだ。
その夜、星空の下で揺れ動く若き王子の胸に、確かな決意が宿った。
それが、どれほどの嵐を招くのかも知らぬままに。
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