氷の王女と影の騎士 ――誓いの逆転婚姻

しおしお

文字の大きさ
22 / 27
第5章「王国の夜明け」

5-3 即位の申し出

しおりを挟む
5-3 即位の申し出

夜明けの光が王都を照らしていた。
雪に覆われた屋根が黄金色に輝き、
長く続いた闇の時代がようやく終わったことを、人々は感じていた。

ルナリエは、崩れた王城の塔の上に立っていた。
風が髪を揺らし、白いマントの裾がはためく。
隣には、彼女の誓いの騎士――オルヴィンが静かに立っている。

広場には民衆が集まり、老若男女がひざまずいていた。
誰もが口をそろえて叫ぶ。

「氷の姫殿下を女王に!」
「ルナリエ様こそ、真の王だ!」
「新しい時代を導く方だ!」

声は次第に大きくなり、波のように城壁を震わせる。
その中で、老いた大司教が歩み出た。

「ルナリエ=アストレイア殿下。
 王家が滅びし今、民と神々はあなたに再興の光を見ています。
 どうか、この王冠をお受け取りください」

差し出されたのは、古代より王が戴いてきた白銀の王冠。
氷の花を模した細工が施され、まるで彼女のために作られたように美しい。

ルナリエはしばらく黙ってそれを見つめた。
風の音が止み、時間が凍りつく。

――かつて、婚約破棄された夜。
侮辱され、冷たく突き放された自分が、今や王に推されている。
皮肉でもあり、運命でもあった。

しかし、彼女の心は静かだった。

「……私は、この冠を受け取ることはできません」

広場がざわめく。

「なぜです!? あなたこそが、この国を救った英雄ですぞ!」
「誰もが殿下を望んでおります!」

ルナリエは微笑んだ。
その笑みは、春の雪解けのように柔らかく、人々の胸を温めた。

「私は、支配するために戦ったのではありません。
 この国のために命を懸けたのは、ただ――
 “誰かが泣かずに生きられる明日”を見たかったからです」

沈黙が広がる。
そして彼女は、隣に立つオルヴィンを見た。

「この人がいなければ、私はここまで来られなかった。
 オルヴィン・シュヴァルツ――
 彼は、王ではなく、ただの一人の騎士として、私の隣に立ち続けてくれた人です」

オルヴィンは慌てて頭を下げた。
「私は、あなたの剣であり、盾です。
 けれど……あなたの隣に立つ資格など、ありません」

ルナリエはその言葉に首を振った。
「資格など、誰が決めるのですか?
 王の血より、貴族の名より、
 “人を守りたい”と思う心こそが、真の高貴だと私は知りました」

そう言って、彼の手を取る。
民衆が息を呑んだ。
女王に推される女性が、ひとりの騎士の手を――
恋人のように、同じ高さで握っている。

ルナリエは振り返り、広場に声を響かせた。

「この国は、もう“誰かのもの”ではありません。
 王も、聖女も、伯爵も――
 誰かの支配のために存在する国ではなく、皆の国として再生すべきです」

その声に、空が晴れ渡るようだった。
朝の陽光が差し込み、氷の城壁に反射して七色の光を放つ。

「ですから、私は王位を辞退します。
 ですが、王国再建の礎を築くため、
 オルヴィン・シュヴァルツを新たな指導者として推挙します」

どよめきが広がる。
オルヴィンは目を見開いた。
「ルナリエ、何を……!?」

「あなたはこの国を救いました。
 誰よりも多くの命を守った人。
 私は、あなたと共に歩みます。
 王ではなく、共に生きる者として」

民衆は再び沈黙したが、やがて誰かが声を上げた。

「ならば――その二人こそ、我らの希望だ!」

拍手が起こり、歓声が雪解けの川のように広がる。
「ルナリエ様!」「オルヴィン様!」と名前が重なり、
王都の空に響き渡った。

その瞬間、風が吹き抜け、
ルナリエの髪を撫で、彼女の胸の氷のペンダントがきらめいた。

「……ありがとう、皆さん」
ルナリエはそっと囁いた。
「氷の王女は、もういません。
 ここにいるのは、ただの“ルナ”です」

オルヴィンが隣で微笑む。
「それでも、俺はずっとあなたを“殿下”と呼ぶかもしれません」
「構いませんわ。そのときは、“あなたのルナ殿下”として返します」

二人の笑い声が重なり、王都に新しい朝が訪れる。

雪が静かに降り注いだ。
それは、祝福のようで、永遠の約束のようだった。


---
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

借りてきたカレ

しじましろ
恋愛
都合の良い存在であるはずのレンタル彼氏に振り回されて…… あらすじ システムエンジニアの萩野みさをは、仕事中毒でゾンビのような見た目になるほど働いている。 人の良さにつけ込まれ、面倒な仕事を押しつけられたり、必要のない物を買わされたり、損ばかりしているが、本人は好きでやっていることとあまり気にしていない。 人並みに結婚願望はあるものの、三十歳過ぎても男性経験はゼロ。 しかし、レンタル彼氏・キキとの出会いが、そんな色の無いみさをの日常を大きく変えていく。 基本的にはカラッと明るいラブコメですが、生き馬の目を抜くIT企業のお仕事ものでもあるので、癖のあるサブキャラや意外な展開もお楽しみください!

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」

イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。 ある日、夢をみた。 この国の未来を。 それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。 彼は言う。 愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。 一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。 ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。 帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!

ぽっちゃり侯爵と大食い令嬢の甘い婚約生活

piyo
恋愛
女性秘書官として働きながら、“大食い令嬢”の異名を持つダニエラ。そんな彼女に、上司のガリウスがひとつの縁談を持ってくる。 相手は名門オウネル侯爵家の当主、キーレン・オウネル。 大変ふくよかな体形の彼は、自分と同じように食を楽しんでくれる相手を探していた。 一方のダニエラも、自分と同じくらいの食欲のある伴侶を求めていたため、お茶会を通じて二人は晴れて婚約者となる。 ゆっくりと距離を縮め、穏やかに愛を育んでいく二人だが、 結婚式の半年前、キーレンが交易交渉のため国外へ赴くことになり―― ※なろうにも掲載しています

ギルド回収人は勇者をも背負う ~ボロ雑巾のようになった冒険者をおんぶしたら惚れられた~

水無月礼人
恋愛
 私は冒険者ギルド職員ロックウィーナ。25歳の女で担当は回収役。冒険者の落し物、遺品、時には冒険者自体をも背負います!  素敵な恋愛に憧れているのに培われるのは筋肉だけ。  しかし無駄に顔が良い先輩と出動した先で、行き倒れた美形剣士を背負ってから私の人生は一変。初のモテ期が到来です!!  ……とか思ってウハウハしていたら何やら不穏な空気。ええ!?  私の選択次第で世界がループして崩壊の危機!? そんな結末は認めない!!!! ※【エブリスタ】でも公開しています。  【エブリスタ小説大賞2023 講談社 女性コミック9誌合同マンガ原作賞】で優秀作品に選ばれました。

処理中です...