氷の王女と影の騎士 ――誓いの逆転婚姻

しおしお

文字の大きさ
23 / 27
第5章「王国の夜明け」

5-4 氷の誓い

しおりを挟む
5-4 氷の誓い

夜明け。
雪が静かに降り積もり、王都の廃墟に淡い光が宿っていた。

長く続いた戦いのあと、街には再び人々の笑い声が戻り始めている。
商人たちは瓦礫の中に仮設の屋台を出し、
子供たちはその雪の上を走り回っていた。

ルナリエは城壁の上から、その光景を見下ろしていた。
彼女の頬にあたる風は、もう刺すような冷たさではない。
まるで――春を知らせる風のように、柔らかかった。

「ようやく、終わりましたね」
背後からオルヴィンの声がする。
彼は鎧を脱ぎ、軍装の上に白い外套を羽織っていた。
その姿はもはや戦士ではなく、ひとりの男としての穏やかさを纏っている。

ルナリエは振り返り、微笑んだ。
「ええ。……長い冬でしたわね」

オルヴィンは頷き、彼女の隣に立つ。
眼下には、民たちが協力しながら瓦礫を片付け、焚き火を囲んで笑っている。
その光景は、かつての栄華よりもずっと美しかった。

「あなたがいたから、ここまで来られた。
 もしあの日、あなたが雪の中で私を拾ってくれなければ――」

ルナリエが言いかけると、オルヴィンが小さく首を振った。
「拾ったのは、俺の方だ。
 お前が俺を“生かしてくれた”。
 氷の姫が、俺の心に火を灯したんだ」

一瞬、風が吹き、二人の髪を揺らす。
雪片が頬に触れ、すぐに溶けて消えた。

ルナリエは目を細める。
「……そう。なら、今度は私が“灯す”番ですわね」

彼女は胸元の氷のペンダントを外し、それを手のひらに乗せた。
光が反射して、小さな虹を描く。

「この氷は、ずっと私の心を閉ざしていました。
 けれど今は……あなたと出会い、民と過ごし、
 “凍らせるため”ではなく、“守るため”に使いたいと思えるのです」

そう言って、彼女はそのペンダントをオルヴィンの首にかけた。

「これは、私の誓いです。
 ――あなたと共に、生きること」

オルヴィンの瞳に、熱いものが宿る。
「ルナリエ……」

彼はそっと彼女の手を取り、跪いた。
「なら、俺からも誓おう。
 どんな闇が訪れようと、何度でも光を見せる。
 お前が氷に閉ざされぬよう、俺が炎で照らし続ける」

二人の手が重なり合い、
指先から小さな光が生まれ、空へと舞い上がる。
それは氷の花のように広がり、王都の空を覆った。

民衆が見上げ、歓声を上げる。
「見て! 空が――!」
「氷の姫様が祝福しているんだ!」

ルナリエは小さく笑った。
「いいえ、違いますわ。
 ――これは、私たち“みんな”の春です」

雪解けの水が街の石畳を流れ、
その音がまるで祝福の鐘のように響いた。

オルヴィンがそっと彼女の肩を抱く。
「これから、どうしますか? 殿下」
「まずは……庭に花を植えます。
 氷の国にも、春は来るのだと証明するために」

彼は笑い、頷いた。
「なら、俺は水を汲もう」
「……それなら、ついでに紅茶も淹れてくださいな」
「命令ですか?」
「いいえ、お願いですわ」

二人は顔を見合わせ、穏やかに笑う。
遠く、鐘の音が響く。

その音に導かれるように、ルナリエは空を見上げた。
白い雲の向こうに、青空が広がる。
そして、陽の光が二人を包み込む。

「あなたと見る朝焼けが、私の王国です」

その言葉とともに、風が吹く。
氷の花びらが舞い、世界が輝き始める。

――氷の王女は、ついに春を迎えた。


---
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。 ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの? お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。 ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。 少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。 どうしてくれるのよ。 ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ! 腹立つわ〜。 舞台は独自の世界です。 ご都合主義です。 緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

完璧すぎると言われ婚約破棄された令嬢、冷徹公爵と白い結婚したら選ばれ続けました

鷹 綾
恋愛
「君は完璧すぎて、可愛げがない」  その理不尽な理由で、王都の名門令嬢エリーカは婚約を破棄された。  努力も実績も、すべてを否定された――はずだった。  だが彼女は、嘆かなかった。  なぜなら婚約破棄は、自由の始まりだったから。  行き場を失ったエリーカを迎え入れたのは、  “冷徹”と噂される隣国の公爵アンクレイブ。  条件はただ一つ――白い結婚。  感情を交えない、合理的な契約。  それが最善のはずだった。  しかし、エリーカの有能さは次第に国を変え、  彼女自身もまた「役割」ではなく「選択」で生きるようになる。  気づけば、冷徹だった公爵は彼女を誰よりも尊重し、  誰よりも守り、誰よりも――選び続けていた。  一方、彼女を捨てた元婚約者と王都は、  エリーカを失ったことで、静かに崩れていく。  婚約破棄ざまぁ×白い結婚×溺愛。  完璧すぎる令嬢が、“選ばれる側”から“選ぶ側”へ。  これは、復讐ではなく、  選ばれ続ける未来を手に入れた物語。 ---

ハーレム系ギャルゲの捨てられヒロインに転生しましたが、わたしだけを愛してくれる夫と共に元婚約者を見返してやります!

ゴルゴンゾーラ三国
恋愛
 ハーレム系ギャルゲー『シックス・パレット』の捨てられヒロインである侯爵令嬢、ベルメ・ルビロスに転生した主人公、ベルメ。転生したギャルゲーの主人公キャラである第一王子、アインアルドの第一夫人になるはずだったはずが、次々にヒロインが第一王子と結ばれて行き、夫人の順番がどんどん後ろになって、ついには婚約破棄されてしまう。  しかし、それは、一夫多妻制度が嫌なベルメによるための長期に渡る計画によるもの。  無事に望む通りに婚約破棄され、自由に生きようとした矢先、ベルメは元婚約者から、新たな婚約者候補をあてがわれてしまう。それは、社交も公務もしない、引きこもりの第八王子のオクトールだった。  『おさがり』と揶揄されるベルメと出自をアインアルドにけなされたオクトール、アインアルドに見下された二人は、アインアルドにやり返すことを決め、互いに手を取ることとなり――。 【この作品は、別名義で投稿していたものを改題・加筆修正したものになります。ご了承ください】 【この作品は『小説家になろう』『カクヨム』にも掲載しています】

『影の夫人とガラスの花嫁』

柴田はつみ
恋愛
公爵カルロスの後妻として嫁いだシャルロットは、 結婚初日から気づいていた。 夫は優しい。 礼儀正しく、決して冷たくはない。 けれど──どこか遠い。 夜会で向けられる微笑みの奥には、 亡き前妻エリザベラの影が静かに揺れていた。 社交界は囁く。 「公爵さまは、今も前妻を想っているのだわ」 「後妻は所詮、影の夫人よ」 その言葉に胸が痛む。 けれどシャルロットは自分に言い聞かせた。 ──これは政略婚。 愛を求めてはいけない、と。 そんなある日、彼女はカルロスの書斎で “あり得ない手紙”を見つけてしまう。 『愛しいカルロスへ。  私は必ずあなたのもとへ戻るわ。          エリザベラ』 ……前妻は、本当に死んだのだろうか? 噂、沈黙、誤解、そして夫の隠す真実。 揺れ動く心のまま、シャルロットは “ガラスの花嫁”のように繊細にひび割れていく。 しかし、前妻の影が完全に姿を現したとき、 カルロスの静かな愛がようやく溢れ出す。 「影なんて、最初からいない。  見ていたのは……ずっと君だけだった」 消えた指輪、隠された手紙、閉ざされた書庫── すべての謎が解けたとき、 影に怯えていた花嫁は光を手に入れる。 切なく、美しく、そして必ず幸せになる後妻ロマンス。 愛に触れたとき、ガラスは光へと変わる

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

処理中です...