氷の王女と影の騎士 ――誓いの逆転婚姻

しおしお

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第6章「幸福と静寂の果てに」

6-3 新たな命

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6-3 新たな命

春が過ぎ、王都の丘には初夏の風が吹いていた。
ラベンダーが紫に染まり、庭を渡る風に甘い香りが混じる。
ルナリエはその中に佇み、胸に手を当てて静かに息をついた。

「……命が、私の中に」

呟きは風に溶け、花々のざわめきに吸い込まれていった。
この世界にもう一つ、小さな灯が生まれようとしている。

オルヴィンにそれを告げたのは、夕暮れだった。
彼は日課の剣の手入れをしていたが、彼女の声を聞いた瞬間、動きを止めた。

「……ルナ?」
「ええ」
ルナリエは恥ずかしそうに微笑み、両手をお腹の上に置いた。
「あなたとの……子です」

オルヴィンの手から剣布が滑り落ち、床に静かに落ちた。
彼は一瞬言葉を失い、次の瞬間、深く膝をついた。

「……本当に……?」
「ええ、間違いありません」

彼の瞳に、ゆっくりと涙が滲む。
それは長年、冷たい戦場の風に晒されて乾ききっていた心から、
初めてこぼれた“温かい涙”だった。

「……氷の姫が、母になる日が来るとは……」
オルヴィンは微笑みながら、震える手で彼女の頬に触れた。
「ありがとう。俺に、生きる理由をくれたあなたが、
 今度は“命を与える存在”になるなんて……」

ルナリエも微笑み返す。
「この子は、あなたと私の願いの証です。
 この世界が、まだ優しさで満ちていることの証明……」

二人はそっと抱き合った。
窓の外には夕陽が沈み、空が茜色に染まっていく。
まるで、世界そのものが彼らを祝福しているようだった。

その夜、ルナリエはオルヴィンの胸に寄り添いながら、
穏やかな寝息を立てた。
外では、夜風に乗って鈴蘭の香りが流れ込む。

オルヴィンは眠る彼女の髪を指で梳きながら、
静かに囁いた。

「俺は、あなたの氷を溶かしたつもりでいたけど……
 本当は、あなたが俺の心を溶かしてくれたんだな」

ルナリエは眠ったまま、穏やかに微笑んだ。
その唇がかすかに動き、囁く。

「……氷は、陽だまりを知ったのです……」

オルヴィンの胸に温もりが満ちていく。
その温もりは、たった一人の女性の命から、
これから生まれる未来へと、静かに繋がっていった。

夜空に星が瞬く。
その中のひとつが、いつもより強く光って見えた。
まるで――生まれてくる命が、天から微笑んでいるかのように。


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