白い結婚は終わりました。――崩れない家を築くまで

しおしお

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第十二話 選ばれなかった助言

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第十二話 選ばれなかった助言

 侯爵家の朝は、いつもよりも静かでした。

 嵐の前の静けさ、というよりは――
 嵐が通り過ぎたあとの、不自然な沈黙。

 使用人たちは声を潜め、義母は応接室に閉じこもり、義弟は姿を見せない。

 私はいつも通り、庭園を一巡りいたしました。

 花は咲きます。
 水は流れます。
 整えれば応えてくれる。

 人は、そう単純ではございませんわね。

 午前中、アレクシスが執務室から私を呼びました。

 珍しいことです。

 扉を開けると、机の上には帳簿が広げられていました。

「見てくれ」

 彼は短く言います。

 私は一歩だけ近づきましたが、手は伸ばしません。

「現状は」

「三月以内に大きな支払いが二件。手持ちは不足している」

 彼の声には、昨日よりもはっきりとした焦りが滲んでいました。

「義弟の投資が失敗した」

 やはり。

「母は穴埋めできると思っていたらしい」

「根拠は」

「名」

 私は静かに目を伏せました。

 名は、万能ではない。

 信用があってこそ、意味を持つ。

「君なら、どうする」

 再び、その問い。

 助言を求める声。

 私はゆっくりと息を吐きました。

「干渉しない契約です」

 彼の指先が、帳簿の端を強く押さえました。

「私は、今、夫として頼んでいる」

「契約上は、白い結婚です」

 静かな拒絶。

 彼は立ち上がりました。

「君は本当に動かないのだな」

「選ばれなかっただけです」

「何を」

「助言です」

 彼は私を見つめました。

「選んだのは、干渉しないという形」

 私は続けます。

「助言は、干渉に含まれます」

 沈黙。

 彼は深く息を吐き、椅子に戻りました。

「……私は間違えたのか」

「約束を選んだだけです」

 それ以上は言いません。

 間違いかどうかは、結果が決める。

 午後、義母が私の部屋へ来ました。

 目の下に影がある。

「あなた、本当に何もしないの?」

「はい」

「この家は、あなたの家でもあるのよ」

「契約では、体裁を整えるのみと」

 義母は唇を震わせました。

「あなたは冷酷だわ」

「約束を守っているだけです」

 冷酷。

 その言葉は、少しも痛くない。

 夜、食卓は重苦しい空気に包まれていました。

 義弟が苛立ちを隠さず言います。

「義姉上は、最初から分かっていたのだろう」

「何をでしょう」

「投資が危険だと」

 私は視線を向けました。

「帳簿を拝見しておりました」

「ならば止めればよかった」

「干渉しない契約です」

 彼は拳を握りました。

「その契約を持ち出せば何でも許されると思うな」

「許してはおりません」

 私は穏やかに返します。

「ただ、止めていないだけです」

 アレクシスが低く言いました。

「やめろ」

 義弟は黙ります。

 沈黙の中で、ナイフと皿の音だけが響く。

 この家は今、助言を失った。

 選ばれなかった言葉は、存在しないのと同じ。

 夜更け。

 アレクシスが再び私の部屋を訪れました。

「……もし、契約を破ると言ったら」

 私は静かに彼を見上げました。

「なぜ、今さら」

「守るためだ」

 守る。

 その言葉が、わずかに胸を揺らす。

「守るなら、最初に干渉を拒まなければよろしかった」

 彼は目を閉じました。

「私は、自信があった」

「名に?」

「自分に」

 私は小さく頷きました。

「過信は、帳簿に残ります」

 彼は苦く笑いました。

「君は容赦がない」

「正確なだけです」

 彼は扉へ向かい、足を止めました。

「……君が隣にいると、私は弱さを突きつけられる」

「契約上、私は隣に立つだけです」

 干渉しない。

 助言しない。

 選ばれなかった言葉は、もう戻らない。

 屋敷の均衡は、ゆっくりと崩れている。

 それでも私は動かない。

 選ばれなかった助言は、もう与えられない。

 約束とは、そういうもの。

 そしてその重みが、今、確実に彼を追い詰め始めているのです。
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