14 / 38
第十四話 広がる波紋
しおりを挟む
第十四話 広がる波紋
公爵家との契約満了の知らせは、思いのほか早く社交界へと広がりました。
名門同士の取引は、たとえ詳細が伏せられていても匂いで分かるものです。
“更新されなかった”という事実だけで、十分な材料。
その日の午後、私のもとへ届いた招待状は一通だけでした。
先週までは五通あったものが。
「減りましたわね」
私は淡々と呟きます。
エミリアは心配そうに顔を曇らせました。
「奥様……」
「体裁は整えております」
それだけで十分。
夜会への参加も、寄付の名簿への記載も、礼状の返信も滞りなく行っている。
私の役目は果たしている。
夕刻、義母が苛立ちを隠さず部屋へ押しかけてきました。
「あなたのご実家の件、もう噂になっているわ!」
「そうでしょうね」
「どうして平然としていられるの」
「事実ですもの」
義母は唇を震わせます。
「この家の名が傷ついているのよ」
「傷をつけたのは、更新を失念した側です」
静かな一言。
義母は一瞬、何も言えなくなりました。
「あなたは……冷たい」
「契約を守っております」
それ以上でも、それ以下でもない。
夜、アレクシスが帰宅すると、玄関で数人の使用人が頭を下げました。
その動きに、以前ほどの確信がない。
わずかな迷い。
信頼は、空気のように存在し、そして薄くなる。
食卓は重苦しい沈黙に包まれていました。
「他家が、距離を取り始めている」
アレクシスが低く言います。
「当然ですわ」
私は答えました。
「信用が揺らげば、関係も揺らぐ」
「まだ崩れてはいない」
「ええ。まだ」
その“まだ”が、彼の胸に刺さる。
義弟が苛立ちを爆発させました。
「義姉上は、最初から分かっていたのだろう!」
「帳簿は拝見しておりました」
「ならば止めるべきだった!」
「干渉しない契約です」
義弟が立ち上がります。
「その契約が家を壊している!」
私は彼を見上げました。
「壊しているのは、無計画です」
沈黙。
アレクシスが静かに言います。
「座れ」
義弟は渋々腰を下ろしました。
夜更け、私は庭園を歩きました。
風が強い。
噴水の水が、わずかに乱れる。
後ろから足音。
「……君は、本当に動かないのだな」
アレクシスでした。
「動けば、契約違反です」
「私は、契約を見誤った」
「選択です」
彼はしばらく夜空を見上げました。
「家は、私一人では守れない」
「守る者が守るのです」
「君は守らないのか」
私は少しだけ考えました。
「体裁は守っております」
「それでは足りない」
「契約では十分です」
彼は苦笑しました。
「君は、私の弱さを容赦なく突きつける」
「弱さではなく、結果です」
静かなやり取り。
波紋は広がっている。
公爵家の支援停止は、最初の石。
その波は、商会、他家、使用人へと伝わる。
まだ家は立っている。
けれど、土台は揺らぎ始めている。
私は空を見上げました。
雲が流れている。
止めることはできる。
手を伸ばせば。
けれど私は伸ばさない。
干渉しない契約。
それは守られている。
そして波紋は、確実に広がっている。
止めないという選択が、静かに侯爵家を包み込んでいるのでした。
公爵家との契約満了の知らせは、思いのほか早く社交界へと広がりました。
名門同士の取引は、たとえ詳細が伏せられていても匂いで分かるものです。
“更新されなかった”という事実だけで、十分な材料。
その日の午後、私のもとへ届いた招待状は一通だけでした。
先週までは五通あったものが。
「減りましたわね」
私は淡々と呟きます。
エミリアは心配そうに顔を曇らせました。
「奥様……」
「体裁は整えております」
それだけで十分。
夜会への参加も、寄付の名簿への記載も、礼状の返信も滞りなく行っている。
私の役目は果たしている。
夕刻、義母が苛立ちを隠さず部屋へ押しかけてきました。
「あなたのご実家の件、もう噂になっているわ!」
「そうでしょうね」
「どうして平然としていられるの」
「事実ですもの」
義母は唇を震わせます。
「この家の名が傷ついているのよ」
「傷をつけたのは、更新を失念した側です」
静かな一言。
義母は一瞬、何も言えなくなりました。
「あなたは……冷たい」
「契約を守っております」
それ以上でも、それ以下でもない。
夜、アレクシスが帰宅すると、玄関で数人の使用人が頭を下げました。
その動きに、以前ほどの確信がない。
わずかな迷い。
信頼は、空気のように存在し、そして薄くなる。
食卓は重苦しい沈黙に包まれていました。
「他家が、距離を取り始めている」
アレクシスが低く言います。
「当然ですわ」
私は答えました。
「信用が揺らげば、関係も揺らぐ」
「まだ崩れてはいない」
「ええ。まだ」
その“まだ”が、彼の胸に刺さる。
義弟が苛立ちを爆発させました。
「義姉上は、最初から分かっていたのだろう!」
「帳簿は拝見しておりました」
「ならば止めるべきだった!」
「干渉しない契約です」
義弟が立ち上がります。
「その契約が家を壊している!」
私は彼を見上げました。
「壊しているのは、無計画です」
沈黙。
アレクシスが静かに言います。
「座れ」
義弟は渋々腰を下ろしました。
夜更け、私は庭園を歩きました。
風が強い。
噴水の水が、わずかに乱れる。
後ろから足音。
「……君は、本当に動かないのだな」
アレクシスでした。
「動けば、契約違反です」
「私は、契約を見誤った」
「選択です」
彼はしばらく夜空を見上げました。
「家は、私一人では守れない」
「守る者が守るのです」
「君は守らないのか」
私は少しだけ考えました。
「体裁は守っております」
「それでは足りない」
「契約では十分です」
彼は苦笑しました。
「君は、私の弱さを容赦なく突きつける」
「弱さではなく、結果です」
静かなやり取り。
波紋は広がっている。
公爵家の支援停止は、最初の石。
その波は、商会、他家、使用人へと伝わる。
まだ家は立っている。
けれど、土台は揺らぎ始めている。
私は空を見上げました。
雲が流れている。
止めることはできる。
手を伸ばせば。
けれど私は伸ばさない。
干渉しない契約。
それは守られている。
そして波紋は、確実に広がっている。
止めないという選択が、静かに侯爵家を包み込んでいるのでした。
0
あなたにおすすめの小説
白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします
鷹 綾
恋愛
「白い結婚」であることを理由に、夫から離縁を突きつけられた公爵夫人エリシア。
だが彼女は泣かなかった。
なぜなら――その結婚は、最初から“成立していなかった”から。
教会法に基づき婚姻無効を申請。持参金を全額回収し、彼女が選んだ新たな居場所は修道院だった。
それは逃避ではない。
男の支配から離れ、国家の外側に立つという戦略的選択。
やがて彼女は修道院長として、教育制度の整備、女性領主の育成、商業と医療の再編に関わり、王と王妃を外から支える存在となる。
王冠を欲さず、しかし王冠に影響を与える――白の領域。
一方、かつての夫は地位を失い、制度の中で静かに贖罪の道を歩む。
これは、愛を巡る物語ではない。
「選ばなかった未来」を守り続けた一人の女性の物語。
白は弱さではない。
白は、均衡を保つ力。
白い結婚から始まる、静かなリーガル・リベンジと国家再編の物語。
出て行けと言ったものの、本当に出て行かれるとは思っていなかった旦那様
睡蓮
恋愛
ジーク伯爵は、溺愛する自身の妹レイアと共謀する形で、婚約者であるユフィーナの事を追放することを決めた。ただその理由は、ユフィーナが婚約破棄を素直に受け入れることはないであろうと油断していたためだった。しかしユフィーナは二人の予想を裏切り、婚約破棄を受け入れるそぶりを見せる。予想外の行動をとられたことで焦りの色を隠せない二人は、ユフィーナを呼び戻すべく様々な手段を講じるのであったが…。
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
《完結》氷の侯爵令息 あなたが子供はいらないと言ったから
ヴァンドール
恋愛
氷の侯爵令息と言われたアラン。彼は結婚相手の伯爵令嬢にとにかく冷たい態度で接する。
彼女は義姉イライザから夫が子供はいらないと言ったと聞き、衝撃を受けるが気持ちを切り替え生きていく。
『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』
鷹 綾
恋愛
「お前のようなガキは嫌いだ」
幼く見える容姿を理由に、婚約者ライオネルから一方的に婚約を破棄された
公爵令嬢シルフィーネ・エルフィンベルク。
その夜、嫉妬に狂った伯爵令嬢に突き落とされ、
彼女は一年もの間、意識不明の重体に陥る――。
目を覚ました彼女は、大人びた美貌を手に入れていた。
だが、中身は何ひとつ変わっていない。
にもかかわらず、
かつて彼女を「幼すぎる」と切り捨てた元婚約者は態度を一変させ、
「やり直したい」とすり寄ってくる。
「見かけが変わっても、中身は同じです。
それでもあなたは、私の外見しか見ていなかったのですね?」
静かにそう告げ、シルフィーネは過去を見限る。
やがて彼女に興味を示したのは、
隣国ノルディアの王太子エドワルド。
彼が見ていたのは、美貌ではなく――
対話し、考え、異論を述べる彼女の“在り方”だった。
これは、
外見で価値を決められた令嬢が、
「選ばれる人生」をやめ、
自分の意思で未来を選び直す物語。
静かなざまぁと、
対等な関係から始まる大人の恋。
そして――
自分の人生を、自分の言葉で生きるための物語。
---
【完結】旦那は堂々と不倫行為をするようになったのですが離婚もさせてくれないので、王子とお父様を味方につけました
よどら文鳥
恋愛
ルーンブレイス国の国家予算に匹敵するほどの資産を持つハイマーネ家のソフィア令嬢は、サーヴィン=アウトロ男爵と恋愛結婚をした。
ソフィアは幸せな人生を送っていけると思っていたのだが、とある日サーヴィンの不倫行為が発覚した。それも一度や二度ではなかった。
ソフィアの気持ちは既に冷めていたため離婚を切り出すも、サーヴィンは立場を理由に認めようとしない。
更にサーヴィンは第二夫妻候補としてラランカという愛人を連れてくる。
再度離婚を申し立てようとするが、ソフィアの財閥と金だけを理由にして一向に離婚を認めようとしなかった。
ソフィアは家から飛び出しピンチになるが、救世主が現れる。
後に全ての成り行きを話し、ロミオ=ルーンブレイス第一王子を味方につけ、更にソフィアの父をも味方につけた。
ソフィアが想定していなかったほどの制裁が始まる。
婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!
みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。
幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、
いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。
そして――年末の舞踏会の夜。
「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」
エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、
王国の均衡は揺らぎ始める。
誇りを捨てず、誠実を貫く娘。
政の闇に挑む父。
陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。
そして――再び立ち上がる若き王女。
――沈黙は逃げではなく、力の証。
公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。
――荘厳で静謐な政略ロマンス。
(本作品は小説家になろう、カクヨムにも掲載中です)
新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました
ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」
政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。
妻カレンの反応は——
「それ、契約不履行ですよね?」
「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」
泣き落としは通じない。
そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。
逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。
これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる