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第十五話 初めての拒絶
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第十五話 初めての拒絶
公爵家との契約満了から五日。
侯爵家の空気は、はっきりと変わりました。
それはもう“揺らぎ”ではありません。
疑念。
不安。
そして――
警戒。
午前中、義母が私の部屋を訪れました。
以前のような高圧的な態度ではありません。けれど、まだプライドは保たれている。
「あなたのご実家に、直接お手紙を書こうと思うの」
「ご自由に」
私は書類から顔を上げずに答えました。
「侯爵家として、支援継続を願い出るのよ」
「理由は?」
義母の眉がぴくりと動く。
「名門同士の関係維持のため、とでも」
「財務状況の説明はなさらないのですか?」
沈黙。
「……そこまで必要かしら」
「契約は数字で成り立ちます」
私はゆっくりとペンを置きました。
「感情では更新されません」
義母の表情が硬くなる。
「あなたは味方なのか敵なのか分からないわ」
「干渉しない契約です」
その一言で、会話は終わる。
午後。
商会から正式な通知が届きました。
支払い遅延に伴う、取引条件の変更。
前払い。
担保。
期限短縮。
名門への“配慮”が消えた瞬間。
義弟が執務室で声を荒げました。
「前払いだと!? ふざけるな!」
「信用が落ちれば当然です」
私は淡々と告げました。
「義姉上は、どうして平気でいられる!」
「私は支払いを滞らせておりません」
彼の拳が机を叩く。
「止められただろう!」
「干渉しない契約です」
何度目でしょう、この言葉。
けれどその度に、重みは増している。
夕刻、アレクシスが私を呼びました。
執務室の空気は、冷えきっている。
「状況は想定より悪い」
「そうでしょうね」
「このままでは、年内に大きな整理が必要になる」
整理。
それは、切り捨て。
「……一つ、頼みがある」
彼の声は低く、慎重だった。
「何でしょう」
「君の実家の保証だけでも、取り付けられないか」
私は静かに彼を見つめました。
「保証とは」
「一時的な信用回復のためだ」
「財務状況は改善しておりません」
「それでも」
私は立ち上がりました。
「旦那様」
彼の名を、はっきりと呼ぶ。
「それは、借金の先送りです」
彼の表情が揺れる。
「私は――」
「干渉しない契約です」
その言葉を口にする瞬間、胸の奥がわずかに軋む。
彼は初めて、はっきりと悔しさを滲ませました。
「……君は、私を見捨てるのか」
「見捨ててはおりません」
「助けないだけか」
「約束を守っているだけです」
長い沈黙。
そして彼は、低く言いました。
「契約を、解除したいと言ったら?」
私は目を伏せました。
「理由は?」
「家を守るためだ」
「契約を破れば、次も破れます」
彼は目を閉じる。
「私は……誤ったのか」
「選択です」
私は柔らかく答えました。
「誤りかどうかは、結果が示します」
夜。
屋敷の灯りが、一つ消えました。
経費削減。
使用人の数も、整理の対象になるかもしれない。
廊下の先で、若い使用人が囁いていました。
「本当に大丈夫なの?」
「奥様が動けば……」
「動かないらしい」
私は足を止めません。
初めて、侯爵家が“拒絶”を受けた。
商会からの条件変更。
公爵家の更新停止。
他家の距離。
そして今――
私からの拒絶。
助けないという拒絶。
契約を守るという拒絶。
庭園に立ち、夜空を見上げました。
風が冷たい。
歯車は、確実にずれている。
けれどまだ、完全には崩れていない。
ここが分岐点。
それでも私は動かない。
干渉しない。
助けない。
選ばれなかった助言は、もう戻らない。
初めての拒絶が、侯爵家の未来を大きく揺らし始めているのです。
公爵家との契約満了から五日。
侯爵家の空気は、はっきりと変わりました。
それはもう“揺らぎ”ではありません。
疑念。
不安。
そして――
警戒。
午前中、義母が私の部屋を訪れました。
以前のような高圧的な態度ではありません。けれど、まだプライドは保たれている。
「あなたのご実家に、直接お手紙を書こうと思うの」
「ご自由に」
私は書類から顔を上げずに答えました。
「侯爵家として、支援継続を願い出るのよ」
「理由は?」
義母の眉がぴくりと動く。
「名門同士の関係維持のため、とでも」
「財務状況の説明はなさらないのですか?」
沈黙。
「……そこまで必要かしら」
「契約は数字で成り立ちます」
私はゆっくりとペンを置きました。
「感情では更新されません」
義母の表情が硬くなる。
「あなたは味方なのか敵なのか分からないわ」
「干渉しない契約です」
その一言で、会話は終わる。
午後。
商会から正式な通知が届きました。
支払い遅延に伴う、取引条件の変更。
前払い。
担保。
期限短縮。
名門への“配慮”が消えた瞬間。
義弟が執務室で声を荒げました。
「前払いだと!? ふざけるな!」
「信用が落ちれば当然です」
私は淡々と告げました。
「義姉上は、どうして平気でいられる!」
「私は支払いを滞らせておりません」
彼の拳が机を叩く。
「止められただろう!」
「干渉しない契約です」
何度目でしょう、この言葉。
けれどその度に、重みは増している。
夕刻、アレクシスが私を呼びました。
執務室の空気は、冷えきっている。
「状況は想定より悪い」
「そうでしょうね」
「このままでは、年内に大きな整理が必要になる」
整理。
それは、切り捨て。
「……一つ、頼みがある」
彼の声は低く、慎重だった。
「何でしょう」
「君の実家の保証だけでも、取り付けられないか」
私は静かに彼を見つめました。
「保証とは」
「一時的な信用回復のためだ」
「財務状況は改善しておりません」
「それでも」
私は立ち上がりました。
「旦那様」
彼の名を、はっきりと呼ぶ。
「それは、借金の先送りです」
彼の表情が揺れる。
「私は――」
「干渉しない契約です」
その言葉を口にする瞬間、胸の奥がわずかに軋む。
彼は初めて、はっきりと悔しさを滲ませました。
「……君は、私を見捨てるのか」
「見捨ててはおりません」
「助けないだけか」
「約束を守っているだけです」
長い沈黙。
そして彼は、低く言いました。
「契約を、解除したいと言ったら?」
私は目を伏せました。
「理由は?」
「家を守るためだ」
「契約を破れば、次も破れます」
彼は目を閉じる。
「私は……誤ったのか」
「選択です」
私は柔らかく答えました。
「誤りかどうかは、結果が示します」
夜。
屋敷の灯りが、一つ消えました。
経費削減。
使用人の数も、整理の対象になるかもしれない。
廊下の先で、若い使用人が囁いていました。
「本当に大丈夫なの?」
「奥様が動けば……」
「動かないらしい」
私は足を止めません。
初めて、侯爵家が“拒絶”を受けた。
商会からの条件変更。
公爵家の更新停止。
他家の距離。
そして今――
私からの拒絶。
助けないという拒絶。
契約を守るという拒絶。
庭園に立ち、夜空を見上げました。
風が冷たい。
歯車は、確実にずれている。
けれどまだ、完全には崩れていない。
ここが分岐点。
それでも私は動かない。
干渉しない。
助けない。
選ばれなかった助言は、もう戻らない。
初めての拒絶が、侯爵家の未来を大きく揺らし始めているのです。
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