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第十六話 切り捨てられる側
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第十六話 切り捨てられる側
その朝、執務室の前に、見慣れない緊張が漂っていました。
義母と義弟、そしてアレクシスが揃っている。
珍しいことです。
私は呼ばれておりませんでしたが、廊下を通り過ぎる際、自然と会話が耳に入りました。
「このままでは資金が回らない」
アレクシスの声。
「ならば、維持費の削減しかないわ」
義母の声は硬い。
「使用人を減らす。庭園管理を縮小する。馬も整理だ」
義弟が続けました。
ああ、そう来ましたか。
私は扉を軽く叩き、中へ入りました。
「失礼いたします」
三人の視線が向く。
「話は聞いていたのか」
アレクシスが問う。
「少し」
私は静かに室内を見渡しました。
「整理をなさるのですね」
「やむを得ない」
義母が言います。
「まずは無駄を削るのよ」
無駄。
その言葉に、私はほんのわずかに目を細めました。
「庭園管理は、外部との契約がございます」
「解約すればよい」
「違約金が発生いたします」
義弟が舌打ちをする。
「細かいことを」
「細かいことが、積み重なります」
私は淡々と告げました。
干渉はしない。
けれど事実は述べる。
「使用人の整理は」
アレクシスが口を開きます。
「優先順位をつける」
私は彼を見ました。
「誰を基準に」
「勤続年数と職務の重複」
合理的。
けれど――
「動揺が広がります」
「仕方がない」
私はそれ以上言いません。
干渉しない。
止めない。
昼過ぎ、数人の使用人が呼び出されました。
若い庭師。
古参の侍女。
馬番の少年。
廊下に漂う不安。
私は遠くから、その様子を見ていました。
「……奥様」
エミリアの声が震える。
「私も対象になるのでしょうか」
「分かりません」
私は正直に答えました。
嘘はつかない。
守るとも言わない。
彼女は唇を噛みました。
午後、屋敷の門から三人が出ていく姿を見送りました。
荷物は少ない。
顔は曇っている。
信用の崩れは、まず弱い部分から始まる。
夕刻、アレクシスが私の部屋へ来ました。
「決断した」
「存じております」
「これ以上は減らさない」
「そうですか」
「……君は何も言わないのか」
「干渉しない契約です」
彼は少し苛立ちを滲ませました。
「君は、この光景を見ても平気なのか」
私は窓の外を見ました。
去っていく背中。
「平気ではございません」
静かな本音。
「けれど、選ばれたのはこの形です」
彼は目を伏せました。
「私は守っているつもりだった」
「何を」
「家を」
私はゆっくりと首を振ります。
「守るとは、削ることではございません」
それ以上は言わない。
彼は沈黙し、やがて低く呟きました。
「私は、切り捨てているのか」
その問いに、私は答えません。
夜。
屋敷の灯りがさらに一つ消えました。
廊下が暗い。
足音が響く。
使用人たちの視線が、私に向けられる。
期待と、不安。
私はそれを受け止めるだけ。
助けない。
止めない。
干渉しない。
切り捨てられる側は、常に弱い。
けれど、選択をした側もまた、少しずつ削られていく。
侯爵家は今、外からではなく内側から痩せている。
私は窓辺に立ち、夜風を受けました。
ここで動けば、流れは変わる。
けれど私は動かない。
約束は守られている。
その代償もまた、確実に積み重なっている。
切り捨てられる側と、切り捨てる側。
その均衡が、静かに崩れ始めているのでした。
その朝、執務室の前に、見慣れない緊張が漂っていました。
義母と義弟、そしてアレクシスが揃っている。
珍しいことです。
私は呼ばれておりませんでしたが、廊下を通り過ぎる際、自然と会話が耳に入りました。
「このままでは資金が回らない」
アレクシスの声。
「ならば、維持費の削減しかないわ」
義母の声は硬い。
「使用人を減らす。庭園管理を縮小する。馬も整理だ」
義弟が続けました。
ああ、そう来ましたか。
私は扉を軽く叩き、中へ入りました。
「失礼いたします」
三人の視線が向く。
「話は聞いていたのか」
アレクシスが問う。
「少し」
私は静かに室内を見渡しました。
「整理をなさるのですね」
「やむを得ない」
義母が言います。
「まずは無駄を削るのよ」
無駄。
その言葉に、私はほんのわずかに目を細めました。
「庭園管理は、外部との契約がございます」
「解約すればよい」
「違約金が発生いたします」
義弟が舌打ちをする。
「細かいことを」
「細かいことが、積み重なります」
私は淡々と告げました。
干渉はしない。
けれど事実は述べる。
「使用人の整理は」
アレクシスが口を開きます。
「優先順位をつける」
私は彼を見ました。
「誰を基準に」
「勤続年数と職務の重複」
合理的。
けれど――
「動揺が広がります」
「仕方がない」
私はそれ以上言いません。
干渉しない。
止めない。
昼過ぎ、数人の使用人が呼び出されました。
若い庭師。
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馬番の少年。
廊下に漂う不安。
私は遠くから、その様子を見ていました。
「……奥様」
エミリアの声が震える。
「私も対象になるのでしょうか」
「分かりません」
私は正直に答えました。
嘘はつかない。
守るとも言わない。
彼女は唇を噛みました。
午後、屋敷の門から三人が出ていく姿を見送りました。
荷物は少ない。
顔は曇っている。
信用の崩れは、まず弱い部分から始まる。
夕刻、アレクシスが私の部屋へ来ました。
「決断した」
「存じております」
「これ以上は減らさない」
「そうですか」
「……君は何も言わないのか」
「干渉しない契約です」
彼は少し苛立ちを滲ませました。
「君は、この光景を見ても平気なのか」
私は窓の外を見ました。
去っていく背中。
「平気ではございません」
静かな本音。
「けれど、選ばれたのはこの形です」
彼は目を伏せました。
「私は守っているつもりだった」
「何を」
「家を」
私はゆっくりと首を振ります。
「守るとは、削ることではございません」
それ以上は言わない。
彼は沈黙し、やがて低く呟きました。
「私は、切り捨てているのか」
その問いに、私は答えません。
夜。
屋敷の灯りがさらに一つ消えました。
廊下が暗い。
足音が響く。
使用人たちの視線が、私に向けられる。
期待と、不安。
私はそれを受け止めるだけ。
助けない。
止めない。
干渉しない。
切り捨てられる側は、常に弱い。
けれど、選択をした側もまた、少しずつ削られていく。
侯爵家は今、外からではなく内側から痩せている。
私は窓辺に立ち、夜風を受けました。
ここで動けば、流れは変わる。
けれど私は動かない。
約束は守られている。
その代償もまた、確実に積み重なっている。
切り捨てられる側と、切り捨てる側。
その均衡が、静かに崩れ始めているのでした。
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