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第十七話 崩れた沈黙
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第十七話 崩れた沈黙
使用人の整理から三日。
屋敷の音が変わりました。
以前は、どこかで必ず人の気配があった。足音、笑い声、食器の触れ合う微かな響き。
今は違う。
静かすぎる。
静けさは、安心ではありません。
不安の形をしている。
朝食の席で、義母がぽつりと呟きました。
「紅茶がぬるいわ」
以前ならすぐに差し替えられたはず。
けれど今は人手が足りない。
「申し訳ございません」
若い侍女が頭を下げる。
義母は言葉を飲み込みました。
怒鳴る余裕がない。
削減は、目に見える形で影響を出し始めている。
私は静かにカップを置きました。
「温め直しますか?」
「……いえ、いいわ」
初めての諦め。
それは小さな音を立てて、沈黙の中に落ちました。
午前中、商会から再び使いが来ました。
今度は通知ではなく、確認。
担保の件。
期限短縮の件。
義弟が声を荒げました。
「これ以上条件を厳しくするのか!」
「信用回復が見えない以上、当然です」
冷静な返答。
私は応接室の隅で、ただ座っていました。
「奥様は何か?」
商会の男が私に視線を向ける。
「当主の決定に従います」
それだけ。
男は小さく頷き、書類を差し出した。
アレクシスの署名が必要。
彼は迷った末に、ペンを取る。
その動きが、以前より重い。
昼過ぎ。
屋敷の裏門で、小さな揉め事が起きました。
解雇された庭師が、未払い分の確認に来たのです。
「約束は守ると言われた!」
彼の声が震える。
「支払う。だが今は――」
義弟の言葉が濁る。
私は静かに近づきました。
「未払いは契約違反です」
全員の視線が集まる。
「優先順位をつけるべきです」
「今さら干渉するのか」
義弟が苛立つ。
「干渉ではありません。事実です」
私は庭師を見ました。
「支払い日は必ず書面で」
彼は戸惑いながらも頷く。
私はそれ以上何も言わない。
止めない。
助けない。
ただ、崩れないよう最低限の形を保つ。
夕刻、アレクシスが私の部屋に来ました。
「君は、あの場でなぜ口を出した」
「未払いは名に傷がつきます」
「干渉ではないのか」
「契約違反を正すのは、体裁の範囲です」
彼は苦く笑いました。
「君の線引きは厳しい」
「曖昧にすると崩れます」
彼は窓の外を見つめました。
「私は、どこで誤った」
「誤りではありません」
「では何だ」
「選択の積み重ねです」
沈黙。
彼は小さく呟きました。
「私は、家族を守れていない」
初めての自覚。
私は一歩だけ近づきました。
「守るとは、支えることです」
「君は支えない」
「契約です」
その言葉が、再び重く落ちる。
夜。
屋敷の廊下で、使用人たちの声が聞こえました。
「本当にこのまま持つのか」
「奥様は何もなさらない」
「何も、ではない」
誰かが小さく言う。
私は足を止めない。
崩れた沈黙は、もう戻らない。
怒鳴り声も減った。
代わりに、諦めが増えた。
それが最も危険。
信用は崩れ、支えは削られ、沈黙が広がる。
それでも私は動かない。
干渉しない。
助けない。
ただ、約束を守る。
けれど――
その沈黙の中で、確実に何かが変わり始めている。
崩れたのは屋敷だけではない。
彼の中の何かもまた、静かに揺らぎ始めているのでした。
使用人の整理から三日。
屋敷の音が変わりました。
以前は、どこかで必ず人の気配があった。足音、笑い声、食器の触れ合う微かな響き。
今は違う。
静かすぎる。
静けさは、安心ではありません。
不安の形をしている。
朝食の席で、義母がぽつりと呟きました。
「紅茶がぬるいわ」
以前ならすぐに差し替えられたはず。
けれど今は人手が足りない。
「申し訳ございません」
若い侍女が頭を下げる。
義母は言葉を飲み込みました。
怒鳴る余裕がない。
削減は、目に見える形で影響を出し始めている。
私は静かにカップを置きました。
「温め直しますか?」
「……いえ、いいわ」
初めての諦め。
それは小さな音を立てて、沈黙の中に落ちました。
午前中、商会から再び使いが来ました。
今度は通知ではなく、確認。
担保の件。
期限短縮の件。
義弟が声を荒げました。
「これ以上条件を厳しくするのか!」
「信用回復が見えない以上、当然です」
冷静な返答。
私は応接室の隅で、ただ座っていました。
「奥様は何か?」
商会の男が私に視線を向ける。
「当主の決定に従います」
それだけ。
男は小さく頷き、書類を差し出した。
アレクシスの署名が必要。
彼は迷った末に、ペンを取る。
その動きが、以前より重い。
昼過ぎ。
屋敷の裏門で、小さな揉め事が起きました。
解雇された庭師が、未払い分の確認に来たのです。
「約束は守ると言われた!」
彼の声が震える。
「支払う。だが今は――」
義弟の言葉が濁る。
私は静かに近づきました。
「未払いは契約違反です」
全員の視線が集まる。
「優先順位をつけるべきです」
「今さら干渉するのか」
義弟が苛立つ。
「干渉ではありません。事実です」
私は庭師を見ました。
「支払い日は必ず書面で」
彼は戸惑いながらも頷く。
私はそれ以上何も言わない。
止めない。
助けない。
ただ、崩れないよう最低限の形を保つ。
夕刻、アレクシスが私の部屋に来ました。
「君は、あの場でなぜ口を出した」
「未払いは名に傷がつきます」
「干渉ではないのか」
「契約違反を正すのは、体裁の範囲です」
彼は苦く笑いました。
「君の線引きは厳しい」
「曖昧にすると崩れます」
彼は窓の外を見つめました。
「私は、どこで誤った」
「誤りではありません」
「では何だ」
「選択の積み重ねです」
沈黙。
彼は小さく呟きました。
「私は、家族を守れていない」
初めての自覚。
私は一歩だけ近づきました。
「守るとは、支えることです」
「君は支えない」
「契約です」
その言葉が、再び重く落ちる。
夜。
屋敷の廊下で、使用人たちの声が聞こえました。
「本当にこのまま持つのか」
「奥様は何もなさらない」
「何も、ではない」
誰かが小さく言う。
私は足を止めない。
崩れた沈黙は、もう戻らない。
怒鳴り声も減った。
代わりに、諦めが増えた。
それが最も危険。
信用は崩れ、支えは削られ、沈黙が広がる。
それでも私は動かない。
干渉しない。
助けない。
ただ、約束を守る。
けれど――
その沈黙の中で、確実に何かが変わり始めている。
崩れたのは屋敷だけではない。
彼の中の何かもまた、静かに揺らぎ始めているのでした。
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