白い結婚は終わりました。――崩れない家を築くまで

しおしお

文字の大きさ
23 / 38

第二十五話 戻らないもの

しおりを挟む
第二十五話 戻らないもの

 再建の流れが定まり始めた頃、屋敷の空気には安定が戻っていました。

 けれど、それは以前のそれとは違う。

 華やかさはない。
 余裕もない。

 ただ、崩れない形。

 私は朝の庭園を歩きながら、整えられた芝を見つめました。

 新芽は出ている。

 けれど、踏み荒らされた跡は消えない。

 午後、商会の代表が正式に訪れました。

「支払い計画は順調ですね」

「ええ」

 アレクシスが落ち着いて応じる。

「短期契約の損失も確定し、追加はありません」

「評価します」

 代表は淡々と言った。

「ですが、以前の条件に戻すことはできません」

 義母が小さく息を呑む。

 代表は続ける。

「信用は積み直せますが、時間が必要です」

 それが現実。

 守れなかった一度は、消えない。

 応接室を出たあと、義母が私に向き直る。

「……戻らないのね」

「戻りません」

 私は静かに答える。

「以前と同じ形には」

 夜。

 アレクシスが帳簿を閉じた。

「ようやく安定した」

「ええ」

「だが、規模は縮んだ」

「身の丈です」

 彼は苦笑する。

「君は最初からそれを言いたかったのだろう」

「干渉しない契約です」

 それでも彼は、分かっているという顔をした。

 夕食の席で、義弟がぽつりと言う。

「俺の判断がなければ、損失はなかった」

 誰も否定しない。

 責める声もない。

 ただ、静かな事実。

「学んだか」

 アレクシスが問う。

「……ああ」

 その一言が、以前より重い。

 深夜。

 私は書斎で古い帳簿をめくっていた。

 高利契約の数字。

 未払いの記録。

 更新されなかった契約。

 すべて残っている。

 消えない。

 消せない。

 それでも、積み直した数字も並んでいる。

 屋敷の灯りは安定している。

 以前のように眩しくはない。

 けれど揺れない。

 翌朝。

 社交界からの招待が増えたわけではない。

 戻ったのは、最低限の交流。

 それで十分。

 名に頼らず、積み重ねる。

 それが今の侯爵家。

 庭園でアレクシスが言った。

「君は、私を見捨てなかった」

「見捨ててはおりません」

「助けもしなかった」

「契約です」

 彼は静かに頷く。

「それでも、戻らないものがある」

「ええ」

 私は空を見上げる。

「信用の一部。規模。条件」

「だが、残ったものもある」

「選び直す力です」

 彼はわずかに笑った。

 戻らないものは戻らない。

 失われた優位も、緩い条件も、過信も。

 けれど、崩壊はしなかった。

 それだけで十分。

 干渉しない契約は守られた。

 助けないという選択も守られた。

 その結果、彼は選び直した。

 侯爵家は以前と同じではない。

 けれど、より堅実になった。

 私は変わらず隣に立つ。

 約束は守られたまま。

 戻らないものを受け入れながら、家は新しい形で立ち続けるのです。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします

鷹 綾
恋愛
「白い結婚」であることを理由に、夫から離縁を突きつけられた公爵夫人エリシア。 だが彼女は泣かなかった。 なぜなら――その結婚は、最初から“成立していなかった”から。 教会法に基づき婚姻無効を申請。持参金を全額回収し、彼女が選んだ新たな居場所は修道院だった。 それは逃避ではない。 男の支配から離れ、国家の外側に立つという戦略的選択。 やがて彼女は修道院長として、教育制度の整備、女性領主の育成、商業と医療の再編に関わり、王と王妃を外から支える存在となる。 王冠を欲さず、しかし王冠に影響を与える――白の領域。 一方、かつての夫は地位を失い、制度の中で静かに贖罪の道を歩む。 これは、愛を巡る物語ではない。 「選ばなかった未来」を守り続けた一人の女性の物語。 白は弱さではない。 白は、均衡を保つ力。 白い結婚から始まる、静かなリーガル・リベンジと国家再編の物語。

出て行けと言ったものの、本当に出て行かれるとは思っていなかった旦那様

睡蓮
恋愛
ジーク伯爵は、溺愛する自身の妹レイアと共謀する形で、婚約者であるユフィーナの事を追放することを決めた。ただその理由は、ユフィーナが婚約破棄を素直に受け入れることはないであろうと油断していたためだった。しかしユフィーナは二人の予想を裏切り、婚約破棄を受け入れるそぶりを見せる。予想外の行動をとられたことで焦りの色を隠せない二人は、ユフィーナを呼び戻すべく様々な手段を講じるのであったが…。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

《完結》氷の侯爵令息 あなたが子供はいらないと言ったから

ヴァンドール
恋愛
氷の侯爵令息と言われたアラン。彼は結婚相手の伯爵令嬢にとにかく冷たい態度で接する。 彼女は義姉イライザから夫が子供はいらないと言ったと聞き、衝撃を受けるが気持ちを切り替え生きていく。

『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』

鷹 綾
恋愛
「お前のようなガキは嫌いだ」 幼く見える容姿を理由に、婚約者ライオネルから一方的に婚約を破棄された 公爵令嬢シルフィーネ・エルフィンベルク。 その夜、嫉妬に狂った伯爵令嬢に突き落とされ、 彼女は一年もの間、意識不明の重体に陥る――。 目を覚ました彼女は、大人びた美貌を手に入れていた。 だが、中身は何ひとつ変わっていない。 にもかかわらず、 かつて彼女を「幼すぎる」と切り捨てた元婚約者は態度を一変させ、 「やり直したい」とすり寄ってくる。 「見かけが変わっても、中身は同じです。 それでもあなたは、私の外見しか見ていなかったのですね?」 静かにそう告げ、シルフィーネは過去を見限る。 やがて彼女に興味を示したのは、 隣国ノルディアの王太子エドワルド。 彼が見ていたのは、美貌ではなく―― 対話し、考え、異論を述べる彼女の“在り方”だった。 これは、 外見で価値を決められた令嬢が、 「選ばれる人生」をやめ、 自分の意思で未来を選び直す物語。 静かなざまぁと、 対等な関係から始まる大人の恋。 そして―― 自分の人生を、自分の言葉で生きるための物語。 ---

【完結】旦那は堂々と不倫行為をするようになったのですが離婚もさせてくれないので、王子とお父様を味方につけました

よどら文鳥
恋愛
 ルーンブレイス国の国家予算に匹敵するほどの資産を持つハイマーネ家のソフィア令嬢は、サーヴィン=アウトロ男爵と恋愛結婚をした。  ソフィアは幸せな人生を送っていけると思っていたのだが、とある日サーヴィンの不倫行為が発覚した。それも一度や二度ではなかった。  ソフィアの気持ちは既に冷めていたため離婚を切り出すも、サーヴィンは立場を理由に認めようとしない。  更にサーヴィンは第二夫妻候補としてラランカという愛人を連れてくる。  再度離婚を申し立てようとするが、ソフィアの財閥と金だけを理由にして一向に離婚を認めようとしなかった。  ソフィアは家から飛び出しピンチになるが、救世主が現れる。  後に全ての成り行きを話し、ロミオ=ルーンブレイス第一王子を味方につけ、更にソフィアの父をも味方につけた。  ソフィアが想定していなかったほどの制裁が始まる。

婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!

みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。 幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、 いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。 そして――年末の舞踏会の夜。 「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」 エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、 王国の均衡は揺らぎ始める。 誇りを捨てず、誠実を貫く娘。 政の闇に挑む父。 陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。 そして――再び立ち上がる若き王女。 ――沈黙は逃げではなく、力の証。 公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。 ――荘厳で静謐な政略ロマンス。 (本作品は小説家になろう、カクヨムにも掲載中です)

新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました

ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」 政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。 妻カレンの反応は—— 「それ、契約不履行ですよね?」 「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」 泣き落としは通じない。 そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。 逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。 これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。

処理中です...