白い結婚は終わりました。――崩れない家を築くまで

しおしお

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第三十五話 甘さの代償

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第三十五話 甘さの代償

 白い結婚を終えた翌朝、屋敷の空気はわずかに変わっていました。

 壁はなくなった。
 逃げ道もない。

 それは安心でもあり、緊張でもある。

 午前、王宮から新たな依頼が届く。

 港湾再編の成功を受け、他領の物流再編にも助言してほしいという。

「名が広がるな」

 義弟が笑う。

 以前なら誇らしく受けたであろう依頼。

 だがアレクシスは、すぐに返事をしなかった。

「負担は」

 私が問う。

「大きい」

 彼は正直に答える。

 以前なら即断。
 今は確認。

「受けるなら、段階的に」

「規模を限定する」

 短い言葉のやり取り。

 干渉を拒まない契約はなくなったが、共有する姿勢は残っている。

 午後、庭園で義母が言った。

「あなたたち、穏やかね」

「穏やかでしょうか」

「ええ。以前はどこか張りつめていた」

 壁があったからだろう。

 夜。

 食卓で、義弟が軽い口調で言った。

「兄上、今なら拡張しても問題ないのでは」

 それは悪意ではない。

 成功の余韻。
 安心感。

 甘さ。

 アレクシスは静かに答える。

「甘さの代償を忘れたか」

 室内が静まる。

「我が家は回復途中だ」

「だが今は強い」

「強さは錯覚だ」

 彼の声は低く、揺れない。

「焦りで崩れた。
 今度は慢心で崩れる」

 私はその横顔を見る。

 変わった。

 翌日、王宮にて。

 物流再編案の会議。

 複数の貴族が、港湾成功を根拠に拡張を主張している。

「今こそ攻める時だ」

 熱を帯びた声。

 アレクシスはゆっくり立ち上がる。

「成功は慎重の結果だ」

 静かな声が広間に響く。

「慎重を捨てれば、同じ轍を踏む」

 ざわめきが収まる。

 私は一歩後ろから補足する。

「段階的再編。
 収支確認後に次段階へ」

 数字を示す。

 反論はない。

 会議後、ヴァレンティンが近づいた。

「侯爵様は、以前より厳しい」

「甘さの代償を払った」

 その言葉に、彼は何も言えなかった。

 屋敷へ戻る馬車の中。

「私は一瞬、拡張を考えた」

 アレクシスが呟く。

「当然です」

「だが、君の顔を見て思い出した」

「何を」

「慢心は、焦りと同じだ」

 私は静かに笑う。

「助言がなくとも、思い出せたはずです」

「いや」

 彼は首を振る。

「共有しているから思い出せた」

 夜。

 庭園の灯りは穏やかだ。

 白い結婚は終わった。
 壁はない。

 その代わり、互いの判断がより近くにある。

 甘さは、いつでも忍び込む。

 だが今の侯爵家は、気づける。

 選び直せる。

 ざまあは派手だった。

 だが、本当の強さはその後に問われる。

 甘さの代償を知った家は、もう簡単には揺れない。

 私は隣に立つ。

 契約はなくとも、共有は続く。

 侯爵家は、静かな強さを手に入れたのです。
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