政略結婚は義務だと言ったのに、一夜明けたら溺愛とか豹変しすぎでは?

しおしお

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王太子の“ざまぁ”制裁

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3-4 

 大広間に張り詰めた沈黙を破り、イシュタルはゆっくりと手袋を外した。
 白磁にも似た指先が月光を弾き、床に落ちたドレスの裂け布へ触れる。
 彼は裂け目をひと目だけ確認すると、すぐさま立ち上がった。

「王宮警邏隊長」
 呼ばれた騎士が金具の響きを揺らし、膝を折る。
「この布を保管し、縫い目の一本一本まで調べよ。意図的な切断かどうかを判定し、報告せよ」
「はっ!」
 布切れが封印袋に収められ、騎士は走り去る。
 イシュタルは続けて宰相席を向き、低く告げた。

「今宵ここに集った者の出入り記録をすべて提出させろ。侍従も給仕も例外なくだ」
「御意」
 宰相は蒼白になって頭を垂れる。
 誰もが固唾を飲む中、イシュタルは背筋を伸ばし、ゆっくりと会場を見渡した。

「本来、祝宴とは賓客を讃える場である。にもかかわらず我が妃に侮辱を加え、笑いものにした者がいる――」
 青い瞳が氷嵐のごとく光り、床の大理石を凍らせる勢いで言葉を続けた。
「王妃を貶める行為は王家への反逆と同義。今この場で、己が言動を恥じよ」

 客席のあちこちで小さな悲鳴と啜り泣きが起こる。
 イシュタルは手を挙げ騒ぎを制し、静かに宣言した。

「――明朝までにこの事件への関与を自白した者は、罪を減じる。だが沈黙を選ぶのなら、証拠が上がり次第“宮廷追放”をもって処断する」

 雷鳴めいた裁定が大広間を震わせた。
 その瞬間、レイナ・オルベリウスがか細い声で前に進み出る。
 ――が、彼女の唇は震えるばかりで言葉を紡がない。
 フェブラリーは扇子で裂け目を覆ったまま、静かに視線を向けた。
 レイナは蒼白の頬を紅潮させ、ついに絹のような声で――。

「わ、わたくしは……ただ、王妃殿下の装いが麗しくて、近くで拝見したく――」
「ならば裂く必要はなかったはずだ」
 イシュタルの一言が鋼鉄の杭のように突き刺さる。
 レイナは言葉を失い、取り巻きの令嬢たちが互いに顔を見合わせて後ずさる。

「侯爵令嬢レイナ・オルベリウス。おまえには宮廷への出入りを禁ずる。加えて、家門が預かる領内学寮への寄付金を王家財務に移管。罪状は“王妃侮辱”並びに“王宮儀礼妨害”だ」
「そ、そんな……!」
 レイナの悲鳴が高く弾ける。取り巻きの令嬢の一人がすすり泣きながら膝を折った。
 イシュタルはさらに厳しいまなざしで続ける。

「侮辱の場を笑いで煽った者、無責任な噂を流布した者、すべて翌朝までに名簿を提出せよ。従わぬ家は三年間、宮廷舞踏会への招待を停止する」

 凍りついた沈黙の中、フェブはそっと一礼した。
「殿下、ご英断をありがとうございます。しかし場を重くしすぎるのは――」
 イシュタルは振り向き、柔らかい笑みを浮かべる。
「君は歩みを止めなくていい。私は君の背後で嵐を鎮めるだけだ」
 低い声が静かに響き、フェブの胸を温かく撫でた。

 そのとき、縫製班の侍女が駆け寄り、小声で報告した。
「切り口が鋭く、絹の地の目に沿い綺麗に裂かれております。故意と疑うに足る痕跡でございます」
 イシュタルは首肯し、宰相へ向けて手を振る。
「所見を記し、今夜中に王宮記録へ。――さあ、楽団、曲を」
 指揮者が慌ててタクトを構え、弦が慎ましやかに奏で始めた。
 しかし客人たちは踊らず、ただ深々と頭を垂れる。
 フェブは裂けたドレスの裾を押さえながら、静かに歩み出た。
「殿下、続けましょう。祝宴の本義を汚さぬためにも」
 イシュタルは頷き、そっと彼女の手を取る。
 裂け目の隙から月光がこぼれ、二人の影が床に重なった。

* * *

 夜会後。
 王妃の私室で、侍女たちが裂けたドレスを丁寧にたたんでいる。
 フェブは暖炉の前で椅子に座り、深呼吸をひとつ。
 イシュタルは膝を折り、裂け目の縫い目を指でなぞんだ。
「意図的な悪意だったことは明らかだ」
「ええ。でも私は無事でしたし、侮辱も痛みも感じていません」
「君の強さを測り違えていた」
「いえ、殿下の御前で泣き崩れる王妃ではいたくないだけです」
 フェブが微笑むと、イシュタルはかすかに目を細め、ドレスから指を離した。

「今夜の制裁、厳しすぎたか?」
「いいえ。王家の威厳を示すのは殿下の職分。それに――」
 フェブはそっと手を伸ばし、イシュタルの頬へ触れた。
「私のために怒ってくださったのですもの。嬉しく思っています」
 その一言で、王太子の硬い表情が解ける。
 蒼氷の瞳に穏やかな揺らぎが宿り、彼はフェブの手を取って唇を落とした。

「……君は最高だ」
「殿下は……最高にお騒がせです」
「騒がせ続けてもいいか?」
「ええ。でも夜会はほどほどに。王宮の修復費が掛かりますから」
 フェブの軽口にイシュタルが笑い、そのまま額を重ねた。
 裂けたドレスは静かに暖炉の火に照らされ、銀糸がちらりときらめく。
 それは“真珠色の傷跡”――王妃が静かに耐えた証である。

 月灯りの中で二人の影が重なり、長い夜の帳が静かに降りた。
 明朝、王宮の掲示板には“宮廷追放”の布告書が貼り出され、レイナ侯爵令嬢とその一派は、王都を去る支度を余儀なくされる。
 ざまぁの鐘は鳴り響き、王妃の凛とした微笑みが王宮に深く刻み込まれた。

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