15 / 18
最後のざまぁ
しおりを挟む
4-2
翌朝、王都の空は透き通るように晴れわたった。
だが、王宮の中枢では冷たい粛清の風が吹き荒れている――昨日の評議会で王妃が正式内定した直後、イシュタルは“王太子勅書”を発布し、フェブラリーへの一連の嫌がらせを精査した特別委員会の報告を受け取っていた。
玉座補佐執務室。
書状の山を前にしたイシュタルの指先が、白紙へ鋭くサインを刻むたび、誰かの運命が確定していった。
宰相が淡々と読み上げた罪状は七件。ドレス裂き、香毒混入、鞍の抜きねじ、そして舞踏会の侮辱劇。
首謀者は――レイナ・オルベリウス侯爵令嬢と、その縁戚の三家。証拠となった決定的なメモは衣装係の控え室から見つかり、筆跡鑑定で本人のものと断定された。
「陛下〈まだ戴冠前だがそう呼ぶ者も増えた〉、処分案はこちらに」
宰相が差し出した結語は妥当で穏当。しかしイシュタルは受け取ることなく、別紙を示した。
「軽い。王家の威信を揺るがした。甘さは国を腐らせる」
そして新たな勅令案を自ら清書し、王印を押す。――“宮廷永久追放”“爵位剥奪の上、領地20%徴収”“国外の修道院への一代幽閉”。
宰相は血の気を失いながらも筆を取った。王の決断は絶対だ。
* * *
昼過ぎ、薔薇宮廷の円柱回廊に通告書が貼り出された。
白地に黒インク、王家印章の赤が目に焼きつく。
通行の女官が指で口を押え、若い近衛が目を丸くする。瞬く間に噂は王宮の隅々まで駆け抜け、午後の茶会はことごとく凍りついた。
「読んだ? 本当に剥奪ですって」
「オルベリウス家、あれほどの旧家が……」
「ざまぁとしか言いようがないわね。王妃殿下を侮辱した報いよ」
声を潜めて笑う者もいれば、明日は我が身と震える者もいる。
そのざわめきすら、フェブラリーの居室までは届かない。
彼女は執務机で慈善病院の資金配分表を見直しながら、侍女エリナの報告を聞いていた。
「――正式に追放が決まったようです」
「そう……」
フェブはペンを置き、窓外の青空を見上げた。
そこに浮かぶ雲は、真夏の入道雲ではなく、秋を先取りした綿の綻びのよう。
憐憫か? 否。彼女の胸を満たしたのは、凛とした静寂だった。
「自分で選んだ道の結果ね。……エリナ、席を外して」
「はい」
侍女が去ると、戸口が再び開き、イシュタルが入って来た。
「処分は布告した。君に確認を取らず進めてしまったが」
「いえ、殿下の判断に異議はありません」
フェブは立ち上がり、歩み寄る。
「ただ少し、気になることが」
「何だ?」
「レイナ令嬢は幼い頃から“王妃教育”を受けてきたと聞きました。夢を砕かれれば、恨みは骨髄に達するでしょう」
「心配いらない。国外修道院は軍港から二日分の航路、簡単には戻れぬ」
「ええ。でも……人は遠くにあっても呪いを飛ばします」
「君が呪詛を恐れるか」
「いいえ。呪いを生む絶望を、少しだけ哀れに思うのです」
イシュタルはフェブの肩を抱き寄せた。
「君の優しさは尊い。だが国を治めるには線を引かねば。君が光でありたいなら、私が闇を背負う」
「闇を背負えば、殿下が痛むでしょう」
「痛みは君に抱き締めてもらえば癒える」
王太子――いや、新王としての覚悟を瞳に宿す男に、フェブは深く頷いた。
彼女もまた、その覚悟を映す鏡でありたいと願う。
* * *
三日後、王都南門。
くすんだ緑の馬車が列をなし、オルベリウス家の家具や絵画が次々と積み込まれていく。
レイナは黒い外套フードを深く被り、馬車に乗り込む前に石畳を振り返った。
遠くにそびえる王城の尖塔が、夕陽を受けて煌めいている。
あの高みに立つはずだった――。
乾いた笑いが喉に絡み、涙にならないまま目尻を焦がした。
「私の座は……私の夢は……」
隣で父侯爵が呻く。
「愚か者め……王妃を敵に回すなど……」
「違う、敵にしたのは王太子よ」
「いや――愛だ、レイナ。愛を敵にしたのだ」
馬車の戸が閉じ、蹄音が石畳を離れていく。
その背後で、王城の鈴が鳴り、黄昏の風が旗をはためかせた。
誰もいない王都のメインストリートに、哀惜とざまぁが混ざった囁きが漂う。
――愛に敗れた者の退場。それは古今東西、最も劇的な幕切れだ。
* * *
同刻、王城の天文塔。
イシュタルとフェブは夕焼けを背に立ち、遠ざかる馬車の列を眺めていた。
金色に染まる雲の端が紫に変わり、夜の訪れを告げる。
「ざまぁは終わった。残るは戴冠と、君を正式に王妃と宣言することだ」
イシュタルの声に、フェブはそっと手を重ねた。
「殿下……いいえ、陛下」
「まだだ。君と共に戴冠を迎えねば、王冠は完成しない」
「では……その日まで、共に歩みましょう。もう誰も私たちを裂け目に落とせない」
「裂け目はもう塞いだ。後は頂へ登るだけだ」
ふたりは肩を並べ、燃える西空に目を細めた。
最後のざまぁは終局を迎え、王宮には新たな秩序が芽吹き始める。
薔薇の香りと血の匂いがようやく薄れ、代わりに澄み切った風が吹き込んだ。
――そしてその風は、王冠に最もふさわしい二人の上で、かすかなファンファーレを鳴らし始めていた。
翌朝、王都の空は透き通るように晴れわたった。
だが、王宮の中枢では冷たい粛清の風が吹き荒れている――昨日の評議会で王妃が正式内定した直後、イシュタルは“王太子勅書”を発布し、フェブラリーへの一連の嫌がらせを精査した特別委員会の報告を受け取っていた。
玉座補佐執務室。
書状の山を前にしたイシュタルの指先が、白紙へ鋭くサインを刻むたび、誰かの運命が確定していった。
宰相が淡々と読み上げた罪状は七件。ドレス裂き、香毒混入、鞍の抜きねじ、そして舞踏会の侮辱劇。
首謀者は――レイナ・オルベリウス侯爵令嬢と、その縁戚の三家。証拠となった決定的なメモは衣装係の控え室から見つかり、筆跡鑑定で本人のものと断定された。
「陛下〈まだ戴冠前だがそう呼ぶ者も増えた〉、処分案はこちらに」
宰相が差し出した結語は妥当で穏当。しかしイシュタルは受け取ることなく、別紙を示した。
「軽い。王家の威信を揺るがした。甘さは国を腐らせる」
そして新たな勅令案を自ら清書し、王印を押す。――“宮廷永久追放”“爵位剥奪の上、領地20%徴収”“国外の修道院への一代幽閉”。
宰相は血の気を失いながらも筆を取った。王の決断は絶対だ。
* * *
昼過ぎ、薔薇宮廷の円柱回廊に通告書が貼り出された。
白地に黒インク、王家印章の赤が目に焼きつく。
通行の女官が指で口を押え、若い近衛が目を丸くする。瞬く間に噂は王宮の隅々まで駆け抜け、午後の茶会はことごとく凍りついた。
「読んだ? 本当に剥奪ですって」
「オルベリウス家、あれほどの旧家が……」
「ざまぁとしか言いようがないわね。王妃殿下を侮辱した報いよ」
声を潜めて笑う者もいれば、明日は我が身と震える者もいる。
そのざわめきすら、フェブラリーの居室までは届かない。
彼女は執務机で慈善病院の資金配分表を見直しながら、侍女エリナの報告を聞いていた。
「――正式に追放が決まったようです」
「そう……」
フェブはペンを置き、窓外の青空を見上げた。
そこに浮かぶ雲は、真夏の入道雲ではなく、秋を先取りした綿の綻びのよう。
憐憫か? 否。彼女の胸を満たしたのは、凛とした静寂だった。
「自分で選んだ道の結果ね。……エリナ、席を外して」
「はい」
侍女が去ると、戸口が再び開き、イシュタルが入って来た。
「処分は布告した。君に確認を取らず進めてしまったが」
「いえ、殿下の判断に異議はありません」
フェブは立ち上がり、歩み寄る。
「ただ少し、気になることが」
「何だ?」
「レイナ令嬢は幼い頃から“王妃教育”を受けてきたと聞きました。夢を砕かれれば、恨みは骨髄に達するでしょう」
「心配いらない。国外修道院は軍港から二日分の航路、簡単には戻れぬ」
「ええ。でも……人は遠くにあっても呪いを飛ばします」
「君が呪詛を恐れるか」
「いいえ。呪いを生む絶望を、少しだけ哀れに思うのです」
イシュタルはフェブの肩を抱き寄せた。
「君の優しさは尊い。だが国を治めるには線を引かねば。君が光でありたいなら、私が闇を背負う」
「闇を背負えば、殿下が痛むでしょう」
「痛みは君に抱き締めてもらえば癒える」
王太子――いや、新王としての覚悟を瞳に宿す男に、フェブは深く頷いた。
彼女もまた、その覚悟を映す鏡でありたいと願う。
* * *
三日後、王都南門。
くすんだ緑の馬車が列をなし、オルベリウス家の家具や絵画が次々と積み込まれていく。
レイナは黒い外套フードを深く被り、馬車に乗り込む前に石畳を振り返った。
遠くにそびえる王城の尖塔が、夕陽を受けて煌めいている。
あの高みに立つはずだった――。
乾いた笑いが喉に絡み、涙にならないまま目尻を焦がした。
「私の座は……私の夢は……」
隣で父侯爵が呻く。
「愚か者め……王妃を敵に回すなど……」
「違う、敵にしたのは王太子よ」
「いや――愛だ、レイナ。愛を敵にしたのだ」
馬車の戸が閉じ、蹄音が石畳を離れていく。
その背後で、王城の鈴が鳴り、黄昏の風が旗をはためかせた。
誰もいない王都のメインストリートに、哀惜とざまぁが混ざった囁きが漂う。
――愛に敗れた者の退場。それは古今東西、最も劇的な幕切れだ。
* * *
同刻、王城の天文塔。
イシュタルとフェブは夕焼けを背に立ち、遠ざかる馬車の列を眺めていた。
金色に染まる雲の端が紫に変わり、夜の訪れを告げる。
「ざまぁは終わった。残るは戴冠と、君を正式に王妃と宣言することだ」
イシュタルの声に、フェブはそっと手を重ねた。
「殿下……いいえ、陛下」
「まだだ。君と共に戴冠を迎えねば、王冠は完成しない」
「では……その日まで、共に歩みましょう。もう誰も私たちを裂け目に落とせない」
「裂け目はもう塞いだ。後は頂へ登るだけだ」
ふたりは肩を並べ、燃える西空に目を細めた。
最後のざまぁは終局を迎え、王宮には新たな秩序が芽吹き始める。
薔薇の香りと血の匂いがようやく薄れ、代わりに澄み切った風が吹き込んだ。
――そしてその風は、王冠に最もふさわしい二人の上で、かすかなファンファーレを鳴らし始めていた。
78
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された夜、最強魔導師に「番」だと告げられました
有賀冬馬
恋愛
学院の祝宴で告げられた、無慈悲な婚約破棄。
魔力が弱い私には、価値がないという現実。
泣きながら逃げた先で、私は古代の遺跡に迷い込む。
そこで目覚めた彼は、私を見て言った。
「やっと見つけた。私の番よ」
彼の前でだけ、私の魔力は輝く。
奪われた尊厳、歪められた運命。
すべてを取り戻した先にあるのは……
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
婚約破棄された侯爵令嬢、帝国最強騎士に拾われて溺愛される
夜桜
恋愛
婚約者である元老院議員ディアベルに裏切られ、夜会で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢ルイン。
さらにバルコニーから突き落とされ、命を落としかけた彼女を救ったのは、帝国自由騎士であるジョイアだった。
目を覚ましたルインは、落下のショックで記憶を失っていた。
優しく寄り添い守ってくれるジョイアのもとで、失われた過去と本当の自分を探し始める。
一方、ルインが生きていると知ったディアベルと愛人セリエは、再び彼女を排除しようと暗躍する。
しかし、ルインの中に眠っていた錬金術師としての才能が覚醒し、ジョイアや父の助けを得て、裏切った元婚約者に立ち向かう力を取り戻していく。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
嫌われたと思って離れたのに
ラム猫
恋愛
私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。
距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。
私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―
喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。
そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。
二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。
最初は手紙も返ってきていたのに、
いつからか音信不通に。
あんなにうっとうしいほど構ってきた男が――
なぜ突然、私を無視するの?
不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、
突然ルイスが帰還した。
ボロボロの身体。
そして隣には――見知らぬ女。
勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、
私の中で何かが壊れた。
混乱、絶望、そして……再起。
すがりつく女は、みっともないだけ。
私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。
「私を簡単に捨てられるとでも?
――君が望んでも、離さない」
呪いを自ら解き放ち、
彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。
すれ違い、誤解、呪い、執着、
そして狂おしいほどの愛――
二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。
過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。
【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る
水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。
婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。
だが――
「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」
そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。
しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。
『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』
さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。
かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。
そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。
そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。
そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。
アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。
ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる