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再プロポーズと真実の愛
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4-3
戴冠式の前夜、王宮の最上層──月光庭園と呼ばれるバルコニーは、静けさを湛えていた。
大理石の手すりには夜来香が絡まり、白い花弁が満月を模した灯籠に照らされて輝く。遠くの街並みは祭りの準備で灯を点し、まるで海に浮かぶ群島のようだった。
イシュタルは深い蒼の軍礼服を纏い、手すりに片肘を置いて夜風を受けている。
足音を忍ばせて近づいたフェブラリーの気配を感じ、振り返ると、蒼氷の瞳がほんのり熱を宿した。
「遅くまで式の最終確認をしていたのでは?」
フェブは薄藤のショールを揺らしながら微笑む。
「殿下こそ。明日は長い一日になるのに、こんな夜更けまで……」
「君を待っていた」
短い答えに、胸が微かに跳ねた。イシュタルは手を差し伸べる。
フェブが指を重ねると、そのままそっと引き寄せられた。柔らかな香りが夜気に混じり、世界が静止する。
「今宵、どうしても君に伝えたいことがある」
イシュタルは低く息をつき、ポケットから小箱を取り出す。月光を浴びた銀の蓋が、星屑のようにきらめいた。
「政略の鎖で結んだ過去を、私は悔いている。だがあの夜がなければ、今の私はいなかった。……だからこそ、もう一度、いや“初めて”きちんと求婚させてほしい」
蓋が開く。そこに収まっていたのは、王家の宝石職人が一昼夜かけて磨いた透明なエメラルドの指輪。光を通せば虹を抱く希少石だ。
イシュタルが膝を折り、月光と灯籠の光が二人を円く包んだ。
「――今度は義務じゃない。私は君の心が欲しい。王としてではなく、一人の男として」
静寂が満ちた。庭園の夜来香が一斉に揺れ、甘い芳香が波となって流れる。
フェブは胸に手を当て、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「……欲しいと言われましても、すでに私の心は殿下に奪われた後です」
イシュタルの瞳が見開かれる。驚きと歓喜が混ざった光が、湖面に落ちた星のように瞬いた。
フェブは続ける。
「義務だと思って嫁いできた日の私は、空虚でした。でも殿下は氷の下にある泉を見つけ、私を満たしてくださいました。心は、とっくに殿下のものですわ」
イシュタルは指輪を手に立ち上がり、そっと彼女の左手を取った。
指輪がすべり、薬指にぴたりと収まる。冷たさは瞬く間に体温になじみ、脈動とともに輝きが増す。
「……返してもらう気はない」
掠れた囁き。次の瞬間、フェブを胸に抱き込む。
鼓動が重なり、夜風がショールをふわりと巻き上げた。
満月が雲間を抜け、二人の影を一つに重ねる。
「ありがとう。君が隣にいてくれるなら、どんな重責も恐れない」
「私も同じです。――ただし、時々は一人の時間をくださいね」
「承知した。それが君の願いなら、王冠より優先しよう」
フェブは笑い、彼の胸に頬を寄せた。銀糸で縫われた紋章がやわらかく肌を撫で、温もりが夜の静寂に溶け込む。
遠く、王都の中心に立つ時計塔が零時を告げた。
鐘声が十二回、月下の庭園に降り注ぐ。
イシュタルはそっと額に唇を落とした。
「明日の戴冠で私は王となる。だが“君の夫”としては、今この瞬間の方がずっと尊い」
「王妃として立つ日が来ても、私は私。殿下の隣で微笑む、その役目を愛し続けます」
夜来香の花弁が一枚、風に乗って舞い上がり、二人の間にひらひらと落ちた。
イシュタルの指がそれをすくい取り、フェブの髪にそっと挿す。
香りがふわりと広がり、月灯りが頬を染めた。
「さあ、そろそろ休もう。明日は早い」
「ええ。でも少しだけ、ここにいさせてください。月が綺麗ですわ」
「そうだな。……直視できないほど綺麗だ」
言葉の奥に隠された愛の告白を感じ、フェブは瞳を伏せた。
夜風がショールを揺らし、指輪のエメラルドが淡い緑光を散らす。
政略の義務で始まった二人の道は、今ようやく“真実の愛”という名の橋を渡り切ったのだ。
満月が天頂で輝きを極め、王宮全体を淡銀に染め上げる。
その光の下、未来の王と王妃は肩を寄せ合い、永遠よりも長い一瞬を静かに共有した。
戴冠式の前夜、王宮の最上層──月光庭園と呼ばれるバルコニーは、静けさを湛えていた。
大理石の手すりには夜来香が絡まり、白い花弁が満月を模した灯籠に照らされて輝く。遠くの街並みは祭りの準備で灯を点し、まるで海に浮かぶ群島のようだった。
イシュタルは深い蒼の軍礼服を纏い、手すりに片肘を置いて夜風を受けている。
足音を忍ばせて近づいたフェブラリーの気配を感じ、振り返ると、蒼氷の瞳がほんのり熱を宿した。
「遅くまで式の最終確認をしていたのでは?」
フェブは薄藤のショールを揺らしながら微笑む。
「殿下こそ。明日は長い一日になるのに、こんな夜更けまで……」
「君を待っていた」
短い答えに、胸が微かに跳ねた。イシュタルは手を差し伸べる。
フェブが指を重ねると、そのままそっと引き寄せられた。柔らかな香りが夜気に混じり、世界が静止する。
「今宵、どうしても君に伝えたいことがある」
イシュタルは低く息をつき、ポケットから小箱を取り出す。月光を浴びた銀の蓋が、星屑のようにきらめいた。
「政略の鎖で結んだ過去を、私は悔いている。だがあの夜がなければ、今の私はいなかった。……だからこそ、もう一度、いや“初めて”きちんと求婚させてほしい」
蓋が開く。そこに収まっていたのは、王家の宝石職人が一昼夜かけて磨いた透明なエメラルドの指輪。光を通せば虹を抱く希少石だ。
イシュタルが膝を折り、月光と灯籠の光が二人を円く包んだ。
「――今度は義務じゃない。私は君の心が欲しい。王としてではなく、一人の男として」
静寂が満ちた。庭園の夜来香が一斉に揺れ、甘い芳香が波となって流れる。
フェブは胸に手を当て、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「……欲しいと言われましても、すでに私の心は殿下に奪われた後です」
イシュタルの瞳が見開かれる。驚きと歓喜が混ざった光が、湖面に落ちた星のように瞬いた。
フェブは続ける。
「義務だと思って嫁いできた日の私は、空虚でした。でも殿下は氷の下にある泉を見つけ、私を満たしてくださいました。心は、とっくに殿下のものですわ」
イシュタルは指輪を手に立ち上がり、そっと彼女の左手を取った。
指輪がすべり、薬指にぴたりと収まる。冷たさは瞬く間に体温になじみ、脈動とともに輝きが増す。
「……返してもらう気はない」
掠れた囁き。次の瞬間、フェブを胸に抱き込む。
鼓動が重なり、夜風がショールをふわりと巻き上げた。
満月が雲間を抜け、二人の影を一つに重ねる。
「ありがとう。君が隣にいてくれるなら、どんな重責も恐れない」
「私も同じです。――ただし、時々は一人の時間をくださいね」
「承知した。それが君の願いなら、王冠より優先しよう」
フェブは笑い、彼の胸に頬を寄せた。銀糸で縫われた紋章がやわらかく肌を撫で、温もりが夜の静寂に溶け込む。
遠く、王都の中心に立つ時計塔が零時を告げた。
鐘声が十二回、月下の庭園に降り注ぐ。
イシュタルはそっと額に唇を落とした。
「明日の戴冠で私は王となる。だが“君の夫”としては、今この瞬間の方がずっと尊い」
「王妃として立つ日が来ても、私は私。殿下の隣で微笑む、その役目を愛し続けます」
夜来香の花弁が一枚、風に乗って舞い上がり、二人の間にひらひらと落ちた。
イシュタルの指がそれをすくい取り、フェブの髪にそっと挿す。
香りがふわりと広がり、月灯りが頬を染めた。
「さあ、そろそろ休もう。明日は早い」
「ええ。でも少しだけ、ここにいさせてください。月が綺麗ですわ」
「そうだな。……直視できないほど綺麗だ」
言葉の奥に隠された愛の告白を感じ、フェブは瞳を伏せた。
夜風がショールを揺らし、指輪のエメラルドが淡い緑光を散らす。
政略の義務で始まった二人の道は、今ようやく“真実の愛”という名の橋を渡り切ったのだ。
満月が天頂で輝きを極め、王宮全体を淡銀に染め上げる。
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