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第2章 見えない手の中で
セクション1:夜の残業
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セクション1:夜の残業
---
深夜、社内の照明はほとんど落ちていた。
コピー機のランプとモニターの光だけが、オフィスの隅をかすかに照らしている。
その光の中、ひとりキーボードを叩く女性の姿――野呂真子。
> カチャ、カチャ、カチャ……
指先は迷いがなく、リズムを刻むように動いている。
誰もいないフロアで、彼女だけが黙々と作業を続けていた。
「……これで、完了。」
保存ボタンを押すと、画面の右下に「処理が完了しました」の文字。
真子は小さく息を吐き、背もたれに体を預けた。
その瞬間――
背後から低い声が響いた。
「まだやってたのか。」
---
驚いて振り向くと、そこには第一営業部長・神宮寺啓介の姿があった。
スーツの上着を脱ぎ、腕にかけたまま、静かに真子のデスクへ歩み寄ってくる。
蛍光灯の淡い光が、彼の端正な横顔を浮かび上がらせた。
「し、神宮寺部長……!? お帰りになったと思っていました。」
「忘れ物を取りに来たら、明かりがついていてな。……君か。」
神宮寺は彼女のモニターに目を向ける。
そこには、今日提出予定だった営業データのグラフと統計資料が映っていた。
無駄のない構成、正確な数値、そして整然とした書式。
「……この資料、君が作ったのか?」
「はい。提出分のデータに少し不備があったので、修正しておきました。」
---
神宮寺は無言のまま、彼女の隣に立ってスクロールを続ける。
数式、補正率、誤差の範囲。
どこを見ても乱れがない。
「……手伝おうか。」
「い、いえ! もう終わりましたので……」
「終わった?」
神宮寺は画面を見たまま、眉をわずかに上げる。
「確かに……完成しているな。しかも、整いすぎている。」
真子は少し困ったように笑った。
「いろいろな方が同じデータを触っていたので、形式を統一しておきました。
見やすいほうが、皆さんの確認も早いと思いまして。」
---
神宮寺は腕を組み、静かに頷いた。
「……統一だけではないな。全体の流れが見えている。
このグラフの補正値――部単位でしか取れないものだ。どこで気づいた?」
「他の案件で似た傾向があったので、もしやと思って。
単価の変動と受注率をかけ合わせると、部全体の誤差が出やすいので……」
神宮寺は一瞬、言葉を失った。
真子の説明は、まるで分析専門部署のような精度だった。
---
「……驚いたな。」
「え?」
「正確で、しかも緻密だ。
数値の“理由”を理解して扱っている。単なる入力作業じゃない。」
真子は首を傾げる。
「私、ただ気づいたことを直しただけですけど……」
「“気づく”というのが、いちばん難しい。」
神宮寺の声は淡々としていたが、そこには明らかな感嘆があった。
彼は画面を閉じ、デスクの上の完成資料に目を落とす。
その表紙には、“作成:野呂真子”の文字。
「……君、第二営業部には惜しいな。」
その一言に、真子は息を呑んだ。
彼の瞳が、わずかに柔らかく笑ったように見えたのは、気のせいだったのだろうか。
---
神宮寺は腕時計を見て言った。
「もう日付が変わっている。帰りなさい。」
「はい……ありがとうございます。」
彼が去った後、静かなフロアに再び一人。
真子は小さく呟く。
> 「正確で、緻密……か。
でも、そんな言葉、初めて言われたな……」
蛍光灯の光の下、画面に映る自分の顔が、ほんの少しだけ誇らしげに笑っていた。
---
深夜、社内の照明はほとんど落ちていた。
コピー機のランプとモニターの光だけが、オフィスの隅をかすかに照らしている。
その光の中、ひとりキーボードを叩く女性の姿――野呂真子。
> カチャ、カチャ、カチャ……
指先は迷いがなく、リズムを刻むように動いている。
誰もいないフロアで、彼女だけが黙々と作業を続けていた。
「……これで、完了。」
保存ボタンを押すと、画面の右下に「処理が完了しました」の文字。
真子は小さく息を吐き、背もたれに体を預けた。
その瞬間――
背後から低い声が響いた。
「まだやってたのか。」
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驚いて振り向くと、そこには第一営業部長・神宮寺啓介の姿があった。
スーツの上着を脱ぎ、腕にかけたまま、静かに真子のデスクへ歩み寄ってくる。
蛍光灯の淡い光が、彼の端正な横顔を浮かび上がらせた。
「し、神宮寺部長……!? お帰りになったと思っていました。」
「忘れ物を取りに来たら、明かりがついていてな。……君か。」
神宮寺は彼女のモニターに目を向ける。
そこには、今日提出予定だった営業データのグラフと統計資料が映っていた。
無駄のない構成、正確な数値、そして整然とした書式。
「……この資料、君が作ったのか?」
「はい。提出分のデータに少し不備があったので、修正しておきました。」
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神宮寺は無言のまま、彼女の隣に立ってスクロールを続ける。
数式、補正率、誤差の範囲。
どこを見ても乱れがない。
「……手伝おうか。」
「い、いえ! もう終わりましたので……」
「終わった?」
神宮寺は画面を見たまま、眉をわずかに上げる。
「確かに……完成しているな。しかも、整いすぎている。」
真子は少し困ったように笑った。
「いろいろな方が同じデータを触っていたので、形式を統一しておきました。
見やすいほうが、皆さんの確認も早いと思いまして。」
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神宮寺は腕を組み、静かに頷いた。
「……統一だけではないな。全体の流れが見えている。
このグラフの補正値――部単位でしか取れないものだ。どこで気づいた?」
「他の案件で似た傾向があったので、もしやと思って。
単価の変動と受注率をかけ合わせると、部全体の誤差が出やすいので……」
神宮寺は一瞬、言葉を失った。
真子の説明は、まるで分析専門部署のような精度だった。
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「……驚いたな。」
「え?」
「正確で、しかも緻密だ。
数値の“理由”を理解して扱っている。単なる入力作業じゃない。」
真子は首を傾げる。
「私、ただ気づいたことを直しただけですけど……」
「“気づく”というのが、いちばん難しい。」
神宮寺の声は淡々としていたが、そこには明らかな感嘆があった。
彼は画面を閉じ、デスクの上の完成資料に目を落とす。
その表紙には、“作成:野呂真子”の文字。
「……君、第二営業部には惜しいな。」
その一言に、真子は息を呑んだ。
彼の瞳が、わずかに柔らかく笑ったように見えたのは、気のせいだったのだろうか。
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神宮寺は腕時計を見て言った。
「もう日付が変わっている。帰りなさい。」
「はい……ありがとうございます。」
彼が去った後、静かなフロアに再び一人。
真子は小さく呟く。
> 「正確で、緻密……か。
でも、そんな言葉、初めて言われたな……」
蛍光灯の光の下、画面に映る自分の顔が、ほんの少しだけ誇らしげに笑っていた。
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