完璧すぎる侍女は追い出された――そう思っていたのは、私だけでした』あ

しおしお

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第8話 届かぬ助言

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第8話 届かぬ助言

 不具合は、もはや「気のせい」で片づけられる段階を過ぎていた。

「……この案件、なぜ今になって浮上するの?」

 ニーヴァ・ラーダは、机に置かれた報告書を見下ろし、低く呟いた。
 本来なら、数日前に処理されているはずの内容だ。

「担当の女官が、通達を受け取っていなかったようで……」

 恐る恐る答える声に、ニーヴァは顔を上げた。

「受け取っていない?
 そんなこと、今まで――」

 言いかけて、言葉が止まる。

 今まで、という言葉が、ひどく曖昧に感じられた。
 今まで“誰が”補っていたのかを、
 彼女は意識的に考えないようにしていたのだ。

「……仕方ありません。こちらで対応なさい」

 そう命じながらも、
 胸の奥に小さな焦りが広がっていく。

 午後。
 後宮に出入りする商人の一人が、控えめに申し出た。

「恐れながら……最近、手続きに少々お時間がかかっておりまして」

「遅延ですって?」

 ニーヴァは即座に否定する。

「そんなはずはありません。
 手順は以前と変えていないのですから」

 だが、商人は言葉を選びながら続けた。

「……以前は、事前に調整が済んでおりました。
 こちらが申し出る前に、必要書類が揃っておりまして」

 ニーヴァは、黙って商人を見送った。

 以前。
 事前。
 申し出る前に。

 その言葉が、胸に引っかかる。

 夜。
 執務を終えたニーヴァは、自室で一人、考え込んでいた。

 人員は足りている。
 命令も出している。
 それでも、回らない。

「……助言が、必要?」

 その考えが浮かんだ瞬間、
 彼女は即座に首を振った。

 まさか。
 自分が、あの娘に。

 だが――
 問題は、放置できない。

 翌日。
 ニーヴァは、間接的な形で動いた。

 使者を通し、
 ドマニ侯爵邸へ、形式ばった問い合わせを送る。

 ――最近の実務整理について、参考になる点があれば教示願いたい。

 建前は、情報共有。
 本音は、糸口探し。

 返答は、思いのほか早かった。

 だが、そこに記されていた名は――
 クラウザー・ドマニ侯爵、ただ一人。

 補佐官の名は、どこにもない。

「……当然、ですわね」

 ニーヴァは、唇を噛んだ。

 功績は、常に主のもの。
 補佐は、表に出ない。

 だが、それでも。
 何かが、決定的に欠けているという感覚は消えなかった。

 一方、ドマニ侯爵邸。

「後宮から、問い合わせが来ている」

 クラウザーは、書簡を置きながら言った。

「内容は?」

「一般論だ。
 具体的な助言を求めているわけではない」

 シェルビーは、少し考え、静かに答えた。

「では、対応は不要かと存じます。
 こちらの運用を説明しても、
 後宮の体制に合うとは限りません」

「……冷たいな」

 そう言いながら、クラウザーの声に不満はなかった。

「現場が違えば、正解も違います」

 淡々とした言葉。

 クラウザーは、短く頷いた。

「その通りだ」

 そして、はっきりと告げる。

「後宮の事情に、深入りするつもりはない」

 それは、彼自身の判断であり、
 同時に――
 彼女を守る選択でもあった。

 返されなかった助言。
 届かなかった手。

 後宮の歯車は、
 この日を境に、
 さらに静かに、しかし確実に狂い始めていた。
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