一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

第25話 廊下が真っ白事件と、怒れるナターシャ

　その日の王宮は、朝からざわついていた。

　原因は――もちろん、ナターシャである。

　彼女が新しい魔術式の調整をしていたところ、ほんの少し集中が途切れ……結果。

「……なんで、廊下が……雪原みたいになってるのよ……？」

　ナターシャは額に手をあてて深いため息をついた。
　廊下一面、床から壁まで真っ白に染まり、粉雪のような魔力がふわふわ漂っている。

　そこへ、例の朗らかすぎる少女がやってくる。

「わぁ～……清潔感があるわねぇ～！」

「褒めてない！！　絶対褒めてないわよね今！！？」

　シャーリーはキラキラした目で廊下を見つめている。
　ナターシャのツッコミなど、春風のようにすり抜けていった。

「だって、ほら見て？　このキラキラした白……まるで新築の王宮みたいよ？」

「新築でも廊下はこうはならないわよ！！」

　ナターシャが頭を抱えていると、巡回の騎士が走ってきた。

「ナ、ナターシャ様ッ、これは一体……!?」

「あら、違うのよ。ちょっと魔術が……こう、ドカーンと……」

「『ドカーン』って言ったわね！？」

　シャーリーがなぜか感動して拍手する。

「ナターシャって、爆発魔術もできるのねぇ！」

「爆発させたくてしたわけじゃないのよ！！
　私の繊細な魔術制御を冒涜しないで！！」

　粉雪はしんしんと降りつづけ、廊下はますます白くなっていく。

　騎士たちが掃除を始めると、シャーリーが鼻歌まじりに言った。

「でもね、なんだか気持ちが明るくなるわ。ほら、光ってて綺麗じゃない？」

「……」

　ナターシャは言い返そうとして――やめた。

　たしかに、粉雪はほんのり光を帯びていて、見る者の心を落ち着かせる作用がある。
　それは、ナターシャが無意識に混ぜてしまった“癒しの魔術式”だ。

「……まあ、迷惑かけたけど、害はないし……」

「すごいわよ、ナターシャ。廊下が輝いてるの！」

「ちょっとは反省を促す言葉とかはないの!?」

　しかしシャーリーの笑顔を見ると、怒りも少しだけ薄れた。

　そのとき、雪の粒がシャーリーの髪にふわりと落ち、淡く光った。

「わぁ……綺麗……」

　彼女が無邪気にそうつぶやいた瞬間、ナターシャは心のどこかがくすぐったくなる。

「……もういいわ。掃除を手伝うから、あなたもやりなさいよね」

「は～い♪」

　シャーリーはにこにこしながら、なぜかモップを逆さに持った。

「シャーリー、逆。モップはそっちじゃなくて――」

　ごんっ。

「痛っ！　ナターシャ、これ難しいわねぇ……！」

「なんで頭を打ったの!?　どうやったらそう使えるのよ!?」

　王宮の日常は、今日も容赦なく賑やかだった。


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