3 / 32
第三話 静かな帰還
しおりを挟む
第三話 静かな帰還
王立学園の卒業舞踏会から五日後。
王都の貴族街にあるノクティス公爵邸は、いつもと変わらぬ静けさに包まれていた。
広い庭園では春の薔薇が咲き始め、屋敷の窓からは柔らかな光が差し込んでいる。
だが屋敷の内部では、静かに、しかし確実に何かが動いていた。
執務室の机の上には、いくつもの書類が並んでいる。
その椅子に座っているのは――
ルシエラ・ノクティス。
黒いドレスに身を包んだ公爵令嬢は、ペンを走らせながら淡々と書類に目を通していた。
「お嬢様」
執事グラハムが一歩前に出る。
「ご指示通り、王宮関連の契約をすべて整理いたしました」
ルシエラは顔を上げないまま答える。
「そう」
グラハムは書類を机に置いた。
「軍補給契約、終了」
「港湾輸送契約、終了」
「王都銀行融資、終了」
淡々とした報告。
だがその内容は、王国の根幹を揺るがすものだった。
ルシエラはようやく顔を上げる。
「問題は?」
「ございません」
グラハムは迷いなく答える。
「すべて契約期間満了による終了です」
ルシエラは小さく頷いた。
「そう」
そこへ、扉が勢いよく開いた。
「お嬢様!」
メイドのリーゼが飛び込んできた。
頬を赤くして息を切らしている。
「王都が大騒ぎです!」
ルシエラは穏やかに微笑んだ。
「そうでしょうね」
リーゼは机の前まで来る。
「軍の補給が止まったとか、商会が撤退したとか……」
そして不安そうに言った。
「大丈夫なんでしょうか」
ルシエラは少し考え、静かに答えた。
「問題ありません」
リーゼは目をぱちぱちさせる。
「え?」
ルシエラは窓の外を見た。
春の風が庭の木々を揺らしている。
「私たちは契約を終了しただけです」
「違法ではありません」
グラハムも頷く。
「その通りでございます」
リーゼはまだ少し不安そうだった。
「でも……王家は怒るんじゃ」
ルシエラは淡々と言った。
「怒るでしょう」
「ですが、それは私の責任ではありません」
リーゼは言葉を失う。
そのとき、グラハムが静かに言った。
「王都から使者が来ております」
ルシエラは振り向く。
「誰?」
「王太子殿下の使者でございます」
リーゼが小さく声を上げる。
「もう来たんですか!?」
ルシエラは少しだけ笑った。
「早いですね」
グラハムが続ける。
「どうなさいますか」
ルシエラは一瞬だけ考えた。
そして答える。
「帰っていただいて」
リーゼが驚く。
「え!?」
「会わないんですか?」
ルシエラは穏やかに言った。
「会う理由がありません」
グラハムは深く頭を下げる。
「かしこまりました」
執事が部屋を出ていく。
リーゼはまだ驚いた顔をしていた。
「本当にいいんですか」
ルシエラは机の書類を整える。
「ええ」
「私はもう王太子の婚約者ではありません」
リーゼはぽつりと言った。
「なんだか……あっさりしてますね」
ルシエラは少し考えてから答えた。
「そうかもしれません」
そして静かに続ける。
「でも、これでいいのです」
窓の外の空を見上げる。
「私は自由になりましたから」
リーゼはその言葉を聞いて、少しだけ笑った。
「そうですね」
「お嬢様、ずっと忙しそうでしたもんね」
グラハムが戻ってくる。
「使者は帰りました」
ルシエラは頷いた。
「ありがとう」
執事は少しだけ微笑んだ。
「王太子殿下は、すぐに次の使者を送るでしょう」
ルシエラは静かに言う。
「でしょうね」
リーゼが聞く。
「どうするんですか」
ルシエラは書類を閉じた。
そして言った。
「王都を離れます」
リーゼの目が丸くなる。
「え?」
グラハムは驚かなかった。
「領地でございますか」
ルシエラは頷く。
「ええ」
「しばらく静かに暮らしたいのです」
リーゼはぱっと顔を明るくした。
「それいいですね!」
「王都はうるさいですし!」
グラハムは静かに言う。
「準備いたします」
ルシエラは立ち上がる。
窓の外では、風が木々を揺らしていた。
そのとき。
王宮では――
エドガルド王太子が苛立った声を上げていた。
「なぜ帰した!」
使者が頭を下げる。
「ノクティス公爵令嬢はお会いにならないと……」
エドガルドは机を叩いた。
「ふざけるな!」
「俺は王太子だぞ!」
だが。
その怒りの声を聞いても、誰も動かなかった。
王宮の空気は、すでに変わり始めていたからだ。
そして翌朝。
王都では、さらに大きな事件が起きる。
王国最大の商会。
ノクティス商会が――
王都から完全撤退を発表した。
その知らせは、王国中を震わせることになる。
王立学園の卒業舞踏会から五日後。
王都の貴族街にあるノクティス公爵邸は、いつもと変わらぬ静けさに包まれていた。
広い庭園では春の薔薇が咲き始め、屋敷の窓からは柔らかな光が差し込んでいる。
だが屋敷の内部では、静かに、しかし確実に何かが動いていた。
執務室の机の上には、いくつもの書類が並んでいる。
その椅子に座っているのは――
ルシエラ・ノクティス。
黒いドレスに身を包んだ公爵令嬢は、ペンを走らせながら淡々と書類に目を通していた。
「お嬢様」
執事グラハムが一歩前に出る。
「ご指示通り、王宮関連の契約をすべて整理いたしました」
ルシエラは顔を上げないまま答える。
「そう」
グラハムは書類を机に置いた。
「軍補給契約、終了」
「港湾輸送契約、終了」
「王都銀行融資、終了」
淡々とした報告。
だがその内容は、王国の根幹を揺るがすものだった。
ルシエラはようやく顔を上げる。
「問題は?」
「ございません」
グラハムは迷いなく答える。
「すべて契約期間満了による終了です」
ルシエラは小さく頷いた。
「そう」
そこへ、扉が勢いよく開いた。
「お嬢様!」
メイドのリーゼが飛び込んできた。
頬を赤くして息を切らしている。
「王都が大騒ぎです!」
ルシエラは穏やかに微笑んだ。
「そうでしょうね」
リーゼは机の前まで来る。
「軍の補給が止まったとか、商会が撤退したとか……」
そして不安そうに言った。
「大丈夫なんでしょうか」
ルシエラは少し考え、静かに答えた。
「問題ありません」
リーゼは目をぱちぱちさせる。
「え?」
ルシエラは窓の外を見た。
春の風が庭の木々を揺らしている。
「私たちは契約を終了しただけです」
「違法ではありません」
グラハムも頷く。
「その通りでございます」
リーゼはまだ少し不安そうだった。
「でも……王家は怒るんじゃ」
ルシエラは淡々と言った。
「怒るでしょう」
「ですが、それは私の責任ではありません」
リーゼは言葉を失う。
そのとき、グラハムが静かに言った。
「王都から使者が来ております」
ルシエラは振り向く。
「誰?」
「王太子殿下の使者でございます」
リーゼが小さく声を上げる。
「もう来たんですか!?」
ルシエラは少しだけ笑った。
「早いですね」
グラハムが続ける。
「どうなさいますか」
ルシエラは一瞬だけ考えた。
そして答える。
「帰っていただいて」
リーゼが驚く。
「え!?」
「会わないんですか?」
ルシエラは穏やかに言った。
「会う理由がありません」
グラハムは深く頭を下げる。
「かしこまりました」
執事が部屋を出ていく。
リーゼはまだ驚いた顔をしていた。
「本当にいいんですか」
ルシエラは机の書類を整える。
「ええ」
「私はもう王太子の婚約者ではありません」
リーゼはぽつりと言った。
「なんだか……あっさりしてますね」
ルシエラは少し考えてから答えた。
「そうかもしれません」
そして静かに続ける。
「でも、これでいいのです」
窓の外の空を見上げる。
「私は自由になりましたから」
リーゼはその言葉を聞いて、少しだけ笑った。
「そうですね」
「お嬢様、ずっと忙しそうでしたもんね」
グラハムが戻ってくる。
「使者は帰りました」
ルシエラは頷いた。
「ありがとう」
執事は少しだけ微笑んだ。
「王太子殿下は、すぐに次の使者を送るでしょう」
ルシエラは静かに言う。
「でしょうね」
リーゼが聞く。
「どうするんですか」
ルシエラは書類を閉じた。
そして言った。
「王都を離れます」
リーゼの目が丸くなる。
「え?」
グラハムは驚かなかった。
「領地でございますか」
ルシエラは頷く。
「ええ」
「しばらく静かに暮らしたいのです」
リーゼはぱっと顔を明るくした。
「それいいですね!」
「王都はうるさいですし!」
グラハムは静かに言う。
「準備いたします」
ルシエラは立ち上がる。
窓の外では、風が木々を揺らしていた。
そのとき。
王宮では――
エドガルド王太子が苛立った声を上げていた。
「なぜ帰した!」
使者が頭を下げる。
「ノクティス公爵令嬢はお会いにならないと……」
エドガルドは机を叩いた。
「ふざけるな!」
「俺は王太子だぞ!」
だが。
その怒りの声を聞いても、誰も動かなかった。
王宮の空気は、すでに変わり始めていたからだ。
そして翌朝。
王都では、さらに大きな事件が起きる。
王国最大の商会。
ノクティス商会が――
王都から完全撤退を発表した。
その知らせは、王国中を震わせることになる。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
【完結】英雄様、婚約破棄なさるなら我々もこれにて失礼いたします。
紺
ファンタジー
「婚約者であるニーナと誓いの破棄を望みます。あの女は何もせずのうのうと暮らしていた役立たずだ」
実力主義者のホリックは魔王討伐戦を終結させた褒美として国王に直談判する。どうやら戦争中も優雅に暮らしていたニーナを嫌っており、しかも戦地で出会った聖女との結婚を望んでいた。英雄となった自分に酔いしれる彼の元に、それまで苦楽を共にした仲間たちが寄ってきて……
「「「ならば我々も失礼させてもらいましょう」」」
信頼していた部下たちは唐突にホリックの元を去っていった。
微ざまぁあり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる