『婚約破棄された公爵令嬢ですが、王国を救ったので新しい王太子に求婚されました

しおしお

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第四話 王都撤退

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第四話 王都撤退

翌朝。

王都の中心にある商人ギルドの建物の前には、朝から人が集まっていた。

普段は落ち着いた場所だが、この日は様子が違う。

商人たちがざわめきながら掲示板を見上げている。

「……本当なのか?」

「まさか」

「全部撤退?」

掲示板には、正式な告知が貼られていた。

――ノクティス商会、王都支店の営業を終了する。

――本日をもって全取引を停止する。

短い文章だった。

だがその意味は、あまりにも大きかった。

「終わりだ……」

誰かが呟く。

ノクティス商会は王都最大の商会だった。

穀物、織物、香料、鉄、木材。

王都に流れる商品の多くは、この商会を通っていた。

その商会が、突然いなくなる。

商人の一人が頭を抱える。

「うちの契約は全部ノクティス経由だぞ……」

「港の荷もそうだ」

「銀行もだ!」

ざわめきは次第に広がっていった。

そしてその情報は、瞬く間に王宮へ届く。

王城、執務室。

「……何だと?」

国王グレゴリウスは報告書を見つめていた。

財務官が震える声で言う。

「ノクティス商会が王都から完全撤退しました」

「理由は」

「契約満了による営業終了としか……」

国王はゆっくりと目を閉じた。

「……そうか」

重い沈黙。

そのときだった。

扉が勢いよく開く。

「父上!」

王太子エドガルドが入ってきた。

その顔には怒りが浮かんでいる。

「ノクティス商会が撤退したと聞きました!」

国王はゆっくりと顔を上げる。

「その通りだ」

エドガルドは机に手をついた。

「なぜ止めないのです!」

「止められるものなら止めている」

静かな声だった。

だがその言葉には、冷たい現実が含まれていた。

エドガルドは苛立つ。

「命令すればいい!」

「王家に従わせればいいでしょう!」

財務官が小さく声を出す。

「それは……」

国王が手を上げて止めた。

そして言う。

「できん」

エドガルドが顔を歪める。

「なぜです」

「彼らは王家の臣下ではない」

国王は静かに続けた。

「ノクティス家は王国の公爵家だ」

「商会は彼らの私財で運営されている」

「王家に従う義務はない」

エドガルドは歯を食いしばる。

「ですが……!」

そのとき、さらに報告が入った。

執事が慌てて入ってくる。

「陛下!」

「何だ」

「港湾組合から連絡です」

国王が目を細める。

「言え」

「南港の貨物船がすべて出港しました」

財務官が驚く。

「すべて?」

「はい」

執事は続けた。

「行き先はアルヴァーン領だそうです」

部屋の空気が変わった。

国王がゆっくりと呟く。

「アルヴァーン……」

それは王国北方の辺境伯領の名前だった。

軍務官が言う。

「ローデリック・アルヴァーン」

「辺境伯です」

国王は椅子に深く座る。

「……なるほど」

エドガルドが苛立つ。

「何がなるほどです!」

国王は静かに言った。

「ノクティス商会は王都を捨てた」

「そして新しい拠点を作る」

「場所はアルヴァーン領だ」

エドガルドは目を見開く。

「そんな……」

商務官が青ざめた顔で言う。

「王都の商人も動き始めています」

「すでに十の商会が移転を検討しています」

財務官が言う。

「銀行資金も動いています」

「このままでは……」

誰もその先を言えなかった。

王都の経済が崩れる。

その可能性が現実になり始めていた。

エドガルドは拳を握る。

「ルシエラがやったのか」

国王は首を振った。

「違う」

「彼女は何もしていない」

「ただ契約を終わらせただけだ」

エドガルドは苛立った。

「そんなわけない!」

そのとき、商務官が小さく言う。

「ですが……」

「ノクティス公爵令嬢は昨日、王都を離れたそうです」

部屋が静まり返る。

国王が聞く。

「どこへ」

「ノクティス公爵領へ」

エドガルドは言葉を失った。

王太子の顔に初めて焦りが浮かぶ。

「……逃げたのか」

国王は静かに言った。

「違う」

「見捨てられたのだ」

その言葉が、重く部屋に落ちる。

王都ではその頃。

多くの商人が馬車を走らせていた。

行き先は北。

アルヴァーン領。

そしてその道を、静かに進む一台の馬車があった。

黒い紋章。

ノクティス公爵家の馬車だ。

その中で、ルシエラは静かに本を読んでいた。

メイドのリーゼが外を見ながら言う。

「王都、かなり大騒ぎみたいですよ」

ルシエラはページをめくる。

「そう」

「お嬢様は平気なんですか?」

リーゼが聞く。

ルシエラは微笑んだ。

「ええ」

そして静かに言う。

「私はただ、静かに暮らしたいだけですから」

だが彼女はまだ知らない。

この旅の途中で――

王国最強の男と出会うことになる。

ローデリック・アルヴァーン。

辺境伯と呼ばれる男との出会いが。

彼女の人生を、大きく変えることになる。
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