『婚約破棄された公爵令嬢ですが、王国を救ったので新しい王太子に求婚されました

しおしお

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第五話 辺境伯ローデリック

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第五話 辺境伯ローデリック

王都を離れて三日。

ノクティス公爵家の馬車は、北へと続く街道を進んでいた。

王都の整備された石畳とは違い、道は次第に荒れ始めている。周囲の景色も変わり、広い草原と森が続いていた。

馬車の窓からその景色を眺めながら、メイドのリーゼは思わず声を上げる。

「広いですねぇ……!」

ルシエラは本を閉じ、外へ目を向けた。

遠くの丘には城壁のような山が連なり、その向こうには濃い森が広がっている。

王都とはまったく違う景色だった。

「ここから先はアルヴァーン領です」

御者台からグラハムの落ち着いた声が聞こえた。

リーゼは窓から顔を出しそうな勢いで身を乗り出す。

「ここが辺境ですか!」

「思ったより……すごいですね!」

グラハムは小さく笑う。

「王国でも最も広い領地の一つですから」

リーゼが振り返る。

「お嬢様、辺境伯様ってどんな方なんですか?」

ルシエラは少し考えた。

「さあ」

「会ったことはありません」

リーゼは驚く。

「え?」

「でも有名ですよ?」

グラハムが補足する。

「ローデリック・アルヴァーン辺境伯」

「王国最強の将軍とも言われております」

リーゼが目を丸くする。

「そんなすごい人なんですか!?」

グラハムは頷いた。

「北方戦争で王国を救った英雄です」

「ただし……」

リーゼが首を傾げる。

「ただし?」

グラハムは少し間を置いて言った。

「非常に気難しい人物とも聞きます」

リーゼが困った顔をする。

「怖い人だったらどうしましょう……」

ルシエラは小さく笑った。

「別に会いに行くわけではありません」

「領地を通るだけです」

リーゼはほっとしたように頷く。

「それもそうですね」

そのときだった。

馬車が急に止まった。

「どうしたの?」

リーゼが顔を出す。

グラハムの声が聞こえた。

「……騎士団です」

街道の先に、騎士たちが立っていた。

銀色の鎧。

黒い旗。

アルヴァーン家の紋章だ。

その中央に、一人の男が立っている。

背の高い青年だった。

黒い外套を羽織り、剣を腰に下げている。

風に揺れる灰色の髪。

鋭い目。

ただ立っているだけなのに、周囲の空気が張り詰めている。

リーゼが小声で言う。

「……怖そう」

その男が馬車へ歩いてきた。

騎士たちは一歩後ろに下がる。

まるで当然のように。

男は馬車の前で止まった。

「ノクティス家の馬車か」

低い声だった。

グラハムが丁寧に頭を下げる。

「はい」

「ノクティス公爵令嬢でございます」

男は少しだけ眉を動かした。

「……そうか」

そして言った。

「降りてもらえるか」

グラハムが振り返る。

「お嬢様」

ルシエラは静かに頷いた。

馬車の扉が開く。

リーゼが慌てて手を差し出す。

ルシエラはゆっくりと馬車を降りた。

風がドレスの裾を揺らす。

男の目がわずかに細くなった。

「あなたがルシエラ・ノクティスか」

ルシエラは優雅に礼をする。

「はい」

「あなたは?」

男は短く答えた。

「ローデリック・アルヴァーン」

リーゼが小さく声を上げる。

「えっ」

グラハムは驚かなかった。

深く頭を下げる。

「辺境伯閣下」

ローデリックはルシエラを見つめていた。

その視線は冷たいが、どこか興味を含んでいる。

「王都は今、大騒ぎらしいな」

ルシエラは落ち着いた声で答えた。

「そう聞いております」

ローデリックは少しだけ笑った。

「あなたが原因だ」

ルシエラは否定もしない。

「契約を終わらせただけです」

「王国が騒ぐ理由はありません」

ローデリックは一瞬黙った。

そして言う。

「面白い女だ」

リーゼがびくっとする。

だがルシエラは変わらない。

ローデリックは続けた。

「商人たちがこちらへ来ている」

「港も商会も」

「全部ノクティス系列だ」

ルシエラは静かに言う。

「そうでしょうね」

ローデリックの目が細くなる。

「計算していたのか」

「いいえ」

ルシエラは首を振る。

「私はただ静かに暮らしたいだけです」

ローデリックは数秒、彼女を見ていた。

そして突然言った。

「嘘だな」

リーゼが固まる。

だがローデリックは続けた。

「そんな人間が王国経済を半分握れるはずがない」

ルシエラは少しだけ微笑んだ。

「過大評価です」

ローデリックは短く笑った。

「いや」

「むしろ過小評価だ」

そして騎士たちに言う。

「道を開けろ」

騎士たちがすぐに動く。

街道が開いた。

ローデリックはルシエラを見た。

「この先はアルヴァーン領だ」

「何かあれば俺の城へ来い」

リーゼが驚く。

「え」

だがルシエラは落ち着いていた。

「ありがとうございます」

ローデリックは馬に乗る。

そして去り際に言った。

「王太子は愚かだ」

風が外套を揺らす。

「王国一の宝を捨てた」

その言葉を残し、騎士団は去っていった。

リーゼはしばらく口を開けたままだった。

「……すごい人ですね」

グラハムは静かに言う。

「王国最強の男です」

ルシエラは遠ざかる騎士団を見ていた。

その表情は、少しだけ興味を含んでいた。

この出会いが。

彼女の未来を大きく変えることになるとは。

まだ誰も知らなかった。
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