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第九話 王妃の疑念
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第九話 王妃の疑念
王城の奥深く――王妃宮。
白い大理石で作られた静かな廊下を、侍女たちが静かに行き交っていた。王城の中でも、この場所は特別に落ち着いた空気が流れている。
王妃マルグリットは、窓辺に立って庭園を眺めていた。
春の花が咲き始め、噴水の水音が静かに響いている。
その背後で侍女が報告を終えた。
「……以上が、本日の王都の状況でございます」
王妃はゆっくりと振り返る。
「商人連盟まで移転したのですか」
「はい」
侍女は少し困ったように言った。
「王都の商会は半分以上が動いているとのことです」
マルグリットは静かに椅子へ座った。
その顔に驚きはなかった。
むしろ、どこか納得しているようだった。
「そう」
侍女は恐る恐る聞いた。
「王妃様……」
「本当にルシエラ様が悪女だったのでしょうか」
部屋が静かになる。
マルグリットはしばらく何も言わなかった。
そして小さく微笑む。
「私は最初から疑っていました」
侍女が顔を上げる。
「え?」
王妃は静かに言う。
「ルシエラは、あのような愚かなことをする娘ではありません」
侍女は驚く。
「ご存じだったのですか」
マルグリットは頷いた。
「何度も会っています」
「王太子妃教育も受けさせていました」
彼女は窓の外を見る。
「冷静で、誠実で、賢い子でした」
侍女が小さく言う。
「では……」
王妃は続けた。
「だからこそ」
「舞踏会の話を聞いたとき、信じられなかった」
そのとき、扉がノックされた。
「王妃様」
侍従が入ってくる。
「国王陛下がお呼びです」
マルグリットは静かに立ち上がった。
「分かりました」
王城、執務室。
国王グレゴリウスは机の前に立っていた。
マルグリットが入ると、王は言う。
「来たか」
王妃は椅子に座る。
「商人の件でしょう」
王は頷いた。
「そうだ」
机の上には大量の報告書。
商会移転。
資金流出。
港閉鎖。
どれも王都にとって致命的なものだった。
王妃は一枚の書類を手に取る。
「……アルヴァーン領」
国王は言った。
「すべてそこへ向かっている」
王妃はゆっくり息を吐く。
「ローデリック辺境伯ですか」
「いや」
国王は首を振った。
「理由は別だ」
王妃は分かっていた。
「ルシエラですね」
王は頷く。
部屋が静まり返る。
王妃は小さく呟いた。
「やはり……」
国王が聞く。
「やはり?」
マルグリットは静かに言った。
「彼女は信用されている」
王は苦い顔をする。
「王国一と言っていい」
王妃は書類を見つめる。
「商人は嘘をつかない」
「利益を追うからです」
そして顔を上げる。
「つまり」
「彼女は嘘をつく人間ではない」
国王は腕を組む。
「同感だ」
しばらく沈黙が流れた。
やがて王妃が言う。
「エドガルドを呼びましょう」
国王は頷いた。
しばらくして、王太子が執務室に入る。
「父上、母上」
エドガルドは少し不機嫌そうだった。
マルグリットはまっすぐ息子を見る。
「エドガルド」
「ルシエラの件について聞きたいことがあります」
王太子は眉をひそめる。
「何でしょう」
王妃は静かに言った。
「彼女がヴィオレッタを虐げていた証拠は?」
エドガルドは言葉に詰まった。
「……それは」
「ヴィオレッタが言っていました」
王妃は表情を変えない。
「それだけ?」
エドガルドは苛立つ。
「被害者の証言です!」
王妃は静かに続ける。
「では」
「他の証人は?」
エドガルドは黙った。
王妃はさらに聞く。
「教師は?」
「侍女は?」
「学生は?」
エドガルドの顔が少し青くなる。
「……調べていません」
王妃はゆっくりと言った。
「つまり」
「あなたは一人の証言だけで婚約を破棄したのですね」
エドガルドは言葉を失う。
国王が低く言った。
「愚か者」
王妃はため息をついた。
「調査をしましょう」
エドガルドが顔を上げる。
「何を」
王妃ははっきり言った。
「真実です」
部屋が静まり返る。
王妃は続けた。
「もしルシエラが無実なら」
「王家はとんでもない過ちを犯したことになります」
その言葉は重かった。
エドガルドの胸がざわつく。
その頃。
アルヴァーン領の港町では。
ローデリックとルシエラが並んで港を見ていた。
船が次々と入港する。
倉庫が埋まり、市場が賑わう。
ローデリックは腕を組んだ。
「すごいな」
ルシエラは首を傾げる。
「何がですか」
ローデリックは言った。
「王都を崩した女が」
「今度は街を作っている」
ルシエラは静かに微笑んだ。
「私は何もしていません」
ローデリックは少し笑う。
「そういうところだ」
そして遠くを見る。
「王都は今頃、大騒ぎだろう」
だが。
その混乱は、まだ始まったばかりだった。
王宮では、ついに――
真実を調べる命令が出されようとしていた。
王城の奥深く――王妃宮。
白い大理石で作られた静かな廊下を、侍女たちが静かに行き交っていた。王城の中でも、この場所は特別に落ち着いた空気が流れている。
王妃マルグリットは、窓辺に立って庭園を眺めていた。
春の花が咲き始め、噴水の水音が静かに響いている。
その背後で侍女が報告を終えた。
「……以上が、本日の王都の状況でございます」
王妃はゆっくりと振り返る。
「商人連盟まで移転したのですか」
「はい」
侍女は少し困ったように言った。
「王都の商会は半分以上が動いているとのことです」
マルグリットは静かに椅子へ座った。
その顔に驚きはなかった。
むしろ、どこか納得しているようだった。
「そう」
侍女は恐る恐る聞いた。
「王妃様……」
「本当にルシエラ様が悪女だったのでしょうか」
部屋が静かになる。
マルグリットはしばらく何も言わなかった。
そして小さく微笑む。
「私は最初から疑っていました」
侍女が顔を上げる。
「え?」
王妃は静かに言う。
「ルシエラは、あのような愚かなことをする娘ではありません」
侍女は驚く。
「ご存じだったのですか」
マルグリットは頷いた。
「何度も会っています」
「王太子妃教育も受けさせていました」
彼女は窓の外を見る。
「冷静で、誠実で、賢い子でした」
侍女が小さく言う。
「では……」
王妃は続けた。
「だからこそ」
「舞踏会の話を聞いたとき、信じられなかった」
そのとき、扉がノックされた。
「王妃様」
侍従が入ってくる。
「国王陛下がお呼びです」
マルグリットは静かに立ち上がった。
「分かりました」
王城、執務室。
国王グレゴリウスは机の前に立っていた。
マルグリットが入ると、王は言う。
「来たか」
王妃は椅子に座る。
「商人の件でしょう」
王は頷いた。
「そうだ」
机の上には大量の報告書。
商会移転。
資金流出。
港閉鎖。
どれも王都にとって致命的なものだった。
王妃は一枚の書類を手に取る。
「……アルヴァーン領」
国王は言った。
「すべてそこへ向かっている」
王妃はゆっくり息を吐く。
「ローデリック辺境伯ですか」
「いや」
国王は首を振った。
「理由は別だ」
王妃は分かっていた。
「ルシエラですね」
王は頷く。
部屋が静まり返る。
王妃は小さく呟いた。
「やはり……」
国王が聞く。
「やはり?」
マルグリットは静かに言った。
「彼女は信用されている」
王は苦い顔をする。
「王国一と言っていい」
王妃は書類を見つめる。
「商人は嘘をつかない」
「利益を追うからです」
そして顔を上げる。
「つまり」
「彼女は嘘をつく人間ではない」
国王は腕を組む。
「同感だ」
しばらく沈黙が流れた。
やがて王妃が言う。
「エドガルドを呼びましょう」
国王は頷いた。
しばらくして、王太子が執務室に入る。
「父上、母上」
エドガルドは少し不機嫌そうだった。
マルグリットはまっすぐ息子を見る。
「エドガルド」
「ルシエラの件について聞きたいことがあります」
王太子は眉をひそめる。
「何でしょう」
王妃は静かに言った。
「彼女がヴィオレッタを虐げていた証拠は?」
エドガルドは言葉に詰まった。
「……それは」
「ヴィオレッタが言っていました」
王妃は表情を変えない。
「それだけ?」
エドガルドは苛立つ。
「被害者の証言です!」
王妃は静かに続ける。
「では」
「他の証人は?」
エドガルドは黙った。
王妃はさらに聞く。
「教師は?」
「侍女は?」
「学生は?」
エドガルドの顔が少し青くなる。
「……調べていません」
王妃はゆっくりと言った。
「つまり」
「あなたは一人の証言だけで婚約を破棄したのですね」
エドガルドは言葉を失う。
国王が低く言った。
「愚か者」
王妃はため息をついた。
「調査をしましょう」
エドガルドが顔を上げる。
「何を」
王妃ははっきり言った。
「真実です」
部屋が静まり返る。
王妃は続けた。
「もしルシエラが無実なら」
「王家はとんでもない過ちを犯したことになります」
その言葉は重かった。
エドガルドの胸がざわつく。
その頃。
アルヴァーン領の港町では。
ローデリックとルシエラが並んで港を見ていた。
船が次々と入港する。
倉庫が埋まり、市場が賑わう。
ローデリックは腕を組んだ。
「すごいな」
ルシエラは首を傾げる。
「何がですか」
ローデリックは言った。
「王都を崩した女が」
「今度は街を作っている」
ルシエラは静かに微笑んだ。
「私は何もしていません」
ローデリックは少し笑う。
「そういうところだ」
そして遠くを見る。
「王都は今頃、大騒ぎだろう」
だが。
その混乱は、まだ始まったばかりだった。
王宮では、ついに――
真実を調べる命令が出されようとしていた。
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