『婚約破棄された公爵令嬢ですが、王国を救ったので新しい王太子に求婚されました

しおしお

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第八話 崩れる社交界

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第八話 崩れる社交界

王都――貴族街。

豪華な屋敷が並ぶこの場所では、普段なら優雅な馬車が行き交い、貴族たちの穏やかな会話が聞こえてくる。

だが今、その空気は明らかに違っていた。

サロンの一室。

数人の貴婦人たちがテーブルを囲んでいる。

だがその表情は、どこか落ち着かない。

一人が小声で言った。

「聞きました?」

別の婦人が頷く。

「ええ……アルヴァーン領のこと」

「商人たちが大移動しているとか」

三人目の婦人が言う。

「ノクティス公爵令嬢がいるからですって」

その名前が出た瞬間、部屋が少し静かになる。

ルシエラ・ノクティス。

王太子の元婚約者。

そして――舞踏会で婚約破棄された令嬢。

婦人の一人がため息をつく。

「本当に悪女だったのかしら」

別の婦人が言う。

「私はそう思えないのよね」

三人目が頷く。

「だって……」

「王都の経済があんなことになるなんて」

誰も続きの言葉を言わなかった。

だが皆、同じことを考えていた。

もし。

もしルシエラが王太子妃になっていたら。

王都は今も安定していたのではないか。

そのとき。

サロンの扉が開いた。

入ってきたのは――

ヴィオレッタ・アルディス。

薄い桃色のドレスを着た可憐な令嬢だった。

彼女はにこやかに微笑む。

「皆様、ごきげんよう」

婦人たちはぎこちなく挨拶を返す。

「ごきげんよう」

「アルディス令嬢」

ヴィオレッタは席に座った。

そして少し寂しそうな顔をする。

「最近、王都が騒がしくて……」

誰もすぐには答えない。

沈黙が流れる。

ヴィオレッタは首を傾げる。

「どうかなさいました?」

婦人の一人が遠慮がちに言った。

「いえ……」

「その……」

別の婦人が言う。

「ノクティス公爵令嬢の話をしていただけです」

ヴィオレッタの表情が一瞬だけ固まった。

だがすぐに悲しそうな顔を作る。

「……ルシエラ様」

「私、あの方のことは本当に尊敬していたのです」

婦人たちは顔を見合わせる。

ヴィオレッタは涙ぐんだ。

「でも……」

「怖かった」

部屋が静かになる。

「私、ずっと虐げられていて……」

その言葉を聞いても、誰もすぐに反応しなかった。

代わりに、別の婦人がぽつりと言う。

「そうでしたの」

ヴィオレッタは続ける。

「殿下が助けてくださらなければ、私は……」

だが。

空気はどこか冷えていた。

婦人たちは微妙な顔をしている。

一人が言った。

「それにしても」

「アルヴァーン領はすごいそうですわね」

ヴィオレッタが瞬きをする。

「え?」

婦人は続ける。

「商人たちがどんどん移動しているとか」

「王都より賑やかだそうです」

別の婦人も言う。

「ルシエラ様がいらっしゃるからでしょうね」

ヴィオレッタの指が少し震えた。

だが彼女は笑顔を作る。

「そんな……」

「偶然でしょう」

婦人たちは曖昧に頷く。

しかしその目には疑問が浮かんでいた。

ヴィオレッタは話題を変えようとした。

「殿下はとても優しい方で――」

そのときだった。

サロンの外から声が聞こえる。

「聞いたか!」

「また商会が移転したぞ!」

「王都最大の織物商会だ!」

婦人たちがざわめく。

ヴィオレッタの顔が少し青くなる。

別の婦人が言った。

「またですの?」

「これで何件目かしら」

「二十は超えたとか」

誰かが呟く。

「本当に王都は大丈夫なのかしら」

沈黙が落ちた。

ヴィオレッタは笑顔を保とうとする。

だがその笑顔は、どこか引きつっていた。

一方その頃。

王城の庭園。

エドガルド王太子は苛立った様子で歩いていた。

「なぜだ……」

彼の前には報告書が握られている。

商会移転。

資金流出。

港停止。

悪い報告ばかりだ。

そこへ一人の侍従が来る。

「殿下」

「何だ」

「商人ギルドから新しい報告です」

エドガルドは苛立って言う。

「またか」

侍従は紙を差し出した。

「王都商人連盟がアルヴァーン領へ移転します」

エドガルドの顔が変わる。

「……何だと」

「正式決定だそうです」

エドガルドは拳を握る。

「馬鹿な」

そのとき。

背後から声がした。

「馬鹿ではない」

振り向くと、そこには国王グレゴリウスが立っていた。

王は静かに言う。

「商人は賢い」

「利益と信用を選ぶ」

エドガルドは言う。

「信用?」

国王は冷たい目で言った。

「ルシエラ・ノクティスだ」

その名前を聞いた瞬間。

エドガルドの顔が歪む。

王は続けた。

「お前が捨てた令嬢は」

「王国で最も信用されている」

エドガルドは歯を食いしばる。

「……あの女」

その頃。

アルヴァーン領。

港の上から街を見ていたローデリックが、ふと笑った。

隣にはルシエラが立っている。

ローデリックは言った。

「王都は今、大混乱だ」

ルシエラは穏やかに答える。

「そうでしょうね」

ローデリックは彼女を見る。

「本当に何もしていないのか」

ルシエラは微笑む。

「私はただ」

「王都を出ただけです」

だがその静かな行動が。

王国の勢力図を大きく変え始めていた。
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