ORATORIO(E)SCAPE

しおん

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11 ガキの使いやあらへんで

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 駅にはナユタたちが乗ってきたものとは別に、三本の列車が停車していた。
 行き交う人々、喧噪の海。列車の運行予定を知らせるアナウンス。
 駅舎は天井が純白のドーム型をしており、広々としている。
 都会だ。
「何をしている。行くぞ。迷うなよ」
「う、うん」
 歩き出したユーリの後を、離れないようにピッタリとくっついて歩く。少し気を抜けば、たちまち迷子だ。
 大都会の雰囲気に飲まれたセラフィータも、このときばかりは三日目だとかは関係なく、ナユタの左肩に大人しく止まっている。
 妖精は希少種だ。悪いことを考える人間に、いつ何時捕まるかも分からない。人間不信でもあり、そういうリスクも抱えているセラフィータは、この人混みに、より用心を深めている様子だった。あれだけおしゃべりな彼女の口数が少ないのが、それを如実に示していた。
 何度となく人にぶつかりそうになりながら、人波のなかを歩く。
 あまりの人の往来ぶりに、ついにナユタはユーリの羽織っているマントの裾を握って歩いていた。
「ユーリ! ねぇ、どうしてこんなに人がいるの?」
「収穫祭が近いからな。観光シーズンなんだ」
「どこへ行くの?」
「まずは、宿を取る。全てはそこからだ」
 ユーリは一切ナユタを振り返らずに言った。
 ユーリは紙切れ、おそらくは地図を見ながら歩いていた。
 そうして、三十分ほども歩いていただろうか。
 繁華街にほど近い立地に建つ、一軒の宿屋の前で立ち止まった。観光客が行き交う華やかな通りとは無縁の、うらぶれた場所である。
「この辺りが妥当だろう」
 驚いたことに、ユーリは古ぼけた廃墟のような外観の宿に宿泊を決めたようだ。もっとランクの高い、ホテルに泊まるのだろうとばかり思っていたナユタは、肩すかしを食らった。
 そこは古くさい、どうみても中級レベルの宿屋だった。
 ユーリは早速、フロントというか、受付でやりとりを始めた。
「なんだか、かび臭いわ」
 ロビーにある応接セットのソファーに腰を下ろしていたナユタの肩で、セラフィータが鼻を摘まんだ。
「古そうだからね……」
 ユーリがナユタの元に戻ってきた。
「しばらく、ここに滞在するぞ」
「どうして、わざわざこんな宿屋に泊まるの?」
「こういう、雑多な場所にいる方が、何かと動きやすい。木を隠すなら森、と言うだろう。何より料金がお手頃だし、風呂もあるし、二食付きだ」
 これ以上の条件はなかろう、とユーリは受付の上を通る階段を上り始めた。なので、ナユタも着いて行く。
 二階の中ほどにある部屋、八号室がナユタたちに割り振られた部屋だった。
 ユーリが鍵を開ける。
 中に入ってみると、ベッドが二つ、文机がひとつ。窓際にロビーにあったのより規模の小さい応接セットが置いてあった。無駄なものは何一つない。ごく、シンプルなダブルの部屋だった。
「風呂は二十四時間入れるそうだ。一階の共用風呂だ。何なら、今入ってきてもいい」
 ユーリはカバンから、中身をベッドの上にぶちまけていた。
「こんな、朝っぱらから?」
「朝風呂とは何とも贅沢じゃないか」
「うーん」
 ナユタは背負いカバンをベッドに投げ出して、ポスンと座った。体重でマットレスが沈んで軋む。ちょっと柔らかめのコイルのようだ。もしかしたら、寝ている間に腰を痛めるかも知れない。そんなことを確かめていた。
「しまった」
 荷物を検めていたユーリが、頭を抱えた。
「どうしたの?」
「煙草を切らした」
「買いに行けば?」
「そうしたいのは、やまやまだが、私にはやるべきことがある。だがしかし、精神安定剤である煙草がないというのは、いささか心許ない」
 言うなり、ユーリはナユタを指さした。
「ナユタ、おまえが買ってこい」
「えー? 僕が? 子供に売ってくれるの、煙草なんて」
「親の使いだと言えばいい」
 ガキの使いやあらへんで、とナユタは反論したい気持ちでいっぱいだった。
「これと、同じパッケージのものを、ツーカートン」
 ユーリはナユタの手の上に銀貨を二枚落とした。煙草は嗜好品の中でも高価なもので、そのほとんどが税金で出来ていると聞く。年々、増額されているが、煙草のみはそれでも吸うのをやめられない。何せ、ほぼ中毒者だからだ。
 列車の中では、全室禁煙だったので、ユーリはデッキの外に出て、吸っていたのをナユタは知っている。定期的に外に出ては、紫煙をくゆらせる。流れる景色を楽しんでいたかいないかは不明だが。
「いいか、メントールだからな。間違うなよ」
 ユーリは反撃の隙を与えない。問答無用でナユタにお使いを命じた。
「ここに来るまでに雑貨屋があったろう。そこで買え」
「はーい。行こ、セラフィ」
「しょうがないわねぇ」
 セラフィータがふらふらと飛んできて、ナユタの左肩に落ち着いた。
「行って来まーす」
「寄り道するなよ」
 ナユタはドアを開けて廊下に出た。
 すると、いきなり柄の悪い中年男に出くわして、後ろ手に閉めたドアに張り付いた。腰の前後ろに二振り装備した短剣を確かめる。
 中年男はナユタに一瞥をくれただけで、奥の方へと歩いて行った。
「びっくり、したぁ。絡まれるかと思った」
「なによ、ナユタったら、ビビりねぇ」
「ビビりじゃないよ」
 セラフィータにそう抗議してから、廊下を歩き始めた。一足ごとに、ギシ、ギシと床板が軋む音が立つ。階段も同じく、体重に耐えかねたような悲鳴を上げるのだった。
 もっといい宿とればいいのに。
 それがナユタの素直な感想だった。
 宿の外に出ると、それなりの人の往来があった。
 うらぶれた場所には、うらぶれた連中が生息しているのだ。スリにでも合わないように、ナユタは用心しながら道を歩いた。
 行きしなに見かけた雑貨屋はどのへんだったろうかと思い返しつつ。
「街並みはキレイよね。あんたたちが住んでた街と違って古いみたいだけど」
 街の景観を眺めながら、セラフィータがそんな感想を漏らす。
「歴史があるんだよ。きっと。それに、人で賑わってて、活気があるよ」
 街の建物はデザインが統一されており、商店の派手な看板など、景観を害するものは何一つない。
 ユーリが雑多だと言ったこの場所でもこうなのだから、街の中心部に足を運べば、どんな景色が見られるのだろうか。
 観光地巡りが楽しみなナユタだった。
 一方の雑貨屋だが、ほどなくして見つかった。入り口に店名の入ったささやかな看板が掛かっていた。
 シンプルイズベスト。
 ナユタがドアを開けると、カランコロンと鈴が鳴った。
「こんにちはー」
 そっと中を覗き込みながら、足を踏み入れた。
「いらっしゃい」
 店番の中年女性が、カウンターの奥からこちらを見ていた。
「ぼっちゃん、一人かい」
「はい、そうです。親に頼まれて買い物に来ました」
「随分としっかりしてるねぇ」
 ナユタは真っ直ぐカウンターの前へと歩いて行った。
「これと同じ煙草を、ツーカートンもらえますか?」
 ナユタはズボンのポケットから、くしゃくしゃになった、ユーリから預かった煙草のパッケージを取り出すと、店番に見せた。
「はいよ」
 店番は背後の棚から、注文の品を探し始めた。
 ナユタはカウンターの上にディスプレーしてあるクッキーの箱に目をとめた。
「セラフィ、クッキーが売ってるよ。食べたくない?」
「食べたいわ!」
 セラフィータはクッキーの箱に飛びついた。
 店番が商品を手にして、ナユタの前に戻って来た。
「これで、間違いないね」
「はい。それと、これもください」
 ナユタは預かったパッケージと商品を見比べて同じものであることを確かめてから、クッキーの箱を取って置いた。
「はいよ」
 ナユタは銀貨一枚を、トレイの上に落とした。
 店番はそれを引き取ると、おつりの銅貨四枚を乗せてナユタに返した。それを、ナユタはポケットの中に仕舞った。
 そして、店番は煙草とクッキーを紙袋の中に入れて渡してくれた。
「毎度あり」
 そんな店番の声を背に、ナユタは店を出た。
 店を出てしばらく、なんとなく、着けられてるな、と感じた。
 足音からするに、大人が複数人。
 ナユタはわざと左に折れて、狭い路地に入った。
 どん詰まりで、振り返る。
 と、三人のいい年した男たちが、下卑た笑みを浮かべて、ナユタを追い詰めたとばかりに得意げになっていた。
「坊主、ずいぶんと羽振りが良さそうだなぁ。有り金置いて消えな。そしたら、命までは取らねぇ」
「ふぅ……」
 ナユタは吐息した。
 こんなアコギな輩に絡まれるとは、運が悪い。
「セラフィ。紙袋の中に入ってて」
「どうして?」
「血を見たくないでしょ」
 ナユタから漂うピリピリした空気を感じ取ったのか、セラフィータは文句も言わずに紙袋の中へと身を潜めた。
『ひとひらの言の葉を』
 ナユタは集中して、その言葉を唱えた。すると、周囲の地面から白い光が立ち上り、路地裏がうっすら明るくなった。
『かの者の動きを縛れ。束縛』
 目の前の大男が、ナユタに伸ばしかけていた腕を、途中で止めた。否、動きを束縛されたのだ。男は何も言えず、何も出来ず、ただ、眼球を忙しなく動かしていた。
 ナユタは疾走した。双眸が殺人者のそれになり、鈍く光を放つ。右手で腰の短剣を抜く。男の身長を超える高さまでジャンプをし、飛び越えるその刹那に、男の頸動脈に刃を振るった。
 手入れのされた刃は、いとも簡単に、男の喉笛を掻き斬った。鮮血がほとばしる。ナユタは空中で一回転してから、ストンと音も無く地面に着地した。
『解除』
 呟くと、死人と化した男が、その巨躯をうつ伏せにして倒れた。
 途端、残りの男たちが何が起こったのか分からなかったのだろう、悲鳴を上げた。
「な、な、なんだ、オマエ! 何をしやがった!」
「まだ、やる気?」
 ナユタが短剣を向けると、男たちは仲間の骸を置いて、情けない意味不明な言葉を発しながら、その場を去って行った。
「なんだ、つまんないの」
 路地なら複数でかかってこられない。地の利を利用して、一人ずつ切り裂くつもりだったのにな、と少し残念に思う。
「あーあ」
 細心の注意を払って、返り血を浴びないようにしたつもりだったが、ズボンの裾にちょっとだけかかってしまったようだ。
 帰ったら、風呂に入って洗わないと。血糊は落ちにくいから、冷水と石けんでひたすらしごくしかない。
「セラフィ、もう出てきていいよ」
 ナユタは紙袋の口を開けた。
「だいじょうぶだったの? ナユタ!」
 セラフィータが飛び出して来て、ナユタの顔の高さで羽根をはためかせた。そっと頬に手で触れてくる。母親が子に、怪我がないかと確かめるような仕草だった。
「僕は平気だよ」
 ナユタはくすぐったく、笑いながら肩をすくめた。
 セラフィータは地面に突っ伏した男の死体に目をやったが、あんたがやったの、とは言わなかった。
「じゃ、さっさと帰りましょ」
 ナユタの左肩に乗ると、そう促した。
 清廉な存在の妖精に、卑しい人間の血など汚らわしいだけだろう。ナユタはセラフィータに促されるまま、その路地を後にした。
「たーだいま」
「遅かったな。店を見つけられなかったか」
 文机に向かって書き物をしていたらしいユーリが、振り返って迎えた。
「ちょっと、厄介ごとに巻き込まれちゃって」
 てへ、とナユタは頭を掻いて、それから煙草の入った紙袋をユーリの目の前にドサッと置いた。
「これでいいんだよね?」
「ああ、これで間違いない。お使いご苦労」
 ユーリは紙袋から煙草のパッケージを取り出し、確認をした。
「これは、なんだ」
 今度はクッキーの箱を取り出して、奇妙な顔をする。
「あ、それは、セラフィのクッキーだよ」
「そうか。ほれ」
 ユーリはクッキーの箱をナユタに押しつけた。
「セラフィ、食べる?」
 ナユタは箱を開けようかと、手を掛けたが、
「んーん。今は、いらないわ」
 と、セラフィータに断られてしまった。
「そう? じゃあ、僕、お風呂入ってくるよ」
 時間が経って乾くと、ますます血を落としにくくなる。跡が残る、染みになる。そんなのはご免だと、ナユタは風呂に入る準備をした。
 てっきり、セラフィータも一緒に入りに行くものだと思っていたが、
「あたし、今は、いい」
 と、またしても断られてしまった。
「なんで?」
 ナユタはきょとんとした表情でセラフィータを見た。
 セラフィータはナユタの肩から、ユーリが占領している文机の上に着地した。
「今は、いいのよ」
「ふーん?」
 じゃあ、行ってくるね、とナユタは二人に背を向けて、部屋から出て行った。

「……ねぇ、ユーリ」
 セラフィータに話しかけられて、ユーリは幾らか驚いた。これまで、セラフィータの方から会話を仕掛けてきたことは、一度たりともなかったからだ。
 セラフィータがナユタ以外の人間に心を許していないのは分かっていたが、だからこそ驚きを隠せなかった。
「どうした」
「ナユタ、あの子ってなんなの?」
 セラフィータは俯いて、ドレスの裾を握り締めている。
「なにとは?」
「あたし見たのよ、袋の中から、穴開けて見てたのよ。あの子が人間を殺すところ!」
「ああ。私が初めて会ったときも、養母を刺し殺していたところだったな」
「人間が人間を殺すって、大変なことじゃないの? なのに、あの子、何事もなかったかのように、あたしに向かって笑ったわ」
「そういう、人種なんだ。人殺しも厭わない」
 かくいう私も同じだ、とユーリは冷笑した。
「あの子、本当はいい子なのよ。多少、意地悪で回りくどいところがあるけど、あたしにとっても優しくしてくれるわ」
「それもまた、ナユタだ。人間は、様々な面を持っている。それを使い分けて生きているのだ」
「あたし、わかんない!」
 セラフィータは小さな瞳から、ボロボロ涙を流していた。ついでに鼻水も。ユーリはティッシュを一枚引き出して、セラフィータに渡してやった。
 すると、セラフィータはティッシュに縋り付くようにして、わんわん泣いた。
「まぁ、言うなれば、ペルソナというやつだ」
 もう、セラフィータにはユーリの声なんて届いていない。
「はぁ……」
 ユーリは重いため息を吐いた。
 セラフィータは図らずも、ナユタの闇に触れてしまったのだ。
 それは、決して覗き込んではならないモノ。
 ナユタの抱える闇は、深く、昏い。
 それは、ナユタが陰の存在であることに起因する。
 しばらく泣き喚いていたセラフィータも徐々に通常運転に戻る。
 その頃にはティッシュがしおしおになっていた。
「ねぇ、クッキーのパッケージ、開けてくれない?」
 鼻をすすりながら、妖精にそんなお願いをされてしまった。
 ユーリはクッキーのパッケージを開け、中からクッキーを一枚取り出すと、セラフィータに渡してやった。
「どうぞ、かわいい妖精さん」
「………ぐす」
 セラフィータはクッキーを両手で抱えると、半ばやけくそのように、ぼりぼりかじり始めた。
 ナユタが桶にお湯を汲んで戻ったのは、それからしばらく経ってからだった。
「お風呂ねぇ、狭かった! ユーリのお屋敷の方が広かったよ」
 それでも、とナユタは続ける。
「セラフィ、お湯汲んできたから、ここで入りなよ。良いお湯だよ」
 と、今し方、人を殺めた子供であるとは到底思えない、子供らしい笑みを浮かべてセラフィータの前に桶を置いたのだった。
 セラフィータがユーリに話しかけたのは、後にも先にもそれっきりだった。
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