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しおん

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終章 また会える日まで

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 確かに脈動は正確に、規則正しく流れている。
 心臓が動いて、全身に血を巡らせているのが、分かる。
 それが、賢者の石による効果だとは、思いもしなかったが。
 自分はホムンクルス。人間ではなかった。
 今までと何が違うのかと問われても、答えはなかったが、どこか後ろめたい気分だ。
 父母も姉も、ニセモノだった。
 家族ごっこをしていたに過ぎない。
 帰りの列車の中で、ユジュンはそんなことを、考えていた。だが、堂々巡りをするばかりで明確な回答は得られなかった。
 ユーリたちが行きしなに乗ってきたという飛竜の『アマルガム』は疲労が溜まって使えないし、ナユタの『暗黒』は悪目立ちし過ぎる。
 一つの村を地図上から消した一行は、最寄りの駅まで歩いて、列車に乗った。
 と、いうわけでユジュンたちは今、アースシア目指して列車に揺られている。
「ユーリ。おれたち、人として生きていっていいのかな?」
 対面に座って、頬杖を突いているユーリに向かって、疑問をぶつける。
「今まで通りでいい。おまえにはルキさまの用意した居場所が既にあるのだから。ナユタは私の家で末弟として引き取る。心配するな。それに、ルキさまの魂を分け与えられたおまえたちだ、生きていってもらわないと困る。将来は、あの日のルキさまそっくりになるのだし」
 そう言うと、ユーリはぽっと頬を赤く染めた。
 この人は、何を恥ずかしがっているのだろう。ユジュンは不思議に思った。
「ナユタの中で一つになってる間、ずっと心地が良かった」
 例えるなら、そう。羊水で満たされた母の胎内に浮いている感じ。
「それは、おまえたちが元は一つの存在だからだろう」
「同化してるのが、自然な形なんじゃないの?」
「いいや。魂は独立しているから、それぞれの器に分かれるのが、あるべき姿だろう。似て非なるもの、と言ったところか」
「そう…、っか……」
 ユーリに、ここにいてもいいんだよ、と諭された気がした。
「それから、これだけはゆめゆめ忘れるな。ルキさまは、おまえたちを深く愛していたのだということを」
「うん……」
 ルキは自分たちを器として転生しようとしたようだが、そんなことは大成しないと、計画が破綻することを、知っていたのではないか。初めから分かっていて、だから、ユジュンの側に清明を守護者として置いて行ったのではないかと。
 未来視とやらでどこまで見えていたのかは不明だが。
「君も、これ、食べる?」
 同じく向かいに座って、もしゃもしゃ食事をしているナユタに、駅弁を勧められる。セラフィータはナユタの左肩の上で、添え物のさくらんぼにかぶり付いている。
「ごめんネ。ひどいことして」
 ナユタは照れたように笑って、頭を掻いていた。
 何があったのかは、大体、皆に聞いた。自分が意識のない間にいろいろあったらしい。
 イリヤが、ユジュンを救うためとはいえ、ナユタに手を差し伸べようとしたり、あまつさえ、前に立って尽力してくれたことなど。
 ナユタはユジュンを吸収して一体になろうとしたのだ。
 もとは一つだとか言っていた意味が、今なら分かる。陰と陽、分かたれた魂を一つにして完全体になろうとした目論見が。
 ナユタからは、そこはかとなく根底に流れていた不気味さが消えて、カラカラと乾いた音がする。
 彼は彼で、今回の出来事でいろいろと吹っ切れたようだ。
「イリヤのね、説教がね、けっこう効いたんだよ。それで悔い改めたっていうか、お母さんにも会えたし、これは手元に戻って来たし」
 ナユタは首から下げた、逆十字のペンダントを指し示した。
「それ、イリヤが大事にしてたお守り……」
「僕に返してくれたんだ。お母さんの形見だからね」
 ユジュンはナユタから手渡された駅弁を開けて、箸を付けた。
「すっごかったんだぜ、こう、川に平たい石投げて、跳ねさせる、みたいな感じで飛竜の腹が海を水切りして、そんで、高度を上げて空を飛んだんだ!」
「満月の夜を飛ぶのも幻想的やったねぇ。風がすごくて目ぇ開けんのも大変やったけど」
 後ろの席から身を乗り出して、ヒースとテンがそのときのことを話す。
「いつ落ちるか、心配だった」
 イリヤも、ぼそっと呟いていた。
「貴様ら、私の『アマルガム』をにするのはやめてもらおう。誰がおまえたちをあの村まで運んだと思っている」
 ユーリは機嫌を損ねている。
 子守に飽き飽きしているのだ。
 何しろ、問題児ばかりが集まっているので、大層手を焼いていた。放って置いたら、収集がつかなくなる。保護者役は大変だ。
「へー、アースシアって外から入ると、こんな感じなんだ」
 列車が陸橋に差し掛かり、陸繋島が見えてくると、その絶景にユジュンは目を奪われた。窓から顔を出し、その景色を堪能する。
 見れば、ヒースもイリヤも同じようにしている。
 経験者のテンとナユタは座席に着いて、外を眺めているにとどめている。
 そんなこんなで、二日がかりでアースシアに帰還したのだった。
「うちの宿に泊まればいいのに」
 駅を出て、それぞれの住まいへ帰るとき、ユジュンはナユタをそう誘った。
「同じ顔がさ、現れると、君のお父さんとお母さんがびっくりするでしょ」
「我々は、うらぶれた安宿が似合いなのだ」
 そんな言葉を残して、ナユタとユーリは逗留する宿へ戻っていった。
 どこが? ユジュンは心の中で突っ込んでおいた。
「連絡なしで、三日行方不明ってのは、大層怒られるぜ、家族にさ」
 ヒースが、ユジュンの背中を張った。
 そういえば、そうだ。
 実際、ユジュンの頭の上には、両親と姉の雷が落ちた。
 聞けば、テンもおじいさんにこっぴどく叱られたというし、ヒースは両親に泣かれたというし、イリヤも教会の仲間にやはり泣きつかれたという。
 それぞれに、帰る場所がある。
「おれは、お父さんとお母さんの実の息子だよね?」
 ユジュンは怖々と訊いてみる。
「そうよ。何言ってるの。おかしな子ね」
「本当に。どうかしたのかい?」
 母と父が、おかしそうに笑う。
「この『ユジュン』っていう名前は、どっちが付けたの?」
「誰だったかしら? あなただった?」
「いいや、母さんじゃなかったか」
 両親は首を捻った。
「何、さぼってるの。下らないこと言ってないで、さっさと洗面所のタオル取り替えてきなさい」
 背後から、メイヨがタオルの山をユジュンの頭上に乗っけてくる。
「はーい」
 あの日、ナユタが見せたのは、幻影だったのか、本物だったのか。
 今となっては、どうでもいいことか。
 イリヤは今回のことを何と、イドに説明したのだろうか。口下手なイリヤがどうやってやり過ごしたのか、想像するだにおかしい。
 イドから引き取ったクーガーの亡骸は、宿屋の裏庭に埋葬した。お気に入りだった歯磨きガムを供えて。
「満九歳かぁ。十五年は生きると思ったんだがなぁ。何せ、ユジュンと同じ日に産まれた子だ」
 父はクーガーの死を痛く惜しんだ。
 父母と姉、ユジュン、プラス、キユと墓に向かって手を合わせたのだった。
『自分の墓を見守るというのも、奇妙な気分だ』
 とは、清明の弁である。
 やがて、別れの日が訪れる。
 ナユタとユーリがトルキア聖王国へ帰国するというのだ。
 ナユタとの別離は、半身をもがれるような切なさをユジュンにもたらした。
「じゃあね、ナユタ。元気でね。ユーリも」
 出発準備万端の列車が止まる駅で、一堂に会していた。今にもナユタとユーリが列車に乗り込まんとしている。
「うん。ユジュン、手紙を書くよ」
「おれも、返事、書く」
「うん。みんなも、さようなら」
 ナユタが、ヒース、テン、イリヤの顔を見回した。
「達者でやれよな」
「ボクはもう、会えへんかも知れんけど……」
 ヒースとテンは、都市伝説の情報をかき集め、結果的に封印を解除して回り、アザゼル復活の礎を作ってしまったことに負い目を感じて、少し落ち込んでいる。色々と、頭と心の整理が追いついていない。
「しっかり、前を向いて、生きろ」
 イリヤだけが、真っ直ぐナユタを見据えていた。
「じゃあ、またな。おまえたち。世話をかけた」
 ユーリがペコリと頭を下げた。
「行くぞ、ナユタ」
 荷物を抱えたユーリが、列車へと乗り込んで行く。
「待ってよ、ユーリ」
 ナユタもそれに続く。
 ユジュンは二人が利用するコンパートメントの窓まで追って行き、名残惜しく手を伸ばした。すると、ナユタも窓に手のひらをくっつけて、ユジュンのそれと合わせた。二人の手のひらはぴったり同じ大きさ、長さだった。
 列車が動き出す。
「ナユタ!」
 ユジュンは列車と併走しようとしたが、イリヤに腕を掴まれて、阻まれた。
「また、会える」
 ユジュンはナユタの影が映る窓に向かって、腕が千切れるまで振った。
 強い風が、ユジュンのまなじりから涙をさらっていった。




 ――以上が、『カイムの冒険』に綴られた、冒険譚の一つである。


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