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魔法学院〜入学編〜
第29話 いざ、出発!②
しおりを挟むいよいよ出発の日。試合は五日間の合宿で行われ、場所も郊外へと移る。今から学院が所有する闘技場へと向かうのだそうだ。そこまでの道のりはフルールから出ている魔導列車なる物に乗るらしい。
「これがそうか……」
国と国の主要都市を結ぶこの魔導列車。その原理は熱エネルギーだ。この列車には多量の水が積まれており、列車を走らせる際にその水を沸騰させ、発生する蒸気を使って走行させる。先頭の運転室には熱魔法を生じさせる魔石が二つ備え付けられており、その間に運転手が操縦するレバーが設置されている。
つまり、この魔導列車を動かすには魔石の刻印を発動させる魔法使いが二人、そして列車を操縦する車掌が一人、必要なのだ。
「列車は初めてかい?」
「ああ。見るのも乗るのも初めてだ」
「大きい国では領土内の移動にも列車を使うのよ。まぁ主要な場所にしか停まらないけどね。移動は未だに馬車が普通だから」
「……馬車で一時間かかる所も、列車なら数十分」
「その代わり、乗るのにちょっと値が張るけどな!」
そんな会話をしながら列車に乗り込み、空いてる席へと腰を下ろす。間もなくして汽笛が鳴り、ゆっくりと走り出すと、至る所から興奮した声が上がった。俺も感動から思わず声が出た一人である。
流れる景色を楽しんでいると、あっという間に目的地へ到着してしまった。
「さて皆さん、ここからは歩いて施設に向かいます。私についてきて下さいね」
エミリアの後に続いて列車を降りると、そこは辺り一面何もない広大な草原地帯だった。
青々とした草の上をしばらく歩いていくと、小高い丘を越えた先に立派な施設が建ち並んでいるのが見える。一際目を引くのは壮観な巨大コロシアムだ。
「すごい施設だよね。部活の合宿や学院行事でも利用するんだけど、あの闘技場は色んな競技の世界大会も行われる由緒正しきコロッセオなんだ」
歩きながらセシルが色々と教えてくれる。
「さすが、詳しいな」
「以前、ここの見学会に参加した事があってね。管理してる方達が食事も用意してくれたんだけど、お袋の味って感じで美味しかったなぁ」
思い出してるのか、目を瞑ってホワンとしている。
――お袋の……味??
「あ、ほら。寄宿舎の前で出迎えてくれてる! あの方達がそうだよ」
セシルが指す方を見ると、そこには年配の女性が数人、綺麗に整列をして並んでいた。その中から二人、こちらに向かって歩いてくる。
「皆さん、お疲れ様でしたね。エミリア先生も、お久し振りね」
「はい、ご無沙汰しております。皆さん、このお二人が今日から合宿最終日までお世話をして下さいます、オチヨさんとオトミさんです。ちゃんとご挨拶して下さいね」
俺達は「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いしますね。それではまず、お部屋に荷物を置きに行きましょう。男の子は私に、女の子はオトミに付いてきて下さいね」
そう言われ、案内されたのは何もない大広間。ここでクラスの男子全員が寝起きするのだそうだ。
「全員分の布団が押し入れに入ってるから、寝る時は自分達で敷いて下さいね。シーツは毎日新しいのを用意するから使った物はまとめておいて貰えると助かるわ。トイレは部屋の外、お風呂は大浴場よ。それじゃあ荷物を置いて、クローゼットの中にある騎服に着替えて下さい。私は部屋の外で待ってるから、終わったら声を掛けてちょうだいね」
そしてオチヨさんが出ていくと、ゼルが真っ先にクローゼットを開いた。
「おぉー! かっけぇなー♪」
取り出した騎服を自分に当て、見せびらかす様にはしゃぎ出した。よく見るとハンガーに名前が書かれている。
「……おい。それ、多分俺のだ」
「んー? ……ほんとだ! ちゃんと一人ずつ分かれてんのか。悪い悪い!」
ゼルから騎服の掛かったハンガーを受け取り、代わりにセシルがゼル用の騎服を手渡した。
「サイズを合わせて作られているからね。皆も、自分の名前が書かれた物を取るように。学校行事とは言え、誇りある魔法使いとして戦うんだ。だらしない着方はしないようにね」
――なるほど。確かに、ジャージを着て戦うよりずっと気が引き締まるな。戦闘服って感じだ
袖を通してみると見た目にはかっちりとした礼服のようだが、伸縮性があってとても動きやすい。色違いとかはなく、皆一律で茶色だ。
「お、似合わねーな! 茶色!」
「自分の事か? お前、髪も肌も綺麗な褐色だもんな」
「お前の事だよ! くっそ、俺が似合わねーのは分かってるってーの! それに褒めるか貶すかどっちかにしろっ」」
そんなおふざけをゼルとやっていると、着替え終わった者がぞろぞろと部屋の外に出ていった。俺達も慌てて後を追うと、部屋の外ではまだ着替えていないセシルがオチヨさんと話をしている。
「まだ着替えてなかったのか?」
「うん、今から――見慣れない色だからか……新鮮だね」
――……もしかしてほんとに似合ってないのだろうか……
「今オチヨさんと打ち合わせをしていたんだ。ほら、お風呂とか他のクラスとの兼ね合いがあるからさ。それに合わせてタオルとか用意してもらわなきゃだし」
「リーダーっていうのはそういう段取りもしなきゃいけないのか……大変だな」
「いや、段取り自体は先生方が決めてくれてるんだ。僕はただ確認してただけだよ」
謙遜をしているがリーダーとしてこの五日間、雑務も含め、毎日クラスメイトを引率しなければならないのだ。嫌な顔一つせず細かいところまでしっかりと気を回して、頼もしい限りである。
「さ、皆はオチヨさんに付いて先に食堂へ向かってくれ。ついでに大浴場の場所も教えてもらってね」
「お前はいいのか?」
「僕は一度来てだいたい知ってるから。着替えたらすぐ食堂に向かうよ」
「そうか。分かった」
そして俺達はオチヨさんの案内の下、一足先に食堂へと向かったのだった。
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「みんな、たんとお食べね! あら貴方、そんな少ないご飯じゃダメよ。倍はよそいなさい」
「そうですよ。沢山食べなきゃ戦う時に力が入らないわ。腹が減っては戦はできぬ、てね」
オトミさんとオチヨさんに甲斐甲斐しく世話を焼かれながら、俺達は一心不乱に食事を口へ運んでいた。ホカホカの白米に具沢山なお味噌汁、しっかり味付けされた焼肉に、どこか懐かしさを感じる煮物、肉が苦手な生徒用の刺身まで付けられて、それは豪華な昼食がテーブルに並んだ。
順調に食べ進めていた俺だったが、なぜか今、目の前には空けたはずの茶碗に三杯目のごはんが大盛りでよそわれている。俺は死んだ魚のような目でそれを見つめていた。
「…………」
そんな俺をくすくす笑う者がいる。
「ダメだよクロス。お米を残すと、目が潰れちゃうんだって」
「どこの伝承だよそれ……って、何一人で優雅に茶なんか啜ってるんだ」
見るとセシルの食器は綺麗に一纏めに重ねられ、何一つ残さず綺麗に食べ終わっている。
「なぜだ……俺も二度食べ終わったはずなのに……」
「クロス、ここのお母さん達をナメちゃいけないよ。皿を空けたら即片付ける! これ、鉄則だから」
───教えとけよっ‼
と心の中でツッコんだ時、何かに気付いたセシルがテーブルの端を指差して笑い始めた。
「プッ……ふふ。見て、あそこ」
言われてその方向に目を向けると、そこには横一列になって遠い目をしている三人の姿があった。
「あいつら……最初と皿の状態が何も変わってないな」
おかずのおかわりもよそわれたのであろう。ルルとナナ、そしてゼルが白目を剥きそうになっている。よく見れば違うクラスの奴らも同じように遠い目をしていた。
「これが一戦目の戦いだったか……」
「ははっ。でもあったかいご飯だよね。僕、お味噌汁を初めて飲んだ時は感動したよ。こう、ホワ~っとなる感じ」
「まぁ、な。確かに美味いは美味いんだが……ハァ、よしっ」
俺は気合いを入れて新たな米とおかずをかき込み始める。それを見て触発された周りの奴等も気合いを入れて一気にかき込み始め、更にそれを見たオチヨさん達が笑顔で米のおひつに手を伸ばし、それを阻止しようと慌てて皿を片すという攻防が繰り広げられたのだった――
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