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魔法学院〜入学編〜
最終試合、優勝決定戦②
しおりを挟む「ナナ、制限を解除するわ。最初から本気で行きなさい」
「……分かった」
ルルの魔眼が発動し、ナナの額に紋様が浮かぶ。それがガラスのように砕けると、ナナから強い妖気が溢れ出した。
「……鬼モード」
ナナの赤い瞳が血のような鮮やかな紅に変わり、額やこめかみにビキビキと血管が浮かび上がる。主張の無かったはずの犬歯が鋭く伸び、綺麗に切り揃えられていた爪も同じように鋭く伸びると、凶暴な見た目と化したナナの姿に観覧席からは悲鳴のような声が上がった。
「あ、あれってまさか……吸血鬼⁉」
「そんな訳ない! 何百年も前に絶滅したはずの種族だぞっ!」
上位種族、吸血鬼――かつて人間の血を主食とし、人類の敵と見なされた悪魔に近い一族と言われた者達の事である。君主と呼ばれる者を頂点に少数精鋭、一人一人の能力が極めて高く、身体機能も桁外れ、そして生き血を啜り続ける事でその命を保ち続けると伝えられる存在だ。
そんな者達が闇に紛れて人を喰らう……“悪魔に近い”と言われる所以はそれであろう。
ヴァンパイアの生存記録は数百年前に遡る。『人敵と認定された君主及び一族全員がこの世界から屠られた』との記述が文献に残され、それがこの種族を語る最後の言葉であった。
それが今、否定され、目の前にいる――。皆が驚くのも無理はなかった。
異様な様子に気付いたフィールド内の生徒達も青い顔で恐怖の色を瞳に浮かべ、ルルとナナから距離を取り始める。
「気にしちゃダメよ。私達は堂々としていればいいの」
「……ん。大丈夫」
「ほんまもんかいな……半分は冗談やと思っとったわ」
レイヴンは驚きと共にまじまじとナナの姿を凝視すると、感心したように言葉を発した。
「覚悟は伝わったで。あっさり過ぎて拍子抜けなくらいや」
「私達ヴァンパイア一族は長い年月を掛けて先祖の罪を償ってきた。すでに滅びたとされる種族が今ここに存在しているのがその証。何百年も影に隠れ、人を襲う人間じゃないと証明してきたの」
「人間……ねぇ。人類の敵、悪魔に近しい者とまで言われたあんさん達を、果たして人は認めるやろか?」
「認めてもらうために、私達はこの学院に来たのよ」
「……隠れるのは、もう終しまい」
「罰は受けたんやからもうええやろ、ってか?」
意地の悪い笑みを浮かべ、そう問いかけるレイヴンに対し、ルルとナナは微笑みながら答えを返した。
「少しニュアンスが違うわね。“人を襲う種族ではないといい加減証明出来たでしょう?”ってところかしら。“共存できる人として、ヴァンパイアは今も生きてる”それを宣言したかったの」
「……だから堂々と、胸を張る」
「所詮は噂、それかパチモンやと思てたんやけどなぁ……ホンモノなら話は別や。オレら人狼にとってこの上なく凶報やさかい。あんたらの力、確かめさせてもらうで」
「私達の初舞台よ、華々しく飾らせてもらうわ」
「……すぐには、倒れないで」
「上等や」
そして互いの顔から笑みが消え、ナナとレイヴンが同時に大地を蹴った。
ヴァンパイアの高速移動は瞬間移動に近い。一瞬でレイヴンの背後に回り込むと、ナナは目一杯に指を広げ、腕を大きく振りかぶる。
「……“血の鉤爪”」
振り下ろした爪が空を切り裂き、五本の紅い刃がレイヴンを襲う。
「効かんわっ!」
振り向き様、獣の手を横薙ぎに振り払い、その鋭く丈夫な爪で赤い刃が掻き切られる。レイヴンは足も獣化させると、爆発的に上がった脚力で一気にナナの眼前へと迫って行った。
「スピードなら人狼も負けへんで!」
獣化した逞しい腕をハンマーのように打ち下ろし、それを難なく躱されると、手首を返して引っ搔くように振り上げる。
ナナは華麗なステップでそんなレイヴンの攻撃を躱し続け、時折尖った爪による手刀を打ち込んでいった。
二人の目にも留まらぬ高速仕合いに、会場内は固唾を吞むように静まり返る。
「――かしいのぉ。見えすぎちゃうか?」
「……当たらなくて、悔しい?」
「せやな。倦厭するはず思てた接近戦、受けて立たれて余裕こかれるとか、プライド傷付いてまうわ」
「……じゃあもっと、傷付ける」
そう言って、ナナは徐にレイヴンが振り下ろした腕を掴み取った。足掻いても腕はビクともする事無く、動きを封じられる。
「はっ、伝承通り馬鹿力やないか。可愛くないのぉ‼」
獰猛な笑みを見せ、そう叫びながら、レイヴンは獣化した片足を持ち上げて思い切り大地へ踏み降ろす。二人の立つ足場が盛大に砕け、ナナは掴んだ腕を離してその場から飛び退いた。
レイヴンは四肢を地に着け力を込めると、ルルへと対象を変え一足飛びに駆けて行く。
「トリックの種はあんさんやろ! まずはこっちからやっ!」
人の手に魔力を練り上げ、レイヴンとルルの視線が交差する。
「――魔眼」
深紅の瞳に浮かぶ破紋が強く光り、刹那、脱力したようにレイヴンがその場に倒れ込んだ。その手からは練った魔力も消えている。
地面に伏して驚きに目を見開くレイヴンへ、上空からナナの鋭い爪が襲い掛かった。
間一髪で転げ避けると、ナナの手刀が地面へと突き刺さる。それを見たレイヴンは苦笑いを浮かべ、冷や汗を流した。
「今のは危なかったわ……にしてもお姉ちゃんの方、けったいな力持っとるやんけ」
「私なら簡単に倒せると思ったの? 舐められたもんね」
「その眼、目が合ぅた相手の魔力を抑えれるんか……厄介やのぉ」
「それだけじゃないわよ? 私の眼はナナと視覚共有ができるの。半端な人狼の動きなんて見極めるのは造作もないわ。これが貴方の言ってたトリックの種ってやつかしら」
「…………いやいやいや! アンタが見たかて体動かすんは妹ちゃんやろ? それとも何かい、その眼は貸し出しでもやっとんのか⁉」
「訳分からん!」とレイヴンは混乱に頭を抱えた。
ルルは可笑しそうに、それでいて愉快そうな様子で口元に手を当てうっすらと微笑む。
「いい機会だから説明してあげる。私達が視覚共有をする際、出来る事が二つあるの。一つは単純にナナの視界に映るものを私も見れるという事。二つ目は、ナナの目を私が使えるという事よ」
「…………はい?」
「私が見て考えた事を、ナナが体で体現するの。例えるなら私が脳で、ナナが肉体、って感じね。一つの体を二人で動かすイメージ、って言えば伝わるかしら」
「そないな事、別々の人間で可能なんか⁉」
「……ルルとナナは、二人で一つ」
「でもナナの目では見ているだけで、視ている訳じゃないのよ。だから出来る事も限られちゃうんだけどね」
「……随分と詳しゅう教えてくれんねんな」
「力を確かめたいと言ったのは貴方じゃない。私達はもう隠れないし、隠さないわ」
そしてルルが両手に魔力を集めると、周囲に冷気が漂い出す。
「一つ言い忘れてたわ。視覚共有をしている時、私はそれ以外の事が出来なくなるの。今から魔法を使うから、それはいったん止めるわね」
「そいつぁご丁寧にありがとさん。ほなら仕切り直しといこか」
「ええ。私達二人の力、しっかりとその身で確かめるといいわ」
ルルを中心に大地が凍り、凍てつく風が吹き荒れる。
ナナは高速移動でレイヴンへと迫り、その光景に、レイヴンは犬歯を剥き出しにして獰猛に笑った――
******
ルルとナナの正体を知り、ゼルは複雑な思いを抱いていた。それはとても彼らしい、至って幼稚な嫉妬心。
(愛しの双子ちゃんが吸血鬼……)
「俺が最初に知りたかった……」
仲良くなったと思っていたのは自分だけで、心を許してはくれてなかったのだと寂しく思い、しかし、二人の事情を考えると言えなかったのは仕方がないと自分自身を慰める。
彼女達が“人を喰らう悪魔に近い存在”とまで言われたヴァンパイアである事などゼルにとっては二の次で、選んだカミングアウトの相手が自分じゃなかった事の方がゼルにはショックな事だった。
そんな哀愁を漂わせるゼルの前で、五人の女生徒達は恐怖に顔を引き攣らせ、そして各々が嫌悪を露わに心無い言葉を口にする。
「ヴァンパイアですって⁉ そんな化け物がどうしてこの学院にいるのよ!」
「冗談にしてはタチが悪いわっ」
「ナナって子のあの容姿……なんて悍ましいのかしら」
「今すぐ試合なんか中止して彼女達を取り押さえるべきよ!」
「そ、そうね、誰かが殺される前に始末するべきだわっ!」
最後に発した生徒の言葉が、ゼルの忌諱に触れた。
普段のおちゃらけた雰囲気は消え、怒りの炎が目に宿る。そしてその炎は形となってゼルの身体から溢れ出し、赤黒い炎がゆらゆらと立ち上った。
その様子に気付いた女生徒達はハッとして口を噤み、一歩、また一歩と後退る。ゼルの放つ異様なオーラに、全員の足が震えていた。
「……君達が動揺するのも分かるぜ。歴史上、ヴァンパイアってのは人類に恐怖を植え付けた存在だからな。でもよ、それはずっと昔の事なはずだ。今の彼女達に、君らの言った言葉は許されるものじゃない」
「で、でも同じ吸血鬼で――……」
「同じじゃない。同じじゃないから、誰も二人の正体に気付かなかったんだ。俺はこの学院に来てから彼女達とずっと行動を共にしてるが、一度たりともヴァンパイアだなんて思った事は無かったぜ」
「そ、それでも……」
「あと一つ、言っておく。この学院は“自由で平等、差別区別も存在しない”――君達の考えや発言はそれに背く行為だぜ。学院側が知らなかったなんて事はないはずだからな、異があるなら双子ちゃんの入学を認めた校長にでも直訴すればいい」
「――……っ」
そしてゼルはその身から一気に炎を噴出する。
「悪いけど君達との追いかけっこは終わりだ」
「ふ、ふふ……女好きな貴方でも怒ると女の子に手を上げるのかしら? それとも好きな子以外は実はどうでもよかったり?」
「ああ、確かに怒ってるぜ? でも安心していい、俺は女の子に暴力は絶対に振るわない。そしてさっきの発言を撤回しろとも謝れとも言わない。きっとルルちゃん達はそういうのも覚悟の上で、正体を明かしたんだろうからな。君達が自主的に反省する事があれば、彼女達を認めてあげてくれ」
「何を――……きゃぁっ‼」
まるで渦を巻くように、赤黒い炎がゼルを覆った。轟轟と燃える炎は空高くまで上がり、辺りに熱風を撒き散らす。
ゼルと対峙していた五人の女生徒が手や腕で顔を隠し、熱さと息苦しさで額に脂汗を浮かべる。
周りで戦闘を繰り広げていた他の生徒達も動きを止めて熱風から身を守った。
渦巻く炎の中で、ゼルが両手を広げ、呪文を唱える。
「我、汝ら火の精より守護を受けし者なり。炎を司りし大精霊の力を欲す。我の声に応え、この身に宿れ――精霊召喚、“火の大精霊”!」
炎が一層激しく燃え、ゼルの身を完全に覆い隠した。
その炎がまるでゼルに吸収されていくかのように集束すると、赤い髪を逆立たせ、顔に刺青を刻み、両腕を燃え上がらせたゼルの姿が現れる。
赤黒いオーラを発し、人の気配を断った異質な存在感に、近くにいる者達が恐怖に慄く。
「そんな怖がらないでくれ。こうしないと傷付けちまうんだ」
困ったように微笑みながら、ゼルは炎を宿した手で魔法を放つ。
「“炎獄の鎖”」
何本にも分かれた炎の鎖が女生徒達を拘束すると、体に巻き付く炎に五人の顔が青褪める。
しかし、その炎は何も焼かず、焦げ目一つ付けはしない。
「心配しなくても熱さすら感じないはずだぜ? ここまでの魔力操作はこの姿にならなきゃ出来ないんだ。あと、こういう事もな」
そう言って、ゼルは腕を一払いさせると、火の玉を五つ作り出した。それはフヨフヨと浮いて女生徒達の元まで飛んでいくと、的の前でエネルギーを凝縮していく。そして――
「“爆発”」
小さく圧縮された熱の塊が爆ぜ、的を粉々に粉砕した。
その威力は見た目以上に凄まじく、しかし、的以外を傷付ける事は一切ない。
拘束が解かれ、解放された五人の女生徒達は、その場で崩れるようにへたり込んだ――
******
俺はクラスメイト達の隠された力に唖然とし、その光景に見入っていた。今までも色んな生徒達の実力を見せつけられてきたが、それは力の一片で、皆本当の実力を隠したままなのではないかと疑ってしまう。
――俺はその時出来る最大限でやってきたが……全員出し惜しみしてんじゃないだろうな
そんな疑惑を抱いてしまうくらい、この学院の生徒達は才に溢れている。
カグラも思う事があるのか、俺と同じ様にその光景を見詰めていた。
徐に、カグラが口を開く。
「お前のクラスだけパワーバランスがおかしいんじゃないか?」
「まぁ……異様に強い奴が多い気はする」
その時、風を切り裂く音を伴いながら、俺達の間を何か鋭利な物が通り過ぎた。飛んできた方へ視線を向ければ、少し離れた所で、これまたなかなかに高度な戦いを繰り広げるレミーラとヒューベルトの姿が見える。
互いに風を纏いながら技と技の応酬合戦を行う二人――どうやら他の事は目に映っていないらしい。
ヒューベルトの投げるナイフをレミーラが槍で弾き、それがビュンビュンと四方八方に飛んでいる。
――迷惑な戦い方だな……
そんな不満を抱きつつ、それでも二人の技と技の応酬は大したものだと感心する。
弓使いだと思っていたレミーラが槍を華麗に捌いている姿には驚いたし、ヒューベルトの投げるナイフは魔力操作で軌道を自在に操っていて、そのコントロール力にも驚かされた。
何より驚きなのは二人が手にする武器の在り様だ。あれは魔力を練り上げ、思う形に具現化した物。緻密な力の制御、完璧な魔力操作、そして具現化を可能とするほどの濃い魔素が必要になる。
――こういうのを見ると、やっぱり守護がある事を羨ましく思うな……
「武器の持ち込みが禁止されても、才ある奴には関係ないな」
「――……? それはそうだろう。創ればいいだけなんだから」
『なに当たり前な事言ってんだ?』とでも言いたげな表情で、カノンが首を傾げた。
「……お前に同意を求めた俺が馬鹿だったよ……」
「失礼な奴だな。お前だって武器を手にしてるじゃないか」
「……そう言えばそうだな」
「無から有への創造は力有る者ならば出来て当然の事。その才と、剣術の腕前だけは少し認めてやろう」
「奇遇だな。俺も同じ事思ってたよ」
そしてしばしの沈黙の後、どちらからともなく向き直り、刀を構える。
「剣術合戦の続き、やるとしようか」
「フッ……準備運動は終わったからな。次は少し真面目に、相手してやる」
そして俺とカグラは不敵に笑い合った――
******
(やっと……やっとこの日が来た……私がどんなにこの時を待ちわびたか……)
「貴方は全然、分かってないのね……」
「悲しいわ」――そう呟くアデルの声は、セシルの耳には届かない。
フィールドの端と端、城の頂に立つ二人の間では、地上の至る所で激しい戦闘が行われている。
互いの表情がギリギリ確認できるこの距離で、しかも喧騒に包まれたフィールド内ではそもそも声を認識し合う方が難しい。
だからアデルはセシルを試す。
どれくらい自分と向き合う気があるのか、自分の事だけを見て戦ってくれるのか、そしてそもそも――
「本気を出して、くれるのか――……」
そうであって欲しいと願うからこそ、アデルは最初から闇の力を使って魔法を放った。
“闇の纏”――使う魔法に闇の属性を付属するアデルの特殊能力である。
この攻撃を見てくれればセシルに自分の気持ちが伝わるはず……そう思っていたアデルだったが、その想いは無残に砕けた。
(私が想いをぶつけても、貴方は受けてばっかりで、受け止めてはくれないのね……)
そんな悲しみに暮れていると、不意にアデルの耳から雑音が消えた。
セシルの視線を追えば、真剣な表情で地上の一点を見詰めている。
(そう……私から目も逸らすの……)
「許せないわ……」
まるで抜け落ちるかのようにアデルから表情が無くなった。
「……邪魔ね……やっぱり、生贄になってもらいましょう……」
赤い口を裂いて、アデルが嗤った。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
あとがき
やっぱり呪文はいいですね。時間と意力とレパートリーがあれば全ての魔法に呪文を付けたい!(無理難題なんでやりませんがwww)
今回は我慢できずゼルに唱えてもらいました。
中二病万歳!
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