謂れのない淫行で婚約破棄されたわたしは、辺境の毒侯爵に嫁ぎました

なかの豹吏

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 夜も深まった静寂に、美しくも鋭い刃が姿を現す。


「そうか、どうやら主がヘマをしたらしい」


 リベルノ・ロムニカル辺境伯邸。 その離れにある研究所へ侵入する予定の影は足を止める。

「か弱き少女三人だが、リナーリ・ローズバインドを殺す訳にはいかない。 ……今は、リナーリ・ロムニカルだったか」

 研究所にはリナーリ、ノア、ラナが、でっち上げの証拠を捏造されないようにと寝ずの番をしている。 
 こうなってしまったのは、主であるジェレミが何か悟られるような事をしでかしたのだと判断したのだろう。

「仕方ない、憲兵が入る直前に仕込むしかないか」

 かなり難易度が高いが、やれる自信はあった。


「お前が、アルフレッド様へのチケットか」

「――ッ」


 王族の影として、これまで血の滲むような訓練をしてきた。 そして、命ぜられた事は全て問題無く遂行してきた影にとって、姿を先に捉えられ、接近を気付かないなどという事は有り得ない事だ。

「脆そうだが、手加減はできんぞ」

「……ロムニカル家にもなると、使用人もそれなりなのだな」

 その相手に “それなり” 、と言ったのは、自尊心を傷つけられた腹いせ。

「それとも、それ程にリベルノ・ロムニカルが重要だったのか」

 三日月型の二本の刃が暗闇に光る。 次の瞬間には、足音の無い俊足が一気に間合いを詰め、パトリックの頭上からその一本が襲い掛かった。

「――ふんッ」

 それをロングソードで受けた時には、もう一本が脇腹に迫っている。

「ぐッ……」

 だが呻きはパトリックのものではなく、受けられた初太刀を押し返された影のもの。 後ろに飛ばされた結果、二本目の追撃は届かず空を斬った。


「……君は、何故ここに居る?」

 刃を合わせた影の感想は、使用人勤めより最前線だ。 だがパトリックはそれに答えず、

「惜しいな、女でなければ」

「――!」

 自分の感想を述べた。
 他人の話を聞かない、そして何より強者が優先の彼らしいとは思うが。

「一太刀で気付くとはな」

「速さは文句無し、技もありそうだ。 だが――――軽い」

「……それで不利を感じた事は無い。 人の身体を斬り、貫くには十分だ」

 そうして今まで任務をこなしてきた。 相手が誰であっても、鉄の皮膚を持つ人間は居ないのだから。

「お前、名は?」

「今回は無いな、誰に扮する必要もないのでな」

「そうか、話せなくなる前に聞こうと思ったのだが」

 お互いに構えを取り直し、鋭い視線が交錯する。


「まったく……――――言ってくれるッ!」



 ◆



「――っ……そ、外、何か聞こえませんか?」

「う、うん。 来たのか……な」


「ノア、ラナ、他にも仲間が居るかもしれません。 あなた達はここに」


「「――リ、リナーリ様……!」」


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