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第35羽
しおりを挟む空くんの住むマンションに着き、玄関のドアの前に佇む。 インターホンに指を伸ばし、静止。 いや、指が震えてる……だって、緊張するんだもん……。
材料の買い忘れは無いよね、お化粧は……いつもより濃くないかな? な、なんか頑張ってる感じ出ちゃってたら恥ずかしいし……。
そうだ、お父様はご在宅だろうか。 もしそうなら、ちゃんとご挨拶しないと。
一緒に食事なんて事になったら、それこそこれは、私と加藤さんの対決なんか飛び越えて……
――――“花嫁選考試験” 。 なんて事になるかも………。
いけない、またバカな妄想が……悪い癖だよ真尋!
とにかくこんな所に立っていても仕方ない、ここまで来てなにを尻込みしてるのっ……!
―――よしっ。
心を落ち着かせて……いざ、乙女の戦場へ!
意を決してインターホンを押し、ドアを開ける空くんを待つ。 気負ってる感じはみっともないから、あくまで自然に、自然にね。
空くん、なんて言うかな、「いらっしゃい真尋ちゃん」かな? それとも、「いらっしゃい真尋ちゃん、待ってたよ」とか……。
この “待ってたよ” 、があるだけで段違い。
甘い空くんのお迎えに、更に甘い言葉のムースが乗る。 これはもう、私を狂わせる甘美なスイーツに他ならない訳で……
―――あ、鍵を開ける音がした。
私は胸をどきどきさせながら俯く。 うぅ、顔に熱を持っているのが自分でもわかるよ、空くん―――い、いただきます……。
ドアが開く、そして、私は僅かに顔を上げて……
「こ、こんにち……」
―――は……?
「いらっしゃい、水崎さん」
満面の笑みで私を迎えたのは、甘美なスイーツではなく……
「な、なんで加藤さんが……」
―――激辛小悪魔でした……。
「なんでって、私も来るの知ってたでしょ?」
「そ、そうじゃなくって……」
だって……普通お邪魔してるお家で来客対応なんてする? そんな非常識な……。
そもそもなんで空くんはお迎えに来てくれなかったの? 私が怪訝そうに視線を送ると、
「あ、彼は今ベランダで洗濯物干してるから」
ああ、それで出てこれなかったんだ。 じゃあ仕方ないね………
―――とでも言うと思う?! 彼って誰の彼よっ!!
「か、か、彼……」
「遅かったね、はいスリッパ」
「っ!」
………も、も、も、もうっ!
――――もう、泣きそう……。
言いたい事が多過ぎて、消化しきれずに爆発した感じ。 これじゃまるで同棲カップルのお宅訪問に来たみたいだよ、あんまりだ。
それに――― “遅かったね” ? 私は三十分前に来たんだよ? 一体何時に来てたの? 信じられない、空くんにだって準備があるでしょ。
い、一時間前ぐらい? この様子じゃお父様は居なそうだし、それじゃ三十分も二人きりって事?
―――最悪……。
そりゃ私だって先に現地入りした方が良いって思ってたけど、常識的に考えて………まあ、加藤さんがいつ着いたのかわからないけどさ。
そんな事を考えていると、いつの間にか加藤さんはいなくなっていた。 私は「お邪魔します」と呟き、一人寂しく好きな男の子のお家に上がった。
こんな気分で上がらせてもらうとは正直思わなかった。 だってそうでしょ、ドアを開けるのが空くんなのは疑いもしなかったんだから……。
とぼとぼと歩いてリビングに出た時、ベランダから漏れる会話が聴こえる。
「大丈夫だよ愛里ちゃん、お客様なんだからゆっくりしてって」
「だって、二人でやった方が早いでしょ?」
そんな、耳から入って心を摩耗する会話が聴こえて、二人がベランダから出て来る。
少し困ったような笑顔で姿を見せた空くんは、やっと私に気づいて、
「あ、真尋ちゃん来てたの? もしかして愛里ちゃんが?」
そうだよ………空くんのバカ。
勝手に対応した加藤さんが悪いんだから、その事じゃないからね。 この “バカ” は、今……ちょっと楽しそうだったからだよ……。
「……お邪魔してます」
拗ねた顔で言ってしまった。
だって……!
「ごめんね、ベランダにいたから」
謝ったって、やだ。 拗ねるよ、こんな最初からさ、加藤さんばっか……り………
―――いい……。
やっぱり私服の空くんは至福だ………。
本日の献立はオーバーサイズの白いTシャツに、下は黒のダメージスキニー。 ラフでやんちゃな妖精さんみたい………可愛い、好き、欲しい。
「……ううん、いいよ」
やっぱり、ダメ。 愛しの彼にはゆるゆるになって許してしまうの……。
私の勝手なヤキモチだし……ね。
「うーん……」
「どうしたの? そーくん」
急に手を顎に添えて、考え込むように私を見る空くん。 な、なに? あと加藤さん、 “そーくん” て言うのやめて。
「やっぱり真尋ちゃんの私服姿、可愛いね」
「…………」
―――やめて、気を失うから………。
か、加藤さんもいるのに、こんな時に意識が飛んだらバカにされちゃう。 嬉しいけど……。
「あ、ありがと……」
空くんも可愛いよ、私の十倍以上………。
沸騰しそうになりながらも、チラチラと空くんに熱視線を送ると、隣に立っている不満そうな美少女が一緒に映っていた。
どうせ加藤さんだって褒めてもらったんでしょ、私だっていいじゃない。 そうだ、色々感情が渋滞していて加藤さんのファッションチェックまで気が回らなかった。
そう思って今日の対戦相手の服装を確認すると、選んだのは私と同じワンピースだったけれど、上が白で、下が花柄になっている切り返しのワンピースだった。
私よりも女の子感が強くて可愛らしいワンピースだ。 それに、予想通り見比べるまでも無く私より可愛い、圧倒的に。
あと、私のより……
――――短い。
そんなやり過ぎな程じゃないけど、短い。
加藤さんはその白くて細い、綺麗な足を自信満々に披露している。
ホント嫌になる、私にはそんな自信なんてないもん。
私がいない間にその足で空くんを誘惑してないでしょうね。 なんて疑っていると、
「空くん、やっぱりってどういう事?」
――あ……そこか。 私が可愛いって言われた事より、加藤さんが気にしていたのは空くんの言い方だった。
「少し前に一緒に出掛けたんだよ。 ね、真尋ちゃん」
「う、うん」
エヘヘ、あの日は人生で一番幸せな日だったな。 大袈裟じゃなく、ダントツで一番です。
「……なんで?」
明らかにさっきより冷たい声色で空くんを問い詰める加藤さん。 ……ちょっと怖い。
でも、空くんは特に気にした様子もなく、加藤さんに顔を向けて、
「学校で具合が悪くなった時にお世話になったから、そのお礼だよ?」
「そっか、そんな事あったもんね」
空くんの答えを聞いて、最後は笑顔で言葉を閉じる加藤さん。 その後、
「じゃあ今度愛里も……」
私にとって大声で搔き消したい台詞を加藤さんが言いかけた時、インターホンの音が代弁してくれたように部屋に鳴り響いた。
「あ、常盤くんかな?」
今度は当然来客に反応した空くんが玄関に向かって歩き出す。
―――ナイスタイミングだよ、常盤くん。
リビングには私と不機嫌そうな加藤さんが残り、「あの細目……」と彼女は呟いた後、噂の美少女は男子達を手玉に取る、その微笑みを私に向けて言った。
「今度空くんの具合が悪くなったら、私が看病してあげるから」
……うん、この笑顔は男の子なんてイチコロだね。 でもね、こんな大っきくても私は女の子だから。
「保健室は行かせちゃダメね、私がしっかり……」
「それは譲らないよ」
腕を組み、思案しながら下ろしていた視線をゆっくりと上げる彼女。
「………」
そして、無言で私を見つめている。
私なんかが噛み付くと思わなかった?
あのね、私だってそれなりの覚悟で来たんだよ。
なにを比べても負けてるかも知れない。 でも、諦めに来たんじゃないんだから。
「空くんの傍には、私が居たいから」
噂を間に受ける訳じゃないけど、加藤さんは本当に空くんの事、本気なの?
―――私は本気だよ。
劣等感だらけの私が、こんな可愛いコが相手でも負けたくないくらいにね。
だから………譲らない。
恋愛は見た目でも、身長差でもないんだから。
―――か、身体の相性でもない、と思うけど………多分。
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