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十六話 無知

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 ティタニアスと二人で感謝祭へ行った翌日。王城でパーティーに参加した家族から話を聞けば、相変わらずの様子だったようだ。私が居なければ嫌味も減るだろうと――いや、減ってほしいと願って社交から退いたのにやはり効果はなかった。
 三人揃っているのに私がいないことであれこれと言われたようで、穏やかな笑みを浮かべたクロードの「君の快気祝いのパーティーを開き重大な発表をすると広めてきた」という報告の声がワントーン低かったのは気のせいではないと思う。……私が居ても居なくても迷惑をかけてしまうとは申し訳ない。


「申し訳ございません、私のせいで」

「いいや、悪いのは君ではないよオフィリア。大事な娘に対し悪意ある言葉をかけられて憤らない親などいない」


 クロードは私が大事な娘であることを強調する。それは私が妖精の取り替え子であり、この家の本当の子ではなかったことを気にしないようにさせるためなのだろうか。……いまだにもう一人の娘について切り出すことはできないでいる。


「盛大なパーティーをしましょうね。……ドレスはどうなりそう?」

「そちらについては妖精がやりたがってくださいました」


 私の前に現れ、会話をするのは家の妖精だけだ。その彼女に新しいドレスを仕立てていいか尋ねてみたところ、機織りの妖精がすでに作り始めているという回答があった。家の中での会話を妖精たちは大抵把握しており、パーティーの話が出た日から動き始めているのだとか。


「どんなドレスが出来上がるのか楽しみね。対価は何を望んでいたのかしら?」

「私の作った菓子が良いと」

「妖精も貴女の料理に興味があるのね」


 本当に世界で唯一、人間の料理を作れる妖精になってしまいそうだ。それに興味がある妖精も多いようで、家の妖精までそれを用意する時は自分の分もミルクではなくそちらにしてほしいと頼まれている。
 それ目当てで私の周りの仕事をしたい妖精もいるので何かあれば申し付けてくださいませ、とまで言われた。何故か私に話しかけてくるのは家の妖精のみなので、他の妖精との仲介役を担ってくれるつもりらしい。


「オフィリアが妖精であることを知らせる以上、王家の者を呼ばない訳にはいかないのだけど……」

「第二王子以外に来ていただきたいですね」

「ルディス、それは心の内にしまっておきなさい」


 第二王子のセンブルクは私の元婚約者だが、長い婚約期間の間に親しくなることはなかった。愛している、美しいと言いながら彼の瞳には常に嘘が浮かんでいたのだから。
 そんな元婚約者をルディスが毛嫌いしていることは知っていたが、口にするなとは言うものの内容をたしなめないあたり両親もそうなのかもしれない。
 どうやら私の「はぐれ妖精姫」という名は彼が広めたものであり、王族がそう言っているからこそ貴族たちはそれを口にすることを憚らない。侯爵家よりも王族の言葉の方が重いのだから。


「しかし、女……いえ、パーティー好きの王子が率先して訪れそうではありませんか」

「……国に関わる重大な知らせであることは王家への招待にのみ記しておくよ。それでどういう判断を下されるかは分からないけれどね」


 私が妖精であること自体を記さないのは我が家が王族を信用できなくなっているからだ。先に彼らにだけ知らせを出したら妖精に不名誉を与えた事実を隠そうと何らかの手段を講じるかもしれない。何せ、私とジファール家の不名誉の原因は第二王子の発言なのである。
 王族はたしかに国を導く偉大な存在であり、敬意を払うべきものだが人の親でもあるのだ。息子の行いを咎めないことに不信感を抱くのは致し方のない事だろう。

 我が家でパーティーを催すのは一ヵ月後。招待状を作り、会場の装飾や料理のメニュー決定、その食材の手配などで目まぐるしく過ごす。私もリリアンナを手伝ってはいるものの、彼女のパーティーに掛ける熱は相当なものでそれについていくだけでもかなり忙しい。……それだけ鬱憤がたまっている、という証拠なのかもしれない。

 そんな中でも夜にはバルコニーや部屋でティタニアスと語らう時間があり、その時ばかりは私もとても穏やかな心地で居られた。


「大丈夫か? 最近少し、疲れているように見える」

「そうね、久々にこういう準備をしているのもあるけれど……私が主役だ、という緊張もあるかもしれないわ。社交場もあまり好きではないの」


 私の快気祝いと銘打たれたパーティーは、私の妖精としてのお披露目になる。初めて社交場に出た日を思い出して少し、震えそうだ。自分を品定めするように見つめてくる大人たちの視線が少し怖かったのをよく覚えている。
 そしてここ五、六年では「はぐれ妖精姫」として嘲りの視線を向けられ、相手が自分を見下していることを知りながら笑い続けなければならなかった。社交界に出て数年、友人が居た頃は楽しかった時もあったけれど、それでも悪い思い出の方が多い場所だ。出ると決めたはいいがやはりどこかで気が重くなる。


「……俺に手伝えることはないだろうか」

「こうしてお話ししてくれるだけで充分よ。貴方が参加したら感謝祭以上に注目されてしまうわ。……苦手でしょう?」


 ティタニアスは“竜”として見られることを苦痛に感じている。感謝祭では“妖精の仮装をした人間”として注目されていたから良かった。しかし貴族のパーティーに出ればそうもいかない。彼は妖精として、竜として人々の視線を集めることになる。それも感謝祭のような明るい感情に満ちたものとは真逆の視線を。


「それはそうなのだが……オフィリアが辛い時は傍に居たい。貴女の方が大事だ」

「……私も貴方が大事よ。だからこれでいいの」


 好奇の目――それが不快なことは私自身がよく知っている。私はもう随分とそれに晒されてきたし、慣れているが同じ思いをティタニアスにさせたくないと思ってしまう。あの目を向けられなくて済むならその方がいいに決まっている。
 私が妖精であること、いずれ妖精の恋人と結婚して妖精の世界へ帰るつもりであること。その二つを公表してしまえばわざわざ彼がその身を晒す必要はないはずだ。元々妖精の姿は見えないのだから相手が隣に居なくてもそれで皆、納得する。いや納得するしかない。……妖精の意思に逆らうなど愚か者のすることだと、貴族なら誰しもそう叩き込まれているのだから。


「ならせめて、この屋敷に居てもいいだろうか。貴女が俺を呼んだら必ず飛んでいけるように」

「……それはとても心強いわ。ありがとう、ニア」


 近くに居てくれるのだと思うだけで力が湧いてくるような気さえする。彼の存在が私にとって大きな支えとなっているのだろう。
 パーティーの後はいつも疲れていた。けれど、その後ティタニアスに会えるならいくらでも頑張れそうだ。


「パーティーの日は私の部屋で待っていてくれる?」

「ああ。……ここで貴女の帰りを待っている」

「……なんだか夫婦みたいね?」


 伴侶の帰宅を待つような台詞だと思って口にした。ティタニアスの返答は尻尾が床を叩く音だったが、その赤さからおおよそ肯定だと思っていいだろう。


「いつかはそうなって……ニアと暮らすのよね」

「…………そのために今、家を作っているところだ」

「まあ、そうだったの?」


 ティタニアスが家づくりをしていることに驚いた。妖精がどんな家に住んでいるのか興味が湧くいて、それを尋ねてみる。種族によって様々であり、個体差もあるが人間のようにたくさんの家具を入れる妖精は少ないらしい。


「貴女は人間として暮らしていたし家具があった方が落ち着くだろうから、この部屋にあるものは再現しようとしている」

「あら、色々と考えてくれているのね。ありがとう」

「……しかしあまり上手くいかない。見ただけで真似をするのは難しいな。椅子や机はなんとかなったんだが……」


 濃紺の尻尾がしゅんと項垂れてしまった。落ち込んでいる姿を愛らしいと思ってはいけない、と自分をたしなめたが愛らしいものは愛らしいと感じてしまうものである。私のために努力してくれているのが嬉しいと同時に愛おしくもあり、これは致し方のない感情だと思う。


「よかったら実際に触って、使ってみる?」

「……そうだな。そうせてもらえるとありがたい」


 部屋の中を案内して家具の使い方などを説明することにした。ベッド作りが難航しているとのことだったので、まずはそちらだ。
 初めて彼を部屋に招いた日にベッドを使わないかと提案したら怒られたような記憶があるのだけれど、触るだけなら問題ないのか支柱などを触ってその構造を確認していた。彼の「ふしだら」の基準は難しい。


「横になってみなくていい?」

「……同じベッドを使えるのは伴侶だけのはずだ。俺たちにはまだ早い」

「そう? 別に一緒に寝る訳でもないからいいと思うのだけど」

「ああ、そうか。伴侶は一緒に寝るんだな……ベッドはその分大きい必要があるのか」


 その時ふと、疑問を抱く。夫婦が同じベッドを使うと知っているのに、一緒に寝ることが頭から抜けているティタニアスはもしかしてを知らないのではないか、と。
 私は貴族女性として育てられた。貴族として、血を繋ぐその役目を果たすために必要不可欠である子供を作るための知識は頭に入っている。しかし妖精のそれを私は知らない。
 そして彼は妖精の知識、常識はよく知っている。それは他の妖精たちの噂話が聞こえてくるから学べることであるらしい。しかし、交流の仕方に関しては他者に避けられているため詳しくない。耳にする言葉だけでは理解できない部分も多いだろうし、ほとんど知らないと言ってもいいのではないか。……夫婦の間のことも知らない可能性は大いにある。


「オフィリア、難しい顔をしてどうしたんだ?」

「いえ……ちょっと勉強しなければならないことがあるかもしれないと気づいて」


 妖精は人間とは違うのかもしれない。私の持つ知識は全く必要がないかもしれない。けれど、実際はどうなのか知っておくべきではないのか。しかし、どうやって子供を成すのかを彼に尋ねるのはなんだか――とても憚られるような。それでも尋ねなければならないような。


「ねぇ、ニア。……妖精の子供ってどうやって生まれるのかしら」

「伴侶になれば生まれるんだろう? 人間は違うのか?」

「……さあ、どうなのかしら」


 私はその日、決意した。いつか彼と結婚した時に困らないようにしっかり勉強をしておくべきだと。人間と妖精に違いがあるのか、ないのか。その辺りの情報を恥を忍んで他の妖精に訊いてみるしかない。……家の妖精くらいしか話ができる妖精に心当たりはないのだが。彼女に訊いてもいいものなのだろうか。とても悩ましい。


「……何か悩みがあるのか?」

「悩みと言う程ではないから……ニアは知らなくていいと思うわ」


 ティタニアスの澄み渡った焔の瞳からなんとなく目を逸らしたくなってしまったが、それだけはしないと心に決めているので見つめ返す。とりあえず曖昧に微笑んで純粋すぎる恋人の問い掛けを誤魔化しながら「微笑みは貴婦人の武器なのよ」と言った母の言葉を思い出していた。


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